万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

戦後70年談話-”侵略”をめぐる中国の”王手”から逃れる方法は?

2015年08月08日 15時01分08秒 | 日本政治
70年談話、14日に閣議決定=公明代表に原案説明―安倍首相
 内外の関心を集めてきた戦後70年談話は、今月14日には閣議決定される模様です。中国と韓国は、”侵略”と”植民地支配”を文言に入れるべきとの圧力を強めておりますが、”侵略”も”植民地支配”も、談話に明記する必要はないのではないかと思うのです。

 中国は、70年談話の一連の流れによって、首尾よく日本国を追い詰めたと悦に入っていたと推測されます。まず、日本国が、自ら先の大戦を”侵略”と認めれば、日本国を侵略国家と断定し、対日要求をエスカレートさせることができます。今回の70年談話報告書では、一先ず侵略の開始時期を満州事変の発生時に設定しているようですが、一旦、侵略を認めさせれば、さらに過去に遡り、尖閣諸島の編入や琉球処分をも”侵略”として糾弾することでしょう(実際に、中国は、尖閣諸島は、日清戦争の際に強奪されたと主張している…)。言い換えますと、単なる歴史認識問題に留まらず、”領土問題”にまで発展させる道を開くことができるのです(対日戦争の根拠に…)。加えて、日本国自らの侵略承認は、日本国と東南アジア諸国をはじめ他のアジア諸国との間に楔を打つことにもなります(対中包囲網の分断…)。

 一方、日本国が”侵略”という言葉を使わなければ、日本国は戦前の軍国主義に回帰していると宣伝し、対日軍事行動の正当化の根拠に使おうとすることでしょう。国連憲章には、死文化したとはいえ、文面としては敵国条項が残されておりますので、その効力を主張するかもしれません。また、国内世論を煽ることで、反日暴動や日本製品不買運動を誘導し、さらには、対日開戦の口実とするかもしれません。

 どちらを選択しても、日本国にとりましては不利なのですから、中国は、日本国に対して”王手”をかけたつもりなのです。このままでは、万事休すの状態となるのですが、日本国は、活路を見出すことは出来るのでしょうか。まず、”侵略”を書くか否かの選択については、”書かない”選択の方が、長期的には賢明のように思えます。”侵略認定”は、中国にとりましては、無限の対日要求カードとなるからです。一方、”書かない”場合のリスクについては、抑制やコントロールが可能です。国際社会におけるマイナス影響を回避するために、”侵略”を書かなかった理由を諸外国に説明すれば、中国の宣伝効果を押さえることができます。また、敵国条項は、1995年12月15日の第26回国連総会で採択された国連総会決議50/51において、空文化と将来の憲章改正に際しての削除が決定されています。反日暴動や不買運動も、中国経済が曲がり角に来ている今日では、以前ほど効果はなく、逆に、日本国からの投資撤退を引き起こします。最後の難題は、煽動した反日世論に応える形での対日開戦ですが、70年談話にて、戦後の法の支配の確立に向けた努力の中で、”侵略”に関する国際法の整備が進み(「侵略の定義に関する決議」の国連総会での採択は1974年)、紛争の平和的な解決が求められるに至った今日の国際社会を高く評価すれば、現在の、そして未来の中国の”侵略”行動に釘を刺すことができます。

 戦後70年談話を機に、中国が”中国の夢”という名の華夷秩序の復活を目論んでいるとしますと、この謀略を止めることこそ、日本国が、国際の平和と安全のために果たすべき仕事でもあります。戦後70年談話は、この意味において、終戦の日に誓った平和への道を体現するものであってほしいと思うのです。

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コメント (2)
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