kimitsuku独り言

日々の暮らしから感じたあれこれを
ひとりブツブツ独り言

≪花を持って、会いにゆく≫

2022年01月23日 | 日記

     

    ≪花を持って、会いにゆく≫  

 長田 弘:詩  グスタフ・クリムト:画

    

春の日、あなたに会いにゆく。あなたは、なくなった人である。どこにもいない人である。

どこにもいない人に会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。

どこにもいない? 違うと、なくなった人は言う。どこにもいないのではない。

どこにもゆかないのだ。いつも、ここにいる。歩くことは、しなくなった。

歩くことをやめて、はじめて知ったことがある。歩くことは、ここではないどこかへ、

遠いどこかへ、遠くへ、遠くへ、どんどんゆくことだと、そう思っていた。

そうでないということに気づいたのは、死んでからだった。もう

どこにもゆかないし、どんな遠くへもゆくことはない。

   

そうと知ったときに、じぶんの、いま、いる、ここが、じぶんのゆきついた、

いちばん遠い場所であることに気づいた。

この世からいちばん遠い場所が、ほんとうは、この世にいちばん近い場所だということに。

生きるとは、年をとるということだ。死んだら、年をとらないのだ。

十歳で死んだ人生の最初の友人は、いまでも十歳のままだ。

病いに苦しんでなくなった母は、死んで、また元気になった。

 

死ではなく、その人が じぶんのなかにのこしていった たしかな記憶を、わたしは信じる。

ことばって、何だと思う?  けっしてことばにできない思いが、ここにあると指さすのが、ことばだ。

話すことがなかった人とだって、語らうことができると知ったのも、死んでからだった。

春の木々の枝々が競いあって、霞む空をつかもうとしている。

春の日、あなたに会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。

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