JR直営の印刷場名は国鉄時代の印刷場名を使用します。
10年以上前に御紹介した券も再度御紹介しようかと思います。
古紙蒐集雑記帖
京浜電気鉄道 品川から北品川・立会川間ゆき片道乗車券
1934(昭和9)年4月に京浜電気鉄道(京浜電鉄・京浜急行電鉄の前身)品川駅で発行された、北品川駅・立會(会)川駅間ゆきの片道乗車券です。
地紋がハッキリしないのでどのようなものであったかが判別できませんが、桃色券紙のA型一般式大人・小児用券になります。
裏面です。券番の他、「(京濱電鐵)=京浜電気鉄道」の社名と「(品川驛發行)=品川駅発行」の表記があります。
京浜電気鉄道は京浜急行電鉄の前身の会社で現在の横浜駅以北の区間が該当し、1941(昭和16)年11月に横浜以北の区間に該当する湘南電気鉄道と合併して現在に近い路線網が出来上がります。
しかし、翌1942(昭和17)年5月に戦時の事業統制に基づき、東京急行電鉄に編入されてしまい、戦後の1948(昭和23)年6月に京浜急行電鉄として東京急行電鉄から分離し、現在に至っています。
富士山麓電気鉄道 河口湖から吉祥寺ゆき 片道連絡乗車券
1960(昭和35)年4月に富士山麓電気鉄道(現・富士急行)河口湖駅で発行された、国鉄(現・JR東日本)中央線吉祥寺駅ゆきの片道連絡乗車券です。
桃色PJRてつだう地紋のA型一般式大人・小児用券になります。乗車経路は河口湖~(河口湖線)~富士吉田(現・富士山)~(大月線)~大月~(中央東線)~吉祥寺となる経路で、社線営業キロ26.6km、国鉄線営業キロ65.3km、合計91.9kmとなります。
同社は中央線の大月駅から分岐しているという路線であり、1934年(昭和9年)と古くから国鉄線との直通運転列車を走らせていた関係から、国鉄線との連絡乗車券は多岐に亘っており、現在でも赤坂駅・十日市場駅・寿駅・葭池温泉前駅を除く社線各駅からJR東日本の中央東線・篠ノ井線(広丘駅~松本駅間)を始めとして、東海道本線(東京駅~平塚駅間、西大井駅~新川崎駅間)・山手線・赤羽線・南武線・鶴見線・武蔵野線(北府中駅~西浦和駅間)・横浜線・東北本線(東京駅~大宮駅間、尾久、北赤羽駅~北与野駅間)・常磐線(日暮里駅~金町駅間)・総武本線(東京駅~小岩駅間、錦糸町駅~御茶ノ水駅間)・京葉線(東京駅~葛西臨海公園駅間)と、広範囲に亘っての連絡運輸が継続して行われています。
なお、この券が発売された約1か月後、同社は富士急行株式会社に社名が改称され、同線も富士急行線と呼ばれるようになります。