東塩尻信号場

中央本線東塩尻信号場は、昭和14年に設置された小野駅と塩尻駅の間にあったスイッチバック方式の信号場でしたが、10年後の昭和24年に仮乗降場の扱いになり、旅客扱いも行われていました。しかし、昭和58年7月5日にみどり湖駅経由の塩嶺ルートが開業すると、旅客扱いが廃止され、10月12日には信号場自体が廃止されてしまいました。

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  images (停車場一覧より…再度クリックすると大きくなります)

昭和41年に国鉄から発行された「停車場一覧」に拠りますと、東塩尻信号場は小野駅と塩尻駅各々から4.7km離れたちょうど中間地点にあったようです。
当時、ちゃんと「△510520」という駅名コードも振られていたようですが、駅名の前には信号場を示す「○信」の文字が入っています。

  images (鉄道路線図…再度クリックすると大きくなります)

  images (鉄道路線図凡例…再度クリックすると大きくなります)

また、昭和29年に国鉄貨物局から発行された貨物事務用の鉄道路線図を見ますと、小野駅と塩尻駅の間には東塩尻信号場の表記があり、凡例を見ますと、駅名の前には信号場または操車場を示す「△」のマークが入っています。

  images (東塩尻駅発行の特補…再度クリックすると大きくなります)

これは東塩尻信号場の旅客取り扱い最終日に発行された辰野ゆき乗車券です。
旅客扱いがなされていたものの、あくまでも仮乗降場であったため、運賃計算のための営業キロは東塩尻発の乗車券でも一つ手前の塩尻駅からの計算となったため、東塩尻発の乗車券は存在しなかったものと思われます。

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