今朝は昨夜からの雨が雪になったようで、上毛三山の赤城山は雲に隠れて見えなかったけど、妙義山や榛名山は二日続きで綺麗に雪化粧しているのが眺められました。

しかし、今日は3月11日、単純に「きれいだねぇ~」って言っていられない日なのです・・・

あれから5年・・・あの年はいろいろあった。2月初旬に前々日まで畑仕事をしていた父が突然亡くなり、葬儀とその後の諸々の手続き、寝たきりになっていた母の病院への行き来、そして退職まであと1年という状況で頭の中はパニック状態だった。
そんな中で東日本大震災は起きた・・・仕事場の事務室で机に向かっていて強い揺れに思わず椅子をけってコーナーの柱に身を寄せたことを覚えている。出張していた職員の無事を確認し、建物や設備の被害状況を確認して報告、帰宅の途についたのが10時頃だった。仕事場のある榛東村では電気が供給されていたのだけど榛名町から峠を越えて安中市に入ると漆黒の闇が広がっていた。完全に停電していて明かりが一つもないのであった。もちろん信号機も作動しておらず交差点では注意をしながら通過して家に帰りつくと女房殿が真っ暗な部屋の中で怖さと寒さで震えていた光景が忘れられない。
この時ほど「かわ遊び・やま遊び」の小道具が感謝されたことはなかった。停電で明かりが無いのでランタンを天上から吊るし、ワカサギ用のガスストーブに火をつけて暖を取れるようにしたときの女房殿が安堵した顔が忘れられない・・・
その後は計画停電が続き、ガソリンは売ってもらえず、乾電池も品切れ、電車もストップしてひどい状態が続いていた。そんな中で日々弱っていった母が震災発生から6日目に亡くなった。葬儀も計画停電の合間を見て行い、ガソリンが手に入らず車を走らせるのも大変で、高崎までしか電車も走っていないのに遠くから参列してくださった方々に本当に申し訳なく思ったものであった。
仕事の関係では原発事故によるセシウム汚染禍が問題となり、森林関係・林産物の放射線量の計測やしいたけ原木などの線量計測、除染方法の検討などでてんやわんやだったのである。未だに汚染されていないしいたけ原木の購入費は高騰し、除染費用も掛かっていて原木しいたけの生産量は減少しているし廃業する人も多いのである。
そして趣味であり一時は仕事となっていた釣りはと言うと、赤城大沼や榛名湖のワカサギ、県内河川の渓流魚のセシウム汚染が問題となっていたのである。あの日を境に赤城と榛名のワカサギは持ち帰り禁止となり今年やっと解除されたが、渓流魚は未だに解除されていない河川もあるのだ。
他にもたくさんの事があった5年前のことは今でも鮮明に覚えているし、そう簡単には忘れられないのである。ましてやもっともっと大きな被害に遭われた被災地の方々はどんな思いで今日を迎えているのか・・・
あらためて被災地の皆様にお見舞いを申し上げ、亡くなった方々に黙とうを捧げます。
「にほんブログ村ランキング」に参加中です。
下のバナーを押して応援よろしくお願いします。(2933話目)
【アウトドア】
【釣り】 
「人気ブログランキング」にも参加しています。
こちらも応援よろしくお願いします。

自然観察 ブログランキングへ