昨夜からの強い風と雨が朝まで残っていた。風雨が収まってきた頃を見計らって東京都美術館で開催中の若冲展を観に出かけてきた。
特に若冲が好きというわけでもないのだが、今回は「動植綵絵」30幅が全て展示されるという滅多にない機会なので拝んでこようと思ったのである。「動植綵絵」全幅を観るのは2007年に京都の相国寺承天閣美術館での「若冲展」以来だ。初めて観たときはさすがに圧倒された。今回は前回以上に観客が多い所為もあり、また、そのために絵の下のほうが見えない所為もあり、圧倒されるというほどのことはなかったが、観て嬉しいという気分にはなった。この人の絵は眺めていて嬉しくなるのである。
世に絵画は星の数ほどあるけれど、作品や作家によって嬉しくなったり、感心したり、面白いと思ったり、眼とか心が刺激されることがある。私は絵の技巧的なことは全くわからないので、絵を前にして何かを思うか、感じるか、ただそれだけである。若冲の作品が嬉しいのは、夢見心地にさせてくれるからだろう。例えば「動植綵絵」は緻密に描かれているが、緻密であることではなく、緻密に描く姿勢とか意志といったものの向こう側にあるものが作品を通じて観る側を刺激するのだと思う。だから、緻密であることは二の次で、伏見人形であっても、大描きされた野菜であっても、それを前にすればやはり嬉しいと感じる。
行列に並んでどうこうするというのは嫌いなのだが、今日は嬉しくなることが予見できたので、列に並ぶことさえも嬉しく感じられた。