明日香村を訪れた。今日は東京へ戻るので、宿を引き払って荷物を持って出かける。近鉄奈良駅を発って西大寺で橿原神宮前行きの急行に乗り、橿原神宮駅構内のコインロッカーに荷物を預けて吉野線に乗り換え、飛鳥で下車する。飛鳥の駅前で自転車を借り、明日香村の名所旧跡を訪ねながら橿原神宮前駅へ至るというコースを走った。駅前に何軒も貸自転車屋があるくらいなので、道路には自転車用の区画が切ってあるところが多いが、それでも全ての道路がそうなっているわけではなく、なかには狭い上にバスなどの大型車両も通るようなところもある。たぶん、自転車の絡むトラブルは日常茶飯事だろう。幸い、我々は無事に橿原神宮駅前にたどり着いた。
飛鳥駅から最初に向かったのは高松塚古墳。自転車に乗るのは何年かぶりであるのと加齢に伴う体力の低下もあり、駅から古墳に至る緩やかな上り坂がいきなり辛い。道路から少し入ったところにある飛鳥歴史公園館の駐輪場に自転車を停め、徒歩で高松塚古墳へ。古墳を中核とする公園として整備されているのでそれらしく見えるが、標識や案内板などがなければ、ただの野山だ。古墳の周囲の平坦なところには田畑が広がる。なんでもない風景なのだが、そういうなんでもなさが心地よいのである。
今はなんでもない風景だが、よく見ると数多くの古墳があったり寺院跡があったりするのだから、その昔はなんでもなくはなかったのである。いわばこの国の成り立ちを考える上で要のひとつとなる地域だ。その要が「なんでもない」と感じられるところが重要だと思うのである。つまり、ここは日本人にとっての原風景が展開しているということではないだろうか。
高松塚古墳の近くには文武天皇陵や中尾山古墳、天武持統天皇陵がある。高松塚古墳には壁画の解説をする施設があるが、他は何か特別な施設があるわけではない。せいぜい標識や案内板がある程度なのだが、そういうものが田畑に溶け合うようにぼこぼこ点在している風景というのは、見慣れないはずなのに、違和感を覚えない。不思議なことだと思う。
亀石を眺めてみるが、それよりもその隣にある地元農家の農産物販売所のほうに興味を惹かれる。奈良で初めて口にした四角豆とみかんと自家製だという草餅を買い求める。昼時でもあったので、この近くの通り沿いにある「歩楽都」というカフェで昼食をいただく。ログハウス風の建物は比較的新しいようだが、太い柱と立派な梁が檜で、店内には木の香が漂う。店の人たちの印象もよく、料理も美味しかった。このカフェに限らず、今回の奈良の旅で訪れたところはことごとく観光地ではあるが、どこも観光地ズレした嫌なところがなく、愉快に過ごすことができた。
昼食の後は橘寺を参詣し、石舞台古墳を訪れ、その近くにあった無人の農産物販売スタンドで栗を買い、板蓋宮跡に立ち、船酒石に触れ、亀型石造物を眺め(月曜なので万葉文化館は休館)、飛鳥寺に詣でる。たまたまそこの大仏様の縁起の解説を伺う機会に恵まれ、大仏様だけが1400年前から同じ場所に在って、その周囲が変化を重ねてきた不思議を思う。