はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

あたたかき北風

2007-12-01 23:52:40 | はがき随筆
 年の瀬になると思い出すことがある。教師になって社会人としての第一歩を踏み出した昭和33年。高度経済成長の号令が発せられる以前で、世の中はそんなに豊かではなかった。そんな時勢に長年、親のすねをかじって学生生活をしてきた自分が月給をもらい、12月にはボーナスも出て、ひそかに感謝と満足感に浸っていた。その時、ふと新聞で歳末助け合い運動の標語が目に止まった。「北風もまた温かし年の暮れ受けずあたえる幸を思えば」。これまで街頭募金は横目に通り過ぎていたが、募金に協力できた時、大人になった喜びを実感したことを思い出す。
   志布志市 一木法明(72) 2007/12/1 毎日新聞鹿児島版掲載

鳥になる

2007-12-01 23:46:45 | はがき随筆
 7月、休暇をそろえた3人の娘たちと立山へ行った。室堂のホテルに滞在して大自然の中をゆっくりと散策した。ミクリガ池の周りにはまだ残雪があり、空気はさえ、高山植物の花の色も鮮やかだった。そんな中、娘たちが鳥を呼んだ。バードコールの摩擦音で鳴いている鳥の声そっくりの音を作る。と、やがて目の前に数羽の鳥があらわれた。セキレイに似ている。鳥にならないとだめだよと言いつつ音を作る娘たちの技に、私はすっかり心奪われてしまった。その時以来、散歩や山歩きにバードコールを手放せなくなってしまった。この冬、きっと鳥になる──。
   出水市 中島征士(62) 2007/11/30 毎日新聞鹿児島版掲載

耳のスイッチ

2007-12-01 23:40:05 | はがき随筆
 「○○二等兵、厠へ行って来ます」
 「……ただ今厠から帰りました」
 兵舎の出入り口で精いっぱいの声。入隊2.3週間は声がつぶれて鶏の鳴き声。軍歌演習、対空戦、厳しかったそのせいでもないけど、加齢と共に耳の機能が低下。補聴器はつけているが妻との日常会話、いろいろな会合、不便を感じている。
 「そげん大きな声を出ししゃんな」
 自分でもそんなつもりではない。
 「今ぐらいがちょうど良い」と言うが数字に表れてこないので加減が分からない。数字に表れる、耳のスイッチがあったら、と思う毎日。
   薩摩川内市 新開 譲(82) 2007/11/29 毎日新聞鹿児島版掲載