昨日は、風呂敷本のイラストの加筆、修正で
編集社の奥の院に缶詰、という貴重な体験をさせていただきました。
結局、半分ほどで時間が来たので残りは自宅で描いて送ることに。
この9月は用件が重なっているので氣を抜けないところがあるのですが、
今日はまず、風呂敷用の生地を裂いて、15枚縫いました。
ようやく、これまでに50枚以上と、半数を超えましたが
それらに1枚ずつ、墨と筆で奥さんに描いてもらうにあたって
僕は、ひたすら墨をすずりですり続ける作業が残っています。
水につよくするために生大豆の汁でするので、
作り置きは向いてないでしょう。
日ねもすミシンに向かっていられるなら、50枚/日も可能でしょうが、
同時にご飯を炊き、お菓子を焼き、洗濯して干し、おむつを洗い、
掃除して、風呂を入れ、布団を敷きたたんで、
植木に水やり、買い物に行くという、主婦の天晴れな日常の代理も
兼ねた現在では、いちにちはあっという間。
坂口安吾さんのような、専用の仕事部屋があれば、
ミシンも据え置きできるのですが、
2部屋とキッチンだけなので、何かを行なうたびに
いったんそこを片付けて掃除する、という儀式が必要です。
夜は畳全面を小ぼうきで掃いてから、布団を敷きます。
適度な運動と氣分転換になるし、部屋に余分な物が
増えにくくなるというメリットもありますが。
思い返せば、一つ前の、小平市の平屋に住んでいたときは
1部屋とキッチンだけに家族3人で暮らしていた。
家具や荷物は少なく、縁側の前は原っぱだったので
窮屈さはそれほど感じなかったけど、
よく暮らしていたな、と後から感慨にふける。
それでも、昔の長屋なんて、もっと人の密度が濃かっただろう。
そして、家族やご近所の人がたはもっと一体感があり、
心身とも他者感が少なくて、ストレスが少なかったのかな。
家の外も家のつづきのように、作業場所として共有できたので
現在のように自動車が席巻しておらず、近所の皆が家族のようだった時代では
自宅の広さというのはそれほど生活に影響がなかったのかもしれない。
だけど、災害時の避難場所などは、一氣に密度が高まるから
現代人にとっては極端にストレスとなるだろうけど、
日本人は通勤ラッシュなどには慣れている。
広さというよりも、きちんと一人になれるプライベートな空間が必要で、
面白いと思うのは、屏風やついたて1枚あると無いとでは別次元。
川や線路をへだてて町の雰囲氣がまるで異なるのはよくあること。
そういう、境界線というのを上手く使えば、町や家、国づくりにまで至る
個と公や、開発する/そのまま残す、の共通不文律になったり、
たとえば僕の前の住まいのように、家は狭いが塀で囲われていないお蔭で
周りがみな庭のように広々と感じることもできる。
だけど、こういう境界というのは、コミュニケーション拒否のサインともなる得る。
もう、そういう時代じゃないから、心理的な壁に感じさせるものはなるべく用いず、
日よけ、風よけ、防音、調湿、プライベート空間の目隠し、など
暮らす上での機能的な境界線くらいにして、ほどよく周りの人たちと
助け合える住環境がよいと思う。他人の接触断固おことわり的な性格で
家の周りを要塞のように囲っていても、いざ何かあったときに頼りになるのはご近所だから。
縄文人はきっと、家に鍵も無くて、所有の概念がなく、みんな仲良く、旅人にも親切
(というよりも、縄文人そのものが、定住せずに日本を歩きながら暮らしていたという
説もある)、
その平和で豊かな人柄につけこまれて、大陸から渡ってきた弥生人に土地を所有されて
迫害されてしまったが、
そういう教訓を忘れないながらも、彼/女らから学ぶ点は山ほどありましょう。
何しろ、1万年の間、戦さの形跡もほとんど見られず続いた民族。
人に対して不信感ばかり持っていたら、楽しく生きられない。
風呂敷もまた、縄文時代から使われています。名称は分かりませんが、
織物をすれば四角い布ができて、風呂敷として、物を包んだり運んだりできる。
ふろしきの歴史=布の歴史です。
いずれにせよ、今度新たに引っ越すならば、ミシンなど作業用の部屋がありたい。
今回の風呂敷づくりでますます体が慣れたので、
来年あたりから、本格的に風呂敷の生産に入ろうかと。
もちろん、他では売られていない素材やデザインをモットーにします。
娘が誕生し自宅に着いて、ほっとしてはじまった僕の夏風邪は、
夜になると咳が出るという症状だけが長らく続きましたが、次第に減って、
ようやく今晩から、全く出なくなりました。自然の経過で治しているので
今後しばらくは大丈夫でしょう。
折しも、明後日9/9が誕生日です。
まだまだ、(珍しく)仕事に追われる毎日が続きますが、
次の1年は、よい変化に乗って参りたいです。
畑のできる新居や、丈夫で素適な風呂敷の生産など。
そんなこんなでも、誰しもいつか死が来る。
次世代の人たちにつながるものを、途中でもよいから
のこしておきたい。
生態系の安定した畑、風呂敷その他の生活技術、
時代によって変わる常識にとらわれず、真実を探ろうとすること。
周りの評判を気にするセツナの事なかれ主義にならず、
100年先を見通した未来志向で、仲間と助け合うこと。
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