みれいの近郊生活(ITI)

変えられる事も・変えずに済む事も重要

手の置き方

2013年04月24日 | 性格と性別
4月18日のブログ「Anno Job Log」[→]
学校の集合写真のポーズについて書かれたエントリーがあります。

それを読んで
わたし(みれい)が小学6年生の時に疑問を感じたようなことが
時代や地域を越えて脈々と行われている?と驚かされました。

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学校において男女で分けるような教育が行われていると…

■ 性別にとらわれずに合った状態で行動が出来ないかも知れませ
  ん。

非典型的な性別のついての認識を持っていた場合それに加えて…

■ 性自認とは違う性別での行動を余儀なくされるかも知れません。

そして

■ 他の性別での行動のほうがいいと思った場合、
  他の性別の性自認をむしろ強める(確認→強化)かも知れません。

学校生活上の性別が性自認の性別と違うのならばそれは性別違和感
を高めることにもつながります
(場合によっては‘GIDな子’が‘GIDの子’に?)。

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わたしが中学1年生のころには
「制服はスカートよりズボンのほうがいい」
という思いがある一方で
「でもわたしはどうしてスカートじゃないの?」
という思いもありました。


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コメント
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