昔の京都は、ハッキリと夏は暑く、冬は寒かったです。
夏は冷房もなく、涼しさは扇風機か台所の井戸で冷やしたスイカぐらいでした。
冬は毎年雪が降り、比叡おろしの風が冷たかったです。
冬の暖房は、隙間風がある勉強部屋に火鉢が一つでした。
その火鉢に跨って、俗にいう“また火鉢”のかっこうで過ごしました。
押入れを改造して簡単に写真ができるようにしていました。
現像液の調合で写真処方集を眺めますと、使用温度つまり液温20℃とあります。この根拠がわかりません。もっと古い処方集では18℃とありました。
いろいろ調べて当時のアメリカの一般家庭の室温とわかって夢のような話だなあと感じたものでした。
現像液の温度をしっかり合わせないと、フイルムの濃度や印画紙の黒の描写などに影響が出ます。
冬は乱暴ですが、熱湯を印画紙現像皿にそそぎ、夏は冷蔵庫の氷を入れました。
温度が低いと眠たい描写になり、温度が高いと、フィルムなどの乳剤がとろけて具合が悪いのです。現像液を作るのには、上皿天秤で薬品を測りながら調合します。
そのうち、「マイクロドール×」、「ミクロファイン」、「コレクトール」、などの名前で調合済みの缶詰が各社から出てきて利用しました。
カラー時代になって、私の暗室作業は終わりました。
カラーは温度が一層厳しくなり、真っ暗の暗室でしか処理できないからやめました。
最近になって、DP店のフィルム自動現像機の現像液の温度が、なんと37℃だと聞きました。まるでぬるい風呂のようです。それでもフイルムがなんともないのかと驚きました。
10数年前、写真専門学校卒の新進カメラマンと話をしていて、現像液の話になりましたが、現像液に関する知識が全くなく、
[現像液をそうやって作るのですか」
と言われて、時代の推移を感じました。
当時の現像液の処方をご披露します。
D-76 (フィルム現像用)
水 750ml
メトール 2g
無水亜硫酸ソーダ 100g
ハイドロキノン 5g
硼砂 2g
水を加えて 1000ml
液温 20℃
注意としてこの処方の記載順に調合ビーカーに入れていかないと、沈殿物ができることがあります。
夏は冷房もなく、涼しさは扇風機か台所の井戸で冷やしたスイカぐらいでした。
冬は毎年雪が降り、比叡おろしの風が冷たかったです。
冬の暖房は、隙間風がある勉強部屋に火鉢が一つでした。
その火鉢に跨って、俗にいう“また火鉢”のかっこうで過ごしました。
押入れを改造して簡単に写真ができるようにしていました。
現像液の調合で写真処方集を眺めますと、使用温度つまり液温20℃とあります。この根拠がわかりません。もっと古い処方集では18℃とありました。
いろいろ調べて当時のアメリカの一般家庭の室温とわかって夢のような話だなあと感じたものでした。
現像液の温度をしっかり合わせないと、フイルムの濃度や印画紙の黒の描写などに影響が出ます。
冬は乱暴ですが、熱湯を印画紙現像皿にそそぎ、夏は冷蔵庫の氷を入れました。
温度が低いと眠たい描写になり、温度が高いと、フィルムなどの乳剤がとろけて具合が悪いのです。現像液を作るのには、上皿天秤で薬品を測りながら調合します。
そのうち、「マイクロドール×」、「ミクロファイン」、「コレクトール」、などの名前で調合済みの缶詰が各社から出てきて利用しました。
カラー時代になって、私の暗室作業は終わりました。
カラーは温度が一層厳しくなり、真っ暗の暗室でしか処理できないからやめました。
最近になって、DP店のフィルム自動現像機の現像液の温度が、なんと37℃だと聞きました。まるでぬるい風呂のようです。それでもフイルムがなんともないのかと驚きました。
10数年前、写真専門学校卒の新進カメラマンと話をしていて、現像液の話になりましたが、現像液に関する知識が全くなく、
[現像液をそうやって作るのですか」
と言われて、時代の推移を感じました。
当時の現像液の処方をご披露します。
D-76 (フィルム現像用)
水 750ml
メトール 2g
無水亜硫酸ソーダ 100g
ハイドロキノン 5g
硼砂 2g
水を加えて 1000ml
液温 20℃
注意としてこの処方の記載順に調合ビーカーに入れていかないと、沈殿物ができることがあります。
印画紙にはD-72、Filmの微粒子現像には、DK-76とかDK-20だった。フイルム表面が白くあがった。このDKのKはなんだったかと考えても思いだせない。
すこで、得意のインターネット検索、一発でヒットした。「フイルム現像液 スペース DK76」
D云々全部出てきた。DKのKは「コダルク」だった。そんな名前だったかなあ!