仕事で白金へ出かけたときのこと。
港区の地理はだいたい把握しているが、白金周辺については空白地帯。
学生時代、在籍した運動部の出稽古で白金にある明治学院大学へ出かけたことがあったが、
もう40年近くも前のこと、キャンパスの記憶はぼんやりとはあるものの、
何に乗って、どこをどう経由して出かけたのかまったく覚えていない。
つまりは初めての土地も同然なのである。
仕事を終えたのが午後の4時半を少し回ったころ、
次の予定が入っていないこともあって、
それならばと少し歩いてみることにした。
漠然と街歩きをする時、スマホのナビなど地図はまったく見ない。
勘だけを頼りに何が現れるかわからない街並みを楽しむことが常で、
とりあえずはJR最寄駅、山手線の田町駅方向へ向かうことにした。
地下鉄の白金高輪駅から大通りを10分ほど歩いただろうか、
緩いカーブの先に慶応大学正門前という標識が見えてきた。
学生時代、くだんの出稽古で相当数の在京大学へ出かけたが、慶応大学には来たことがない。
ここが「陸の王者の...」と、新鮮に映る校舎を眺めつつ、
大通りの向こうに目を向けると、ビルの谷間が開けたところに東京タワーが見えていた。
昭和30年代生まれにとって東京タワーは永遠のランドマーク。
この瞬間、通りの向こうは赤羽橋、右方向は浜松町で左に行ったなら麻布十番に六本木...。
という具合に、頭の中に港区の地図が浮かんできた。
そして、ビル街、タワーの全景、しかも黄昏時とくれば役者が揃った絶好の「空」模様だ。
千載一遇のチャンス!
ここで、この機会を逃してなるものか、とばかりに「タワーのある風景」を激写!
しかし今、冷静に振り返ると...。
スーツ姿の、しかもいい年をしたサラリーマンが
一心不乱に東京タワーを撮り続ける姿、
周囲からすると、かなり違和感があったと思う。
ともあれ、地下鉄大江戸線の赤羽橋駅に着いたところで
この定番アングルを撮り収めとして散歩を終えることにした。
今、東京駅最寄りの常盤橋再開発では390メートルの高層ビルが計画されているという。
シャレではないが、あべのハルカスの300メートルをはるかに上回る高さだし、
その他にも再開発による高層ビル建設計画が目白押しだと聞く。
東京の空が狭くなっていく中、
ビルの谷間に垣間見える東京タワーはいかにも窮屈そうだし、
高層ビルの肩越しに見え隠れする姿などは、後輩に席を譲るかのように遠慮がちに思える。
しかし、そうは言っても東京タワーとは同世代、その姿を見つけるたびについ応援したくなるのだ。
「ずっと空の主役でいてくれよ」と。
「街はいつでも うしろ姿の幸せばかり...」
岩谷時子の名歌詞が胸にしみる。
そして、彼女たちもいなくなって、また昭和が遠くなった。
ウナ・セラ・ディ東京 ザ・ピーナッツ
「9」のつく日は空倶楽部の日