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かれ少なかれ、国は国民を守り、よりよい生活を送らせる義務がある。その政策内容は国によって違うものの、多くの先進国において教育や医療といった福祉分野に力を入れていることが確かだ。しかしそれらはあくまでもハード面への支援であり、その先にある“幸せ”は、当然ながら個々に委ねられている。
2019年5月末、ニュージーランド政府は、幸せをコンセプトに入れた予算「ウェルビーイング・バジェット(幸福予算)」を発表。国や国民の幸せを体系的に考え、予算に落とし込んだ国としては世界初である。
ウェルビーイングという言葉は多様な意味合いを持つが、端的に言えば「幸せ」。「フィジカル・メンタル・社会的に良い状態にあること」とされている。国民の幸せを促進するウェルビーイング・バジェットとは、どういうものなのか?
幸せって何?経済成長と幸福は必ずしも比例しない
その前に、幸せとは何か?経済発展真っ只中の発展途上国では「物質的な豊かさ=幸せ」が一般的である。「経済発展=GDPの伸張=幸せ」と言っても過言ではない。
給料が上がること、モノが増えていくこと、マイホームが立派になっていくことが幸せなのだ。
しかしある程度の経済成長を遂げると、幸せの定義は多様化してきて、人々はより自身の生活・人生に対する質「クオリティ・オブ・ライフ」を求め始める。
また、これまで見過ごされてきた社会問題も顕在化し、GDPの数値と幸せの度合いが一致しなくなるのもこの頃だろう。
国連は毎年3月20日の「世界幸福デー」に「世界幸福度ランキング」を発表している。この調査は2012年より全156ヵ国で実施されており、人口あたりのGDP、社会的支援、健康な平均寿命、人生の選択をする自由、性の平等性、社会の腐敗度を基準にポイント化し、ランク付けしている。
2019年のランキングでは、上から、フィンランド、デンマーク、ノルウェーと、北欧諸国がトップ3を独占。以下、欧州諸国が続く。
一方、ニュージーランドは8位と健闘。国際的な査定においても、それなりに幸福な国であるニュージーランドが、国家戦略として「国民の幸せ」に本気で取り組もうとしている。
長期的視点に基づいた「ウェルビーイング・バジェット」
ニュージーランドがウェルビーイング・バジェットの計画を世界に打ち出したのは、2019年1月のダボス会議(世界経済フォーラム)である。ジャシンダ・アーダーン首相は、「経済的な幸福だけではなく、社会的な幸福にも取り組む必要がある」と述べ、国の財政運営への新しいアプローチとして「ウェルビーイング・バジェット」を5月に発表することを宣言した。
ウェルビーイング・バジェットは、財政省が開発した「リビング・スタンダード・フレームワーク」をもとに、国民の生活水準を向上させるものに絞って予算を組む。アーダーン首相は「経済の動きがめまぐるしい現在、我が国が直面している根深い課題の取り組みには、長期的な支援が必要である」と主張。そして「思いやり、共感、幸福」という視点のもと、一時しのぎの対策ではなく、未来を見据えた抜本的な取り組みをしていくことを強調した。
国際通貨基金の予測によると、ニュージーランド経済は2019年に2.5%、2020年には2.9%の成長が見込まれている。しかし、グラント・ロバートソン財政大臣は「多くのニュージーランド人が、経済成長の恩恵を受けていないと感じている」と語る。
5月末に発表された「ウェルビーイング・バジェット」は、5つの基軸を中心にまとめられている。その内容を見てみよう。
1.メンタルヘルス支援
ニュージーランドでは、入院の必要はないが、日常生活に支障をきたす軽度から中等度の鬱病を患う人は多い。特に自殺率は年々上昇し続けており、政府はメンタルヘルスを「深刻な問題」として位置づけている。
「メンタルヘルス支援」では、24歳以下の若者を中心とした、すべてのニュージーランド人の精神的健康のサポートをする。予算には4億3500万ドルが充てられ、2023~2024年までに32万5000人に支援が行き届くようにする。また、自殺予防支援には4000万ドルが配当される。
その他、看護師を目指す高校生の数を5600人増やすことや、ホームレス支援策として、1044軒の簡易宿泊所を建設し、2700名を救済することも盛り込まれている。
2.子どもの幸せをサポート
ユニセフによると、ニュージーランドの児童約27%が、栄養価の高い食べ物を摂ることができず、健康的ではない劣悪な住環境での生活を余儀なくされているという。政府によると、毎年約30万人の子どもを含む約100万人のニュージーランド人が家庭内暴力や性的暴力に遭っている。
ウェルビーイング・バジェットでは、3億2000万ドルをかけて、家庭内暴力・性暴力の対処を含む、子どもの貧困の削減と福祉の向上を目指す。さらに、貧困家庭の子ども3000人の保護と自立支援をし、貧困のサイクルを断ち切るべく積極的に介入する。
幸せな人生が送れるかは、子どもの頃に適切な教育を受けたかどうかと密接に関係している。この予算では、教育システムの向上にも力をいれ、学校や教師への資金確保も行なう。
3.マオリ族と南太平洋諸国系の生活向上
先住民族のマオリ族と南太平洋諸国系は、2030年までに総人口の約10%以上を占めることが予測されている。しかし彼らはあらゆる面で取り残されており、その他のニュージーランド人との格差は大きい。彼らは自殺率も高く、大きな心理的ストレスを抱えていることも分かっている。
政府は1億9800万ドルを投資。健康・教育・スキル支援、雇用機会の提供などに費やす。そして彼らの文化・価値観を尊重し、生活向上のサポートをする。
4.イノベーティブな国家創生
デジタルテクノロジー社会を生き抜くため、ニュージーランドは最先端の技術を持ち合わせるイノベーティブな国家創りを目指す。国民のデジタルスキル取得を促し、予算ではスタートアップや新規ベンチャーに3億ドルを投資する。また、低酸素社会への移行に必要な技術開発に1億600万ドルを充てる。
5.サステナブルな経済社会への移行
持続可能な低炭素経済へ移行するため、それに関連する企業・団体、地域社会、プロジェクトをサポートする。
オークランドとウェリントンを結ぶ、歴史的な長距離鉄道KiwiRailの再開発に10億ドルを投資。鉄道で貨物輸送をすることで、トラックと比較して1トンあたり66%の二酸化炭素排出を抑えられる。また、気候変動問題に対応するため、再生可能エネルギーの研究開発施設を2700万ドルで設立し、4年間で2000万ドルの運営資金をつぎ込む。ゴミ問題の対応には4年間で400万ドルが充てられる。
継続的で利他的な支援が幸せにつながる
これら5つの項目を見渡すと、トップアップとボトムアップの両方がバランスよく配置されていることに気がつくだろう。持続可能なハイテク国家を目指す一方、子どもや貧困層、少数民族といった弱者に対する支援も手厚い。国家、国民全体の幸せを実現させるためには何が必要か。このバランス感覚は、他国の手本になる可能性は十分にある。
アーダーン首相はダボス会議で「(世界の問題解決には)継続的で利他的な目標が必要」と述べている。米中の貿易戦争が激化し、欧州ではポピュリズムが台頭。自国の利益優先政策は、世界全体の調和を乱す一方だ。自分だけでなく、全体の幸せを考えること。ニュージーランドの示す「思いやり、共感、幸福」の概念は、世界の安定化への鍵になるかもしれない。
文:矢羽野晶子 / 編集:岡徳之(Livit)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190910-00010000-ampreview-bus_all
かれ少なかれ、国は国民を守り、よりよい生活を送らせる義務がある。その政策内容は国によって違うものの、多くの先進国において教育や医療といった福祉分野に力を入れていることが確かだ。しかしそれらはあくまでもハード面への支援であり、その先にある“幸せ”は、当然ながら個々に委ねられている。
2019年5月末、ニュージーランド政府は、幸せをコンセプトに入れた予算「ウェルビーイング・バジェット(幸福予算)」を発表。国や国民の幸せを体系的に考え、予算に落とし込んだ国としては世界初である。
ウェルビーイングという言葉は多様な意味合いを持つが、端的に言えば「幸せ」。「フィジカル・メンタル・社会的に良い状態にあること」とされている。国民の幸せを促進するウェルビーイング・バジェットとは、どういうものなのか?
幸せって何?経済成長と幸福は必ずしも比例しない
その前に、幸せとは何か?経済発展真っ只中の発展途上国では「物質的な豊かさ=幸せ」が一般的である。「経済発展=GDPの伸張=幸せ」と言っても過言ではない。
給料が上がること、モノが増えていくこと、マイホームが立派になっていくことが幸せなのだ。
しかしある程度の経済成長を遂げると、幸せの定義は多様化してきて、人々はより自身の生活・人生に対する質「クオリティ・オブ・ライフ」を求め始める。
また、これまで見過ごされてきた社会問題も顕在化し、GDPの数値と幸せの度合いが一致しなくなるのもこの頃だろう。
国連は毎年3月20日の「世界幸福デー」に「世界幸福度ランキング」を発表している。この調査は2012年より全156ヵ国で実施されており、人口あたりのGDP、社会的支援、健康な平均寿命、人生の選択をする自由、性の平等性、社会の腐敗度を基準にポイント化し、ランク付けしている。
2019年のランキングでは、上から、フィンランド、デンマーク、ノルウェーと、北欧諸国がトップ3を独占。以下、欧州諸国が続く。
一方、ニュージーランドは8位と健闘。国際的な査定においても、それなりに幸福な国であるニュージーランドが、国家戦略として「国民の幸せ」に本気で取り組もうとしている。
長期的視点に基づいた「ウェルビーイング・バジェット」
ニュージーランドがウェルビーイング・バジェットの計画を世界に打ち出したのは、2019年1月のダボス会議(世界経済フォーラム)である。ジャシンダ・アーダーン首相は、「経済的な幸福だけではなく、社会的な幸福にも取り組む必要がある」と述べ、国の財政運営への新しいアプローチとして「ウェルビーイング・バジェット」を5月に発表することを宣言した。
ウェルビーイング・バジェットは、財政省が開発した「リビング・スタンダード・フレームワーク」をもとに、国民の生活水準を向上させるものに絞って予算を組む。アーダーン首相は「経済の動きがめまぐるしい現在、我が国が直面している根深い課題の取り組みには、長期的な支援が必要である」と主張。そして「思いやり、共感、幸福」という視点のもと、一時しのぎの対策ではなく、未来を見据えた抜本的な取り組みをしていくことを強調した。
国際通貨基金の予測によると、ニュージーランド経済は2019年に2.5%、2020年には2.9%の成長が見込まれている。しかし、グラント・ロバートソン財政大臣は「多くのニュージーランド人が、経済成長の恩恵を受けていないと感じている」と語る。
5月末に発表された「ウェルビーイング・バジェット」は、5つの基軸を中心にまとめられている。その内容を見てみよう。
1.メンタルヘルス支援
ニュージーランドでは、入院の必要はないが、日常生活に支障をきたす軽度から中等度の鬱病を患う人は多い。特に自殺率は年々上昇し続けており、政府はメンタルヘルスを「深刻な問題」として位置づけている。
「メンタルヘルス支援」では、24歳以下の若者を中心とした、すべてのニュージーランド人の精神的健康のサポートをする。予算には4億3500万ドルが充てられ、2023~2024年までに32万5000人に支援が行き届くようにする。また、自殺予防支援には4000万ドルが配当される。
その他、看護師を目指す高校生の数を5600人増やすことや、ホームレス支援策として、1044軒の簡易宿泊所を建設し、2700名を救済することも盛り込まれている。
2.子どもの幸せをサポート
ユニセフによると、ニュージーランドの児童約27%が、栄養価の高い食べ物を摂ることができず、健康的ではない劣悪な住環境での生活を余儀なくされているという。政府によると、毎年約30万人の子どもを含む約100万人のニュージーランド人が家庭内暴力や性的暴力に遭っている。
ウェルビーイング・バジェットでは、3億2000万ドルをかけて、家庭内暴力・性暴力の対処を含む、子どもの貧困の削減と福祉の向上を目指す。さらに、貧困家庭の子ども3000人の保護と自立支援をし、貧困のサイクルを断ち切るべく積極的に介入する。
幸せな人生が送れるかは、子どもの頃に適切な教育を受けたかどうかと密接に関係している。この予算では、教育システムの向上にも力をいれ、学校や教師への資金確保も行なう。
3.マオリ族と南太平洋諸国系の生活向上
先住民族のマオリ族と南太平洋諸国系は、2030年までに総人口の約10%以上を占めることが予測されている。しかし彼らはあらゆる面で取り残されており、その他のニュージーランド人との格差は大きい。彼らは自殺率も高く、大きな心理的ストレスを抱えていることも分かっている。
政府は1億9800万ドルを投資。健康・教育・スキル支援、雇用機会の提供などに費やす。そして彼らの文化・価値観を尊重し、生活向上のサポートをする。
4.イノベーティブな国家創生
デジタルテクノロジー社会を生き抜くため、ニュージーランドは最先端の技術を持ち合わせるイノベーティブな国家創りを目指す。国民のデジタルスキル取得を促し、予算ではスタートアップや新規ベンチャーに3億ドルを投資する。また、低酸素社会への移行に必要な技術開発に1億600万ドルを充てる。
5.サステナブルな経済社会への移行
持続可能な低炭素経済へ移行するため、それに関連する企業・団体、地域社会、プロジェクトをサポートする。
オークランドとウェリントンを結ぶ、歴史的な長距離鉄道KiwiRailの再開発に10億ドルを投資。鉄道で貨物輸送をすることで、トラックと比較して1トンあたり66%の二酸化炭素排出を抑えられる。また、気候変動問題に対応するため、再生可能エネルギーの研究開発施設を2700万ドルで設立し、4年間で2000万ドルの運営資金をつぎ込む。ゴミ問題の対応には4年間で400万ドルが充てられる。
継続的で利他的な支援が幸せにつながる
これら5つの項目を見渡すと、トップアップとボトムアップの両方がバランスよく配置されていることに気がつくだろう。持続可能なハイテク国家を目指す一方、子どもや貧困層、少数民族といった弱者に対する支援も手厚い。国家、国民全体の幸せを実現させるためには何が必要か。このバランス感覚は、他国の手本になる可能性は十分にある。
アーダーン首相はダボス会議で「(世界の問題解決には)継続的で利他的な目標が必要」と述べている。米中の貿易戦争が激化し、欧州ではポピュリズムが台頭。自国の利益優先政策は、世界全体の調和を乱す一方だ。自分だけでなく、全体の幸せを考えること。ニュージーランドの示す「思いやり、共感、幸福」の概念は、世界の安定化への鍵になるかもしれない。
文:矢羽野晶子 / 編集:岡徳之(Livit)
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