ナショナルジオグラフィック2023/12/05 19:00
「世界一高価」な沈没船は誰のもの? 四者がお宝の所有権を主張
(ナショナル ジオグラフィック日本版)
南米コロンビアの大統領が、財宝船「サンホセ号」の引き揚げを画策している。そんなニュースが報じられたことで、「世界一高価」と言われる沈没船が新たに注目されている。
サンホセ号は、62門の大砲を搭載したスペインの大型帆船で、英国の軍艦との交戦により、1708年にコロンビアの沖約16キロの場所に沈没した。この船に最大200トンもの金、銀、宝石の原石が積まれていたことには異論がない。
現在の金額で、じつに数十億ドル(数千億円)相当に上る可能性がある財宝だ。
サンホセ号は18隻の船隊を率いる旗艦だった。新世界で見つかった財宝を積んだ船団は、当時スペインと同盟関係にあったフランスに向かっていた。
しかし、その途中で5隻の英国艦隊と遭遇。スペイン継承戦争が行われていたこの時期、英国はスペインおよびフランスと敵対関係にあった。
1時間以上にわたる戦闘の末、サンホセ号は搭載されていた火薬が爆発して沈没した。捕らえられた1隻を除き、スペイン艦隊の大半はカルタヘナの港に逃げ込んだ。
現在、コロンビア政府は、サンホセ号の残骸とすべての積載物を同国が所有すると主張している。ファン・ダビド・コレア文化相が2023年11月に米ブルームバーグ通信に明かした内容によると、グスタボ・ペトロ大統領は2026年の任期満了までに引き揚げを行いたいと考えているという。
コレア氏は、「これはペトロ政権の優先事項のひとつです。大統領は、作業のペースを上げるよう指示しました」と述べている。
ライバルの主張は
コロンビアがサンホセ号の残骸を発見したと発表したのは、2015年のことだ。一方、米国のサルベージ(引き揚げ)会社は1982年にこの船を見つけたと主張していた。ただし、コロンビアは、米国の会社とは異なる場所で自分たちが見つけたとしている。
それを受けて、この会社は、回収した財宝を半分ずつ分け合うという合意をコロンビア政府が反故にしようとしているとして、同政府に対し、推定価値の200億ドル(約3兆円)の半分にあたる100億ドルの損害賠償を請求する訴訟に踏み切った。
会社側は、新しい発見地点は1982年に特定された場所に近いと主張している。研究者のダニエル・デ・ナルバエス氏によると、現在、この件は調停が進められており、2023年12月に最初の話し合いがコロンビアの首都ボゴタで行われる予定だという。
この件は、コロンビア政府がサンホセ号を巡って抱える中で最大級の問題かもしれない。ここで下される司法判断は、たとえ財宝が引き揚げられなくても、効力をもつことになるからだ。
「私が大統領なら、じっくりと交渉して合意するでしょうね」。デ・ナルバエス氏はそうコメントする。
ボゴタ在住のデ・ナルバエス氏は、鉱山技術者でもあり、非営利団体「海洋探検家協会」の理事を務めている。氏は、金貨など沈没船の遺物の売却を認め、沈没船の一部を商品化すべきだと提唱している。
氏によると、このような取り決めがあれば、コロンビア沖に沈んでいる多くの古い船を守れるようになるという。何の取り決めもなければ、発見者は沈没船を政府に知らせることなく、財宝を自分の懐に入れてしまうことになるからだ。
氏はサンホセ号の歴史にも詳しく、行った位置計算は2015年の捜索にも活用された。さらに、沈没船から引き揚げられたものを、販売できる品物と販売できない歴史的遺物に分類する法律がコロンビアで作られた際にも関与している。
ただし、この法律はサンホセ号には適用されない。コロンビアの前政権が、財宝を含むサンホセ号のすべては歴史的遺物であり、販売することはできないと宣言しているからだ。
「現状では、大統領が数十億ドルの価値がある金貨を回収しても、一切売ることはできません。つまり、金銭的価値がまったくないのです」
海洋法の規定は
コロンビアに異議を唱えているのがスペインだ。沈没時にスペインの船だったサンホセ号を所有するのは、今もスペインだという主張だ。
沈没船は、1982年の「海洋法に関する国際連合条約」によって保護されていると指摘する法律の専門家もいる。この条約の規定では、たとえ沈没後であっても、艦船がもとの国家の所有物であることに変わりはない。
これによれば、サンホセ号は300年以上もコロンビアの領海にあるにもかかわらず、今もスペインのものということになる。
ただし、コロンビアはこの条約を批准していない。理由のひとつは、隣国のベネズエラやニカラグアとの領海紛争だ。「そのため、スペインの法廷闘争は複雑になるでしょう」とデ・ナルバエス氏は言う。
海洋考古学者で、沈没船の専門誌「Wreckwatch」の編集長を務めているショーン・キングスレー氏によると、これは現代の沈没船をスパイ活動から保護するための規則であるにもかかわらず、この場合は財宝船の権利を主張するために使われている。
この規則は「原子力船や原子力潜水艦にまつわる現代の国家機密を守るためにあります。数百年前に沈没した船には、ブラックボックスも軍の機密もありません」
さらに氏は、過去の植民地支配を考えれば、スペインの主張は共感を得にくいだろうとも述べている。
「サンホセ号の積荷には、奴隷にされた大勢の米大陸先住民やアフリカ人が関わっています。スペインが管理する金や銀、エメラルドの鉱山では、こういった人々が劣悪な環境で強制労働を強いられたのです」
財宝の価値は
このキングスレー氏の論点に沿うように、サンホセ号の財宝の所有権を主張するもうひとつのグループがある。財宝のほとんどは自分たちの先祖が掘り出したと訴えるボリビア先住民のグループだ。
2019年の報道によれば、先住民族カラカラの代表者たちは、自分たちの先祖がスペインの植民地支配者に労働を強いられてセロ・リコ山から銀を掘り出したのだから、船の財宝の所有権は自分たちにあると主張している。
ただし、デ・ナルバエス氏は、この主張は弱いと考えている。「同情はしますが、法的に見てこの主張が通るとは思えません」
所有権がこれほど争われていることからも、サンホセ号の財宝にどれだけの価値がありうるのかがうかがえる。その総額は、最大で200億ドル(約3兆円)とも、別の推定では170億ドル程度とも言われている。
一方、サンホセ号の金銀やエメラルド原石の金銭的価値は、一般に言われている数字ほどにはならないとデ・ナルバエス氏は指摘する。また、コロンビア憲法は歴史的遺物の販売を禁じている。
「積荷の目録を調べた人の計算によれば、200億ドルではなく、40~50億ドルといったところでしょう」と氏は述べている。
サンホセ号の未来は
その価値はともかく、サンホセ号と財宝はまだ海底にある。
ボゴタの海洋考古学者であるリカルド・ボレロ氏などは、船を引き揚げるべきではないと考えている。氏は米ニューヨーク・タイムズ紙に対し、手を加えるのは軽率であり、破壊につながると述べている。
「沈没船がそこにあり続けるのは、環境的につり合いが取れているからです。300年間この状態が続いているのですから、そっとしておく以上の方法はありません」
一方で、その歴史的、科学的な価値は引き揚げに値するという意見もある。財宝を売却して引き揚げ費用に充てるべきだという意見もある。
水深約700メートルとされる最新の沈没場所の写真には、海底に散らばった大砲や陶器の水差しが写っているが、財宝の姿は見えない。
デ・ナルバエス氏によれば、そこはダイバーが潜ることはできない深さだが、遠隔操縦の潜水艇を使えば、技術的に引き揚げは可能だ。
ただし、法的、技術的、考古学的な懸念があるため、2026年までに引き揚げが可能なサンホセ号の残骸はごくわずかだという。
「歴史学的、考古学的にしかるべき方法で引き揚げを行うなら、おそらく10年はかかるでしょう」と氏は話す。
キングスレー氏は、科学的な引き揚げ計画や保存計画など、現実的な管理計画を立てるべきだと述べている。
「サンホセ号は見つかりました。見つからなかったことにはできません」と氏は語る。「これはすばらしい発見です。歴史を書き換える可能性も、新たな世代にインスピレーションを与える可能性もあるのです」
https://news.goo.ne.jp/article/natgeo/world/natgeo-0000BY08.html