黄昏叔父さんの独り言

 アマチュア無線と何でも有りのブログ

 思わぬ所で日和山灯台見っけ!(2018/07/01)

2018年08月26日 | 旅行


     

 



 鰊御殿内の観光マップを見ていたら其処に「日和山灯台」の名前が有ったが何処かで聞いた事の有る名前に思えて考えて居たら子供の頃に見た木下恵介監督で佐田啓二さんと高峰秀子さんが燈台守の夫婦役で競演した映画「喜びも悲しみも幾年月」のラストシーンを飾った灯台で有る事を思い出した。勿論、子供時代に見た時には此の灯台の名前など知る由も無かったが子供の頃に見た此の映画は結構インパクトがあった。


 其の後にふとした事から高峰秀子さんが主演した「二十四の瞳」の映画をインターネット配信で見てから大ファンに成り彼女の出る映画を見る様に成って其れが嵩じてインターネットで古い邦画を有料配信するサイトと契約をして此の「喜びも悲しみも幾年月」は3回程見て居たのでストーリーも其々転勤した灯台名も全て知って居たので2014年に北海道を廻った時には此の映画のストリーの中で中心的な灯台で有った石狩市浜町の石狩川河口に有る「石狩灯台」が見てみたく成り態々訪れた事があった。然し此の映画で戦前戦後を通じて苦労した燈台守の夫婦が最期の勤務地と成るであろう日和山灯台への坂道を登る2人の姿で終わって居るのは見て知って居たがまさか其の灯台が北海道内で然も石狩灯台から西に直線距離で28Km程の近くに有るとは知らなかったし自分が其の近くに偶然に訪れて居たとは驚きであった。


 此れは何をしても見に行かねばと鰊御殿を出て左側の道を登って調度「鰊御殿」の真北に当たる岬の突端にひっそりと日和山灯台は立っていた。最近の灯台は殆どが無人化に成って居るので敷地中には入れなかったが施錠された門の前で灯台をバックに2人で記念写真を撮った。2番目に有る写真の灯台の説明の所に「喜びも悲しみも幾年月」のロケに使われた事が書かれて居たので矢張り間違いは無い様だが其の年月日を見ると1957年と記されて居るので私が小学校3年生頃か?当時はテレビも殆ど復旧して居ない時代で子供の楽しみは映画を見に行く事で映画全盛の懐かしい時代であった。

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 鰊御殿の見学(2018/07/01)

2018年08月26日 | 旅行


          


 水族館の見学が終わると直ぐ隣にある「鰊御殿」に行く事にした。水族館の駐車場(料金所の80m程手前まで水族館の駐車場が出張って来て居る)から車で140m程移動して鰊御殿の駐車場に車を入れようとしたら係員に止められ確か400円だったと思ったが駐車料金を請求されたので保々同じ場所に有るので「水族館で駐車料金は払っている」と言ったが「此方の駐車場で料金を払った場合は水族館の駐車料金は無料に成るが水族館で払った場合は此処でも駐車料金を戴いてる」と訳の解からない話に成ったので其れはおかしいと言ったが受付けないので仕方なく払ったがペテンにあった感じ公共の運営と個人が運営して居る違いか?「小樽市一体如何なって居るや!」と憤慨、後で考えたら水族館の駐車場から歩けば問題は無かったのだろうか?・・・・・・鰊御殿では屋敷に入ると別に入館料を取られたので駐車場は個人の所有地なのかも知れないが未だに此の疑問は消えない。


 私は気分的には「鰊御殿」など如何でも良い感じに成って居たが親方の考えは全く違って居て「県外からの観光客がそんな事はわかる筈が無いし料金を取られた以上徹底的に見なければ損!」と言って駐車場から鰊御殿への急な坂道を前日の足が痛かったのはどうなったのか?気合を入れて登り始めた。御殿は何処かから移設されたらしいが当時としては可也のお金を注ぎ込んだのだろう家の骨組みの木材は流石に頑丈な立派な物だったが建物自体は徳島の田舎でも此の程度の規模の家は幾等で有る感じ、ただ北海道では此の様な入母屋式に近い恰好の家は殆ど見当たらないので珍しいのかも知れない。


 最期の写真の木製「沖あげもっこ」の大きいのは男用で小さいのが女用、此れに一杯の鰊を入れた状態で船から掛けられた足場の不安定な歩み板を渡って鰊を荷揚げする労働は特に女性には大変だったと思われる。然も報酬は殆ど現金では無く現物支給で有ったというから生活も大変だった様だ。


         


 上段最初の写真は出稼ぎの人が寝起きをして居た場所で大人数が狭いスペースで然も蒲団で無く筵の上で寝て居た時代も有ったとか?何時の世でも同じだが「持てる者と持たざる者との差」は此の時代は今以上に厳しかった様だ。後の写真は鰊漁に使う漁具や生活用品の写真


 


 


  

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 一寸変ったコンテスト!

2018年08月26日 | アマチュア無線


 昨晩はRTTYのDXコンテストに(SCC RTTY Championship)参加して遊んで貰って居ました。日頃はデジタルモードでの運用は殆どしませんので如何程の局が参加するのか?試しに22:42~00:45JSTの2時間近くを運用したら14MHz帯も40局程で頭打ち状態に成りました。私が滅多に運用しないRTTYモードですが其れでもコンテスト中に交信した30%以上が既に交信済みで此のモードでも運用局は矢張り少ない事を実感、何れの分野でも先細りが感じられます。


 此のコンテストの少し変った所はコンテストNOがRSTの次にアマチュア局の免許が許可された年度(西暦)を送る規約なので交信相手局のアマチュア無線のキャリアが解かる事で此れは一寸面白いと思いました。


 アマチュア無線免許が許可された年度と云う事なので免許証が交付された年度と考えたら良いのか?アマチュア無線局が許可された年なのか?少し迷いましたが実は現在の無線局は二つ目のコール・サインで申請した免許証が最初の開局時とは違うのでどちらにも当てはまる年度を送る事にしましたが矢張此の場合は無線免許証を取得した年度が正確な答えだとは思うのですが・・・・・・


 何れにしても交信相手のアマチュア無線暦がコンテストNOから解かる事から現在アマチュア無線を楽しんでいる大凡の年齢層が解かるので調べてみたら一番年代が若い人で2003年で大半の人が1960~1970台のナンバーを送って来たので可也若くして免許を取ったとしても既に可也の年齢に達して居られる事は容易に想像出来てアマチュア無線の高齢化は国内外を問わず確実に進んで居る様です。


      コンテストの合間にSSBモードをチェックしたら聞えて居た局


  A41NN       23:51JST   14.201MHz    SSB


  4X6DX       23:54JST   14.275MHz    SSB


  CT9/OH2LZC  00:10JST   14.267MHz    SSB


  C4II        00:36JST   14.185MHz    SSB


  V51WW       00:49JST   14.225MHz    SSB     

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