万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国は脱炭素ができるのか?-石油・天然ガスパイプライン網の行方

2021年08月27日 13時15分31秒 | 国際政治

 中国が提唱してきた一帯一路構想は決して机上の空論ではなく、現実の世界にあって着々とその計画が実行に移されてきました。同構想を支える一つの基盤が、中国を中心とする石油や天然ガスのパイプライン建設です。人民元のデジタル化を軸とした’人民元圏’の実現に先立って、中国を中心としたエネルギー供給網の整備が進められたのです。

 

 早くも2009年には、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンを経由して中国に至る天然ガスのパイプラインが開通し、2012年から、ウズベキスタンによる対中供給が既に始まっています。2015年には、イランからパキスタンを経て中国に至るパイプラインの建設計画に関する協定も結ばれています。北方を見ますと、2019年12月には、資源大国であるロシアとの間にも、「シベリアの力」と命名された大規模な天然ガスのパイプラインが開通し、中ロ接近の象徴ともなりました。そして、南方を見ますと、ミャンマーとの間に石油・天然ガスパイプラインが建設されており、中国・ミャンマーを結び付ける絆の役割をも果たしているのです(もっとも、軍政の成立を背景に、5月には同パイプラインへの襲撃事件が起きている…)。ユーラシア大陸を一望しますと、そこには、経済大国と化した中国を中心としたエネルギー供給網が既に出現していることに気付かされるのです。

 

 国際的なエネルギー供給網の構築に加えて、中国国内にあっても、全国を張り巡らすパイプラインの建設が進められており、中国の経済成長をインフラ面で支えています。そして、新華社通信が8月26日付で報じたところによれば、中国石油天然気集団傘下にある中国石油大慶油田は、推定地質埋蔵量12億6800万トンのシェール油田を発見したたそうです。

 

 かくして、全体主義、あるいは、権威主義的傾向に強い諸国を包摂する形で’中華経済圏’が出現しそうな勢いなのですが、その一方で、EU諸国のはじめとする自由主義国では、急激な脱炭素化の動きが起きています。世界有数の石油・天然ガス生産国であるアメリカにあっても、バイデン民主党政権はパリ協定に復帰して脱炭素の方向へとエネルギー政策を転換させましたし、日本国の菅政権もまた、首相就任とほぼ同時に非現実的とも言える脱炭素計画を発表して国民の多くを驚かせました。この流れは政府レベルに限ったことではなく、民間をみましても、とりわけ金融界は脱炭素に積極的であり、一般企業への融資に際してもSGDs推進やESG投資の名の下で脱炭素への取り組みが重要な審査項目とされているのです。言い換えますと、民間企業を含めて経済全体が脱炭素化へと強力に誘導されているのです。

 

 今般、中国もまた、パリ協定の枠組みにあって協力的な姿勢を示し、脱炭素に向けて野心的な目標を掲げていますが、同国は、この’国際公約’を本気で守ろうとするのでしょうか。同国が脱炭素を実現し、一帯一路構想の下で巨額の資金を投じて地球規模で建設してきた広大なパイプライン網を砂漠の砂やシベリアの凍土に埋もれるままにさせるとは思えません。情報隠蔽やデータ改竄を得意とする国ですので、表向きの数字では目標値の達成をアピールしながら、その裏では、パイプライン網を活用しつつ’炭素依存’が続いてゆくものと推測されるのです(もっとも、将来的な枯渇は予測されますが…)。

 

それでは、中国が国境を越えた広大な石油・天然ガスパイプライン網を構築することで’世界の工場’の座を維持する一方で、自由主義国では、石油も天然ガスも、そして、石炭も不要とする経済を構築するという方向に向けて邁進したとしますと、国際社会はどのような状況に至るのでしょうか。後者の諸国では、原子力に対しても逆風が吹いていますので、目標を達成しようとすれば否が応でも代替エネルギー源として再生エネの割合を高めざるを得なくなります。そして、再生エネ拡大に必要となる太陽光パネルや風力発電施設の大生産地こそ中国に他なりません(対中依存度の上昇…)。また、自由主義国が脱炭素を進めれば進める程、石油や天然ガス等の価格、並びに、採掘権の入札価格等は下落しますので、中国は、ライバルの’自発的退場’により安価、かつ、安定的に鉱物エネルギー資源を独占的に確保することもできます。この状況は、考えただけでも’馬鹿馬鹿しい’と言わざるを得ないのではないでしょうか。

 

このように考えますと、脱炭素化とは、中国、否、その背後に控える超国家権力体に地球上の全化石燃料資源を差し出すに好都合なツールにも見えてきます(石油は今なお軍事的にも重要な戦略物資…)。脱炭素という言葉は耳に心地よいのですが、その行く先を予測しますと、暴力国家の増長と自由主義諸国の弱体化と従属化、並びに、同国を中心とした広域経済圏の出現という忌々しき未来が待ち構えているように思えるのです。


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