あしたはきっといい日

楽しかったこと、気になったことをつれづれに書いていきます。

ことばのちから

2006-12-30 20:46:43 | つれづれ
朝、散歩していてふと考えていた。
思いを込めて発した言葉は、必ずしもその思い通りに相手に通じない…
それは、言葉を紡ぐ力が足りないだけではない。もっと大切な何かがあるというのはわかるのだが、具体的に自分の言葉を直すことはなかなか出来ない。

先ほどから放送されているレコード大賞では、過去の受賞作品が当時の映像で紹介されている。流れてくるメロディにあわせて、ついつい口ずさむ。そして、その歌の多くを作詞したのが、阿久悠氏だということに気付いた。
冷静に詩だけを読むと、「何言ってるの?」と思ったりもするものもあるのだが、メロディに乗って流れ出すと、聞く人の心を絡めとっていく…
子どもの頃、「スター誕生」で氏を見ていた頃は、ただデニムのジャケットを着たおじさんとしてしか見ていなかったが…

まだ明日もあるが、来年はもっと、ここに訪れてくれる皆さんの心の奥に伝わるような言葉を紡いでいきたい。そう、そのためには、もっと大切な「何か」を見つけなければ…
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明日へ…

2006-12-30 20:28:43 | つれづれ
昨朝、みのもんた氏の番組で夕張市を取り上げていた。

財政再建団体となったしわ寄せが、市民生活に及んでいる。
確かに、市の財政をここまで至らしめた首長や議員を選んだのは市民自身である。けれども、今考えれば無謀と言い捨てられる計画に対し、市民自身が判断するための情報は提供されていたのだろうか?
強固な保守地盤の中では、正しい判断かどうかが必ずしも投票行動につながらないのかもしれない。ただ、そうした計画に対し資金を提供し続けた国や、その資金に群がった企業の責任は、どのように追求されるのかは明確でない…

従来のような責任をあいまいにするやり方は許されない。けれども、まず今考えなければならないのは、夕張に住む人々の窮状をどうするかだ。

夕張だけでなく、北海道や筑豊地区などは、日本の一時代を支えてきてくれた。多くの犠牲者を出した炭鉱事故のニュースは、当時子どもだった自分の記憶に強く残っている。今こそ恩返しをする時なのではないか…

特集の最後に、実行委員として成人式の準備に奔走する若者が紹介されていた。ふるさとの明日を背負う意気込みを持った次のランナーがまだいる。彼らが諦めてしまう前に、その意気込みをほんの少し後押ししてあげる… 今ならまだ間に合うと思う。
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