朝日新聞 2019年9月22日10時00分 文・深江園子、写真・吉村卓也
イタリア・トリノで昨年9月、スローフード協会が2年ごとに開催する世界的な食のイベント「テッラ・マードレ」が開かれた。その会場でアイヌ民族の女性たちが発表したランチプレートが、ジャーナリストや参加者の注目を集めた。
お皿の中身は豚肉とほろ苦くてスッと爽やかなシケレペ(キハダの実)のソース、キトピロ(ギョウジャニンニク)入りの卵焼き、イナキビやハスカップ入りのごはんなど、「アイヌ女性会議」メノコモシモシのメンバーが昔の味を持ち寄って作った創作料理だ。
メノコモシモシにとって初の海外発信で、東京の料理人、生江史伸(なまえしのぶ)さんの助言を受けた。生江さんは西麻布のフランス料理店「レフェルヴェソンス」のシェフで、自身も野山に自生する食材を用いている。
生江さんは「昔と同じ料理ではないが、この味覚は関心の糸口になる。初めての人が食べやすく、かつ民族らしさが伝わるように」とアドバイスした。料理人としても、「自然から採るアイヌの食材は、香りや味わいが鮮やか。これは効率や均質性が求められる農産物にはない魅力です」という。
メノコモシモシ代表で札幌アイヌ協会副会長の多原良子(たはらりょうこ)さんは、見たこともない色や香りに興味を示す来場者たちを見て、「私たちの食べ物がこんなにも興味を引くのか」と驚いた。
多原さんは、民族差別と女性差別の二つが絡み合った「複合差別」について長年発信し訴えてきた。どうすれば民族のことを広く知ってもらえるかと考えた時、アイヌ女性こそ生活文化の継承者だと気づいた。「歌、踊り、刺繡(ししゅう)、料理にもアイヌらしさがある。差別を正面から訴えるのも大切だが、食は関心が集まり、しかも笑顔で受け入れてもらえる」
その思いが2017年4月、メノコモシモシの設立につながった。しかし料理についての資料は少なく、家庭でも伝統的料理を食べることが減り、完全な再現は難しい。それでも、記憶の中の味わいが海外で評価されて喜ばれたことは、大きな自信になった。
美食家たちが魅力感じ始めたアイヌの味覚
生江さんは、海外の先住民族の食を訪ねる旅をする料理人でもある。そこには自然環境と密接に結びついていた、食の原点がある。「アイヌ料理本来の形が見つけにくい様々な理由のひとつは、環境の変化。例えば質の良いシケレペの実が手近な森で採れなくなったと聞きます。採集民族の食は、自然と人間の関係についても考えさせてくれる」という。
アイヌ民族の食文化は、儀式の一部や観光業の中で「保存」されている。しかし私たちが日常的にアイヌ料理を楽しむ場はまだ少ない。一方で、食のプロや国内外の美食家たちは、アイヌの味覚に新鮮な魅力を感じ始めている。10月11~14日(催しの一般公開は12、13日)には、「先住民族テッラマードレ」が札幌市南区の札幌市アイヌ文化交流センター「サッポロピリカコタン」で開催され、同様の課題を持つ世界の先住民族を含む多くの人たちが集まる。そこでメノコモシモシと生江さんはアイヌ民族の食の価値などについて発表する。(文・深江園子、写真・吉村卓也)
ふかえ・そのこ
札幌在住のライター。東京で飲食業と宿泊業の業界誌で編集者を務めた。地元の食と農漁業を取材している。
よしむら・たくや
埼玉県生まれ。札幌在住のフリーランスの編集者、カメラマン、ビデオグラファーとしても活動。
https://digital.asahi.com/articles/ASM9K4RHFM9KIIPE01K.html?_requesturl=articles%2FASM9K4RHFM9KIIPE01K.html&rm=227
イタリア・トリノで昨年9月、スローフード協会が2年ごとに開催する世界的な食のイベント「テッラ・マードレ」が開かれた。その会場でアイヌ民族の女性たちが発表したランチプレートが、ジャーナリストや参加者の注目を集めた。
お皿の中身は豚肉とほろ苦くてスッと爽やかなシケレペ(キハダの実)のソース、キトピロ(ギョウジャニンニク)入りの卵焼き、イナキビやハスカップ入りのごはんなど、「アイヌ女性会議」メノコモシモシのメンバーが昔の味を持ち寄って作った創作料理だ。
メノコモシモシにとって初の海外発信で、東京の料理人、生江史伸(なまえしのぶ)さんの助言を受けた。生江さんは西麻布のフランス料理店「レフェルヴェソンス」のシェフで、自身も野山に自生する食材を用いている。
生江さんは「昔と同じ料理ではないが、この味覚は関心の糸口になる。初めての人が食べやすく、かつ民族らしさが伝わるように」とアドバイスした。料理人としても、「自然から採るアイヌの食材は、香りや味わいが鮮やか。これは効率や均質性が求められる農産物にはない魅力です」という。
メノコモシモシ代表で札幌アイヌ協会副会長の多原良子(たはらりょうこ)さんは、見たこともない色や香りに興味を示す来場者たちを見て、「私たちの食べ物がこんなにも興味を引くのか」と驚いた。
多原さんは、民族差別と女性差別の二つが絡み合った「複合差別」について長年発信し訴えてきた。どうすれば民族のことを広く知ってもらえるかと考えた時、アイヌ女性こそ生活文化の継承者だと気づいた。「歌、踊り、刺繡(ししゅう)、料理にもアイヌらしさがある。差別を正面から訴えるのも大切だが、食は関心が集まり、しかも笑顔で受け入れてもらえる」
その思いが2017年4月、メノコモシモシの設立につながった。しかし料理についての資料は少なく、家庭でも伝統的料理を食べることが減り、完全な再現は難しい。それでも、記憶の中の味わいが海外で評価されて喜ばれたことは、大きな自信になった。
美食家たちが魅力感じ始めたアイヌの味覚
生江さんは、海外の先住民族の食を訪ねる旅をする料理人でもある。そこには自然環境と密接に結びついていた、食の原点がある。「アイヌ料理本来の形が見つけにくい様々な理由のひとつは、環境の変化。例えば質の良いシケレペの実が手近な森で採れなくなったと聞きます。採集民族の食は、自然と人間の関係についても考えさせてくれる」という。
アイヌ民族の食文化は、儀式の一部や観光業の中で「保存」されている。しかし私たちが日常的にアイヌ料理を楽しむ場はまだ少ない。一方で、食のプロや国内外の美食家たちは、アイヌの味覚に新鮮な魅力を感じ始めている。10月11~14日(催しの一般公開は12、13日)には、「先住民族テッラマードレ」が札幌市南区の札幌市アイヌ文化交流センター「サッポロピリカコタン」で開催され、同様の課題を持つ世界の先住民族を含む多くの人たちが集まる。そこでメノコモシモシと生江さんはアイヌ民族の食の価値などについて発表する。(文・深江園子、写真・吉村卓也)
ふかえ・そのこ
札幌在住のライター。東京で飲食業と宿泊業の業界誌で編集者を務めた。地元の食と農漁業を取材している。
よしむら・たくや
埼玉県生まれ。札幌在住のフリーランスの編集者、カメラマン、ビデオグラファーとしても活動。
https://digital.asahi.com/articles/ASM9K4RHFM9KIIPE01K.html?_requesturl=articles%2FASM9K4RHFM9KIIPE01K.html&rm=227