ロイター2023年12月2日午前 8:10
Md. Tahmid Zami
今年、バングラデシュ南西部チャクチャンナマラ村の人々は、昔ながらの伝統であるヒンズー教の女神ドゥルガーを称える祭りを復活させた。写真はバングラデシュのダッカで、豪雨による洪水のあとリキシャに乗って移動する人々。9月22日撮影(2023年 ロイター/Mohammad Ponir Hossain)
[ダッカ 24日 トムソン・ロイター財団] - 今年、バングラデシュ南西部チャクチャンナマラ村の人々は、昔ながらの伝統であるヒンズー教の女神ドゥルガーを称える祭りを復活させた。ほぼ15年ぶりの開催だ。
2007年の「シドル」、2009年の「アイラ」という大型サイクロンの襲来の後、この儀式は途絶えていた。チャクチャンナマラ村と近隣の本土をつなぐ600メートルの道路が損壊し、市場や病院、学校へのアクセスが阻害され、収入も途絶えたからだ。
道路が寸断されてしまえば、10日間の祝祭のために必要な舞台や装飾、資材など必要物資を苦労してボートで運ぶことになる。出演者や彫刻家、聖職者、親族や近隣地域からの訪問者の足も失われてしまう。
そこで、国際的な援助団体がチャクチャンナマラ村の約3000人の住民に、気候変動の影響で被った「損失と被害」に対処する際の優先事項は何かと問い合わせたとき、返ってきたのは「道路」という答えだった。
道路の復旧工事は今年初めに実施された。復旧に伴う収入増大もあり、地域共同体の失われた祝祭を復活させようという機運が盛り上がったのだ。
村の長老は、「この期間、村としての祭礼のやり方を知らずに育った若い世代のことを考えると、とても残念だ」と語った。色彩豊かなヒンズー教の祝祭が復活するのを見られて嬉しいという。
気候変動による影響を受けたコミュニティーのための「損失と被害」基金の仕組みが世界的に議論される中で問題となっているのが、最初に対応すべき被害は何か、どんな方法で対応すべきかについて、どの程度までコミュニティー自身が主導権を握り、選択を行うかという点だ。
交通の不便なチャクチャンナマラ村に道路復旧の資金を提供したのは、ワシントンに本部を置くグローバルな資金支援機関「気候正義レジリエンス基金(CJRF)」だ。
CJRFでは、アフリカ内陸のマラウィから太平洋地域に至るまで、これに似たようなコミュニティー主導型の取り組みに資金を提供している。原資はスコットランド自治政府からの100万ドルの補助金だ。気候変動による損失と被害への対応に投じられる政府系の国際的出資としては最も早い例だ。
独立系の開発機関ヘルベタス・スイス・インターコーポレーションは、コミュニティーによる計画を支援する形で、現地の非政府組織(NGO)とともに復旧作業を進めている。プロジェクトマネジャーを務めるアシッシュ・バルア氏は、復旧作業は物理的な改善であると同時に、毎年恒例の祭礼など、無形の被害を回復することでもあると話す。
<決定権はコミュニティーに>
国連が支援する「緑の気候基金」も含め、既存の気候関連基金の多くは、官僚主義的な融資手続きや申請書の記入に対応するノウハウが乏しいコミュニティーにとっては利用しにくい場合がある。
それもあって、コミュニティーが、気候変動による被害の補償を指示しポジティブな変化の達成を支援する代理人としてではなく、支援を待ち望む「犠牲者」として扱われていることが多い。
CJRFディレクターのヘザー・マッグレイ氏は、スコットランド自治政府からの資金提供のおかげで、「損失と被害」対応の取り組みにおいて、どうすればコミュニティーがもっと積極的な役割を果たせるかを試してみることが可能になった、と話す。
同氏は、そこから得られた教訓は、新たに設立される「損失と被害」基金や、その他の気候関連基金の仕組みにとっても参考になるはずだと語る。
マッグレイ氏は、「まず明白なのは、『損失と被害』基金には、コミュニティーが直接アクセスできる小額の支援を提供する『窓口』が必要だということだ」と語る。
国連大学環境・人間の安全保障研究所(UNU-EHS)において「人間中心の」気候変動対策を研究しているキーズ・ファンデルギースト氏は、「損失と被害」がどのようなものか、何に対応すべきかを最もよく理解しているのは、気候変動の影響がもたらす日々の生活の変化に直面しているコミュニティーだ、と語る。
英国を拠点とするシンクタンク「国際環境開発研究所(IIED)」が11月に発表した研究によれば、コミュニティーに主導権を与えると、社会の混乱、文化や先住民の知恵の喪失など、「経済以外の損失と被害」に対応する際に特に役立つという。
<線引きはどこで>
アナリストらによると、「損失と被害」への対応をめざすプロジェクトでは、迫り来る気候ハザードに対する適応や、社会的な防護システムへのアクセス拡大という面でコミュニティーを支援する例が多い。
だがそうなると、気候変動に対して脆弱な人々を対象とするさまざまな形の支援の中で、どこで線引きをするべきかという疑問が出てくる。
バングラデシュでは、開発団体「ユースパワー・イン・ソーシャルアクション(社会行動における若者の力、YPSA)」が、災害によって住居を失い路上や河川の土手で避難生活を送っている人々を対象に、移転先や復興の手段についての選択を行うためのチーム作りを支援している。
YPSAのディレクター、モハマド・シャフジャハン氏は、沿岸地域で住居を失った多くの家庭は、サイクロンや洪水、海面上昇により何度も住む家を失う経験を重ねていると語る。
シャフジャハン氏によれば、こうした家庭は、資金と社会的な支援ネットワークがないために、安全な地域に移って新たな生活を始めることができずにいるという。
コミュニティー・チームは、シングルマザー家庭など、支援を受けるべき最も脆弱な家庭はどれかを判断する際に役に立つ。またYPSAでは、こうしたチームが新たな土地に住宅を建設する際に支援を提供している。
移転した人々は、ヤギ飼養など新たな仕事を始める、移転先のコミュニティーに溶け込む、地方自治体による社会扶助を利用するといった点でも支援を受けることができる。
「こうした家庭は、さまざまな支援を丸ごと必要としている。呼称は『損失と被害』、適応、社会的セーフティネットといろいろだが」とシャフジャハン氏は言う。
地域社会が必要とする支援は多様なため、すでに存在する気候変動に対処するための資金とは別に、「追加的」なものとして損失と損害のための資金と区別するのが難しい。
金融の専門家は、「損失と被害」基金は、資金拠出の面では既存のものへの「追加」だが、支援対象のコミュニティーにおいては他の支援と一体として考えるべきだと指摘する。
バヌアツで気候外交担当マネジャーを務めるクリストファー・バートレット氏は、国際的なレベルでは、気候変動適応のための融資に加えて、「損失と被害」に関して新たな予測可能で迅速な融資が利用可能になることが必須だと見なされている。
だがバートレット氏によれば、コミュニティーのレベルでは話は単純ではない。
「コミュニティーの方は部署別の視点で考えていないから、国際的な支援により介入する場合には、災害が発生した場合の『損失と被害』支援と合わせて、災害の影響を低減するための新たなテクノロジーや手法による適応やリスク抑制を伴う場合が多い」
<多様なニーズ、多様な支援方式>
コミュニティーベースでの気候関連活動を設計し、資金を分配する場合には、支援の現場となるコミュニティー内部での多様性まで考慮する必要がある、とアナリストらは指摘する。
UNUのギースト氏は、「コミュニティーが利害や願望の点で一致していると想定しがちだが、もちろん、そんなはずはない。社会経済的な地位や権力関係、世代やジェンダーの違いがある」と語る。
オーストリアを本拠とするNGO「グラウンド・トゥルース・ソリューションズ」による今年初めの報告書では、支援の配分におけるひいきや不透明な意志決定のせいで、気候関連の支援が最も脆弱な家庭に届いていないと結論づけている。
CJRFでは、コミュニティー主導による「損失と被害」イニシアチブを試行する際に、女性や若者、先住民に固有のニーズに対応しようと試みている。
バヌアツでは、国が運営する基金が、災害により学校や病院その他の不可欠な施設が損害を受けたコミュニティーに対して、直接的に支援を提供することをめざしている。
バヌアツで気候外交の先頭に立つバートレット氏は、「損失と被害」融資をコミュニティーに流していく際に必要なことの1つは透明性だと指摘する。
各国政府や支援機関が試しているアプローチの1つが、アプリを通じて個人に直接資金を支給し、ブロックチェーンシステムを用いて使途を追跡できるようにしておくという仕組みだ。
バートレット氏は、コミュニティーによる意志決定と地元のアイデアを、新たなテクノロジーや専門家によるアドバイスと結びつけることが、「考えうるソリューション構成を組み立てる最も堅実な方法」だと話している。
(翻訳:エァクレーレン)
https://jp.reuters.com/world/europe/THU5RZTSXVK57BR5M5MCZOTAD4-2023-12-01/