初詣、円山公園の花見、音楽堂の土曜コンサート、大晦日のおけら参り等
いつもひとの絶えることのない停留所周辺でした。日本三大祭りの一つ、祇園祭は後の八坂神社の例祭です。京都の人は親しみを込めて“ぎおんさん”と呼びます。写真の西楼門は、大正元年、四条通りに市電が走ることになり拡幅され、通りの正面からずれてしまいますので、解体のあと、東北に6mほど移動し、翼廊がつき現在の姿になりました。
昭和53年9月26日撮影
市電が走っていた頃は創業○○年というような店が多かったのですが、現在は、奥の情緒ある蕎麦屋さんはビルに変わり1階にはコンビニ“F”が入り、
向かいには土鍋で炊いたご飯が美味しいと評判の“H”が、八坂神社の南には、餃子の“O”が開店するなど様変わりしてきました。
令和4年4月29日撮影
敬老70きっぷ