里山悠々録

里山の家と暮らし、田んぼや畑、そして水墨画のことなどを記録していきます

ブロッコリーはまだしばらく穫れる

2021年02月28日 | 畑:花菜類

ブロッコリーは未だ沢山の花蕾が着いています。
まだしばらく穫り続けます。
主枝(親)や側枝(子)の花蕾は全て穫り終えました。
今見えている花蕾はほとんどが孫にあたる花蕾です。さらにひ孫にあたる花蕾も見えます。


外葉は老化して枯れたり、低温で白っぽくなった葉が見られます。特に葉搔きなどはしていません。
ブロッコリーは2列ずつ2回に植えていますが、今は全く区別がつきません。


1回目は7月13日種播き8月11日の植付け、2回目は7月30日種播き8月18日の植付け。品種は何れも「緑嶺」。
収穫開始は10月下旬から始まり、すでに4ヵ月経過しました。
今年は厳冬ですが、意外にも凍害は少ない。
株の勢いが衰えず、耐寒性が増しているからではないかと推測しています。
ほとんどの株がこのように根元から太い側枝が伸びています。


主枝と2本の側枝が区別できないくらいに育ちました。そのため大きな側花蕾が穫れただけでなく、孫花蕾の数や大きさもこれまでで一番です。
ブロッコリーの花蕾は低温に遭うとアントシアンが出てやや紫色を帯びた濃緑になります。


最近は気温の上がる日も多くなり、鮮やかな緑色の花蕾も目立ってきました。


側花蕾の穫り跡、孫花蕾の穫り跡が多数混在してきました。


孫花蕾を穫った茎からひ孫の花蕾も出てきました。小さいながら十分食べられます。


1株に20個くらい着いている株も珍しくありません。


自家用にするには、一口大から二口大くらいで使えるので丁度都合がいい。
数株穫るだけで手頃の量になります。


これまでは厳寒期で穫り遅れる心配もありませんでしたが、これからは気温が上がってくるので花蕾が開くものが出てきます。
いつまで穫り続けるか。

イチゴを水墨画で描く

2021年02月27日 | 水墨画:菜果
本画仙 色紙

イチゴを水墨画で描きました。
このたび県南沿岸部の震災復興の地を訪ねました。そして、亘理町、山元町のイチゴ産地が力強く復活した姿に深い感銘を受けました。
当県オリジナル品種の「もういっこ」。
発表されて10数年経ち、すっかり定着しました。県民にも広く認知されるようになっています。
近年は新しいオリジナル品種「にこにこベリー」も作られるようになりました。
画はハウス栽培のイチゴをイメージして描いてみました。
ハウスで栽培されるイチゴは、この画のように次々と花が咲き、11、2月から半年にわたって収穫が続けられます。
露地栽培ではこのように赤い実の着いた花房と同時に次の花房に花が咲いているような姿は見ることができません。穫れる期間は2、3週間と甚だ短い。
これはイチゴの花芽分化と休眠という生態によるものです。
昔、我が家でも、露地のイチゴを作っていました。当時は「ダナー」という品種でした。さらに遡ると「幸玉」という品種。
これらの品種が分かる方は年齢が知れます。
旬という言葉が露地栽培のものとすれば、この辺りでは5月下旬から6月上旬。現在ではイチゴの露地栽培は経済的に成り立ちません。




震災復興の地を訪ねる

2021年02月26日 | 小旅

2011年3月11日の東日本大震災から間もなく10年。
この節目に大きな被害を受けた地を訪ねてみることにしました。
当県の大震災による死者行方不明者は1万人を超えます。
そのほとんどは津波による犠牲者です。土地や建物の被害も津波による被害が圧倒的に多い。それに比べれば内陸部の被害は相対的に軽いと言えます。
とはいえ、我が家も無傷というわけにはいきませんでした。家屋や農地さらにはライフラインと自らのことで精一杯でした。
それ故に大被害を被った沿岸部への貢献は何らできていません。これまでも足が遠のいていました。
今回は、県南の沿岸部数カ所を訪ねてみました。

仙台市若林区荒浜。
慰霊塔。すぐ向こうが太平洋です。


右の慰霊碑に犠牲者の名が刻まれています。
ここには知人夫婦の名があります。
集落は根こそぎ消滅しました。
震災遺構として住宅の基礎がそのまま残されています。


大津波の様子が書かれています。


遠くに見える白い建物が震災遺構として残されている荒浜小学校。
津波は2階まで到達したものの多くの人がここに避難して難を逃れました。

一帯は災害危険地域に指定され、住民が全て転居しているため未だ荒涼たる風景は否めません。
ここから南下。

名取市閖上。
2019年4月グランドオープンした「かわまちてらす閖上」。


復興の象徴的な閖上地区の新しい商業施設。


木造平屋建ての3棟には飲食店や海産物の店などが軒を連ねています。


この左手の川が名取川。すぐ河口です。


このすぐ近くに知人宅がありました。震災当時知人本人はすでに鬼籍に入られていました。すでに転居されています。
港の方まで足を伸ばしてみました。水産加工場や住宅施設も多くなり、当地では復興が実感できました。

亘理町荒浜。
ここは入り江になった特殊な地形の鳥の海地区。

かさ上げされた堤防から見る入り江。


昔は周辺に大型のプールなどもあり賑わっていましたが、未だ整備途中のようです。


この建物は「わたり温泉 鳥の海」
日帰り温泉施設です。


オープン3年目くらいで震災に遭い、しばらくして復活しました。3年ほど前に訪ねていますが、その時はまだ不十分な印象でした。
今度はレストランも綺麗に整備されており、ここで昼食をとりました。
当地の名物は「はらこ飯」ですが季節的に品切れ、寿司セットをいただきました。
ここから海岸線近くを山元町まで南下したかったのですが、昔とは道路が大きく変っており、イメージ通りには行けませんでした。
亘理町から山元町の海岸線沿い、通称浜街道にはイチゴのパイプハウスが林立していましたが、津波で壊滅。イチゴ農家の知人も命を落としました。
現在は大型の近代的な施設が建ち並び、イチゴ産地として目覚ましい復興を遂げています。

山元町坂元。
震災遺構の中浜小学校。

震災当時の姿がそのまま残されています。

向こうが太平洋。

右上2階天井付近に津波到達点の目印があります。


児童や地域住民らが屋上に避難し、90人の命が守られました。現在は防災教育・震災伝承の場として一般公開されています。
これは「幸福の黄色いハンカチ」をイメージしたモニュメントでしょうか。


復興のシンボル的な直売施設「夢いちごの郷」。

多くの地元産品が並び、賑わっていました。


何といっても目玉は特産のイチゴ。
これは当県のオリジナル品種「もういっこ」。
大粒で、甘味と酸味のバランスが良く日持ちもする美味しいイチゴです。

駆け足ではありましたが、復興の現状を知るいい機会となりました。

畑に冬囲いしたハクサイを取り込む

2021年02月25日 | 畑:葉菜類

畑に置いてそのまま冬囲いしたハクサイを、全て中に取り込みました。
冬囲いは2通りの方法で行っています。
年内12月21日に半数は中に取り込み、半数は畑に置いたままで囲いました。
これまで、中に取り込んだハクサイが主に消費され、外のハクサイはまだ大分残されています。
外葉を縛り、不織布で覆っています。20個弱残っています。


品種はトーホク種苗の中晩生種「郷秋80日」。
昨年は3月まで畑に置いたままにしたため、玉が割れるものが出ました。そこで、今年は2月中に中に取り込み保存することにしました。


外葉数枚は枯れたようになっていますが、しっかりした外葉を強く縛っているので、厳冬だった今年でも、これまで穫ったものは全く問題ありませんでした。


外葉を縛ったままの状態で株を根元から切り、収穫します。


一輪車で作業場の下屋に運び込みました。


ここで、傷んだ外葉を外します。


試しに二つ割りにし、中の状態を確認してみました。


表面から数枚で黄芯系ハクサイの柔らかそうなきっちり詰まった結球が現れます。
芯をよく見ると花芽が確認できます。


これから気温が上がってくるとこれが伸び出し、玉は割れやすくなります。最後はトウが外に飛び出し花が咲くことになります。
数個剥いてみると何れも綺麗な状態でした。


これは頭が割れ始めていました。いつまでも畑に放置すれば次々に割れることになります。


この後、直接消費する数個はそのままにし、他は再び新聞紙に包んで作業場の中に囲い直します。
株裏の芯に包丁の先を差し込み十字を入れてみました。
トウが生長しにくいと言われますが、まじないのようなものでしょう。


後は助っ人がやってくれました。
新聞紙に包んだハクサイは逆さまにして保存します。これも逆さまにすることでトウが生長しにくくなると言われます。


紙袋で覆いをしました。

年内に取り込んだハクサイ数個が残っており、全部で20個と言ったところ。3月いっぱいでは消費しきれないでしょう。

フキノトウを水墨画で描く

2021年02月24日 | 水墨画:菜果
本画仙 色紙


フキノトウを水墨画で描きました。
我が家の田んぼの土手に出ているフキノトウ。
群生とまではいかないまでも、それなりにまとまって生えています。
寒冷地のこの辺りでも、今年の冬はとりわけ厳しかったので、フキノトウの出るのも遅いかと思えば、以外にもそうではないようです。
早いものはすでに苞葉が開いてしまったフキノトウがあり、一方でまだ硬い蕾のものもあります。
一つ一つよく観察すれば結構変化があるはずなのですが、開きかげんのフキノトウが目立つ画になってしまいました。
早春香る絵とはいきませんでしたが、「ばっけ」という方言の響きには、何となくマッチするような気も。