( 藤袴 )
藤袴手に満ちたれど友来ずも 橋本多佳子
藤袴ゆれれば色を見失ふ 山下美典
藤袴にもひとこゑや山鴉 藤田湘子
朽木は彫るべからず 富安風生
柱から庭木へ縄や土用干し
富安風生はこの句を取り上げて「見たままありのままにが叙してあるが、
ただごと過ぎて趣が乏しく、詰まらない」「一口に言えば事実に詩がない」
とし、この句を否とした。
全ての事実が詩材たり得るわけではない。朽木は彫るべからず。
写生ということを穿き違えて、俗眼俗耳に入り来るところの現象そのものに
何らの取捨選択を施すことなく、自己の上層の坩堝で陶冶を加ふることなく
据えられた写真機が種板に物を撮しとるように、外物をただ十七文字の
形の中にはめ込んだといふだけでは詩にならない
(栗田靖 著 現代俳句考 先達の言葉より)