里山悠々録

里山の家と暮らし、田んぼや畑、そして水墨画のことなどを記録していきます

墨彩画「紅梅」

2025年01月04日 | 水墨画:草花
本画仙 色紙   


2025年の描き初めは紅梅の墨彩画です。
1年前は新年早々に能登半島地震、縁起物を描くのをためらったことを思い起こしました。
東日本大震災を身をもって体験しただけに、一日も早い復興を願うばかりです。
紅梅はこれまでも何度か描いています。
新春にはやはり梅が似合います。我が家の床の間にも毎年紅白の梅を生けることにしています。
一本の長い枝を上に伸ばしたのは1年がすんなり平穏に行ってほしいという思いから。
今年は小生もいわゆる後期高齢者として名実ともに老人の扱いを受けることになるのでしょう。
すでに父や母の亡くなった年齢を超えています。いつ何があっても不思議ではありません。
10年前はまずは古希の峠を越えるのが目標でした。
父も祖父も越えられなかったからで、自然に意識するものがありました。
幸いと言うべきかその目標は達し、その後も大過なく野良仕事が出来ているのは有り難い。
次は傘寿の峠を越すことが目標になるでしょうか。



正月元旦と二日の習わし

2025年01月03日 | 暮らし

昨日は残念ながらDDoS攻撃による システムトラブルで投稿を諦めました。
復帰したようなので改めて正月元旦と二日の習わしを記事にします。
当地、今年は穏やかな元旦、二日となりました。
幼少の頃の正月は色々な習わしがありました。元旦には若水取りの神事があったのを憶えています。
早朝に井戸の湧き水を取り神前に供え、それで料理を作るのです。甚だ朧気な記憶ではあります。
今では昔からの習わし自体を知らない人も多くなってきました。
我が家でも両親が亡くなりすでに20数年、苦にならない程度に簡素化してきました。
欠かせない神事と言えばまずは正月祈祷。我が家も氏子になっている神社の宮司にご祈祷を頂きます。
当集落にある鎮守様とは別で、数集落ある旧村時代からの氏神様といった位置づけです。
宮司は氏子のお宅を順に回るので、かつて我が家の正月祈祷は1月4、5日頃でした。
近隣に毎月一日に元日祈祷の神事を行うお宅があることを知り、その折りに我が家の正月祈祷も元旦にしていただくようお願いしました。勤め人稼業の身としては幸いなことでした。
正月祈祷の前にはこのようにして待ちます。


お燈明、お清めの塩と水、そしてお初穂(ご祈祷料)をテーブルに準備しておきます。
お出でになったのはお昼間近でした。これがご祈祷後。
ご祈祷した後、氏神様の正月祭のお札を置いて行かれます。このお札は神棚に奉ります。


苦にならないので続けている食事の習わしは元旦のとろろ飯と二日の餅。
昔から我が家の習わしでは元旦に餅は食べず、とろろ飯です。
正月にとろろを食べる風習は多く、三日とろろが多いようです。我が家が何故元旦なのか謂れは分りません。
神棚や仏壇にとろろ飯をお供えします。
お供え用の皿に少量のご飯の上にとろろをちょんと乗せたものです。


神棚には小皿2個お供えします。


かまどの神様には小皿1個お供えします。


二日になって初めて餅を食べます。
昔は大きな臼で何臼もついたものですが、今は食べる量も僅かになりました。
助っ人宅で纏めてついて貰い、有り難くお相伴に与っています。
小振りのブロックにして貰い、それを我が家で切り餅にします。


神棚や仏壇にも切り餅を焼いて少量お供えします。


近隣でも習わしは違うようで、特別なことはもうしないという方も多くなってきました。
助っ人宅では昔から三が日とも朝は餅を食べるのが習わしと言いますから、少々辛い気もします。
個人差はあるものの続けてきた習わしを止めるのは何となく落ち着かない気分になるものです。
我が家では特に苦にもならないので続けています。
そして二日と言えば初売り。
恒例となっている馴染みの農機具店と農業資材店へ顔出し、記念の品を頂いてきました。

新年は鎮守様への元朝参りからスタート

2025年01月01日 | 暮らし

新たな年が明けました。おめでとうございます。
当地、今年は風は少しあるものの好天の穏やかな元旦となりました。
新年は鎮守様への元朝参りからスタートします。
大晦日の午後に小生が鳥居にしめ縄を取り付けた時のものがこれ。


夕べは風が結構強かったので気になるところです。
出かける前に御散供(おさご)を準備します。御散供とは米を包んだおひねりのこと。


元朝参りは日の出に合わせ7時過ぎに行くのが恒例となりました。
天候に恵まれれば境内から初日の出を拝むことができるからです。
参道入り口の鳥居の前で一礼。


ほんの僅かながら薄っすらと白くなったところがあります。
いつも気になる鳥居に掛けたしめ縄はどうにか持っているようです。
しめ縄に付けた紙垂(しで)は小生手作りの弱い紙製ですから荒天ならたちまち破れてしまいます。
集落内の方は大概元旦にお参りするのでまずは良し。三が日もってくれれば上々と言ったところ。
これまで何度か付け替えたことがあります。しかし、今は自然のままで良いと何もしないことに決めています。
過日掃除した石段も気になります。風の強い日もあったのでこの程度の汚れはしょうがありません。


石段の途中にある出羽三山の石碑にも御散供を捧げてお参りします。


すでに大晦日にはお幣束(へいそく)と御散供(おさご)を捧げお参りしています。
今、御散供を捧げる方は殆ど見かけません。小生はまだこれまでの習わしに従っています。
あまり苦にならないからですが、散らばり自然に帰って問題ないところに限ります。
拝殿ではお賽銭を捧げ、二礼二拍手一礼でお参り。


私的な安寧とともに世の平穏なるを念じました。
境内の後方に本殿があります。


運が良ければここから初日の出が拝めるのですが。
果たして今年はほぼ快晴、綺麗に見ることができました。


雲一つない御来光はしばらくぶり。気分は悪くありません。
元旦には宮司がお出でになり正月のご祈祷があるので早めに準備を整えます。
その後は例年のように来客と続きます。