万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

台湾問題の元凶は「カイロ宣言」?

2022年12月21日 12時33分28秒 | 国際政治
台湾問題を複雑にした原因の一つに、第二次世界大戦最中の1943年11月27日に、中華民国の蒋介石総統がアメリカのルーズベルト大統領、並びに、イギリスのチャーチル首相と合意した「カイロ宣言」があります。同宣言では、「・・・並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。」となるからです。カイロ宣言については、対日降伏勧告とも言えるポツダム宣言にあって、「カイロ宣言の条項は履行されるべく・・・」とありますので、中国並びに台湾の一部は、それぞれ立論の仕方に違いこそあれ、これらの宣言を根拠として、「一つの中国」を主張しているのです。

仮に、「カイロ宣言」がなければ、台湾は、国共内戦に敗れた蒋介石総統が、連合国の占領地に中華民国の亡命政府を移し、対日講和条約の発効と共に、国際法上の主権国家の要件を満たす国家、あるいは、無主地先占の法理に基づいて独立国家の地位を得たものとしてすんなりとその法的地位が認められたかもしれません。

 実際に、台湾移転後の1952年4月に日本国と中華民国との間に成立した講和条約を見ますと、戦後当初は、上記の路線がソ連を除く連合国側の大凡の合意であったことが分かります。「日華平和条約」の第2条には、「サンフランシスコ講和条約」と同様に放棄先は明記されていないものの、サ講和条約の第2条に基づき、日本国が台湾、澎湖諸島、並びに、新南群島及び西沙諸島の放棄を承認する旨の条文があるからです。同条約は、戦争当時国間の間で締結された最終的な講和条約となりますので法的効果が強く、日本国は、事実上、少なくとも台湾並びに澎湖諸島等を領域とする中華民国の存在を認める、即ち、正式に国家承認したとも解されましょう(もっとも、両国政府とも、将来的な本土奪還の可能性は意識している・・・)。なお、同条約の成立過程においては、日本国において占領行政の主導権を握っていたアメリカの意向が強く働いたものと推測されます(台湾及び澎湖諸島の住民・旧住民とその子孫ならびに法人が中華民国に帰属するとした 第10条は、アメリカの提案とされているが、その意図は、中華民国が本土奪還に失敗した場合、条約違反の批判を恐れたからではなく、本土時代の中華民国には、台湾が含まれていなかったからでは・・・)。

 ところが、「日華平和条約」は、日本国と中華人民共和国との間に「日中共同声明」が成立した1972年9月に失効したとされています(もっとも、同条約の失効は、当時の大平正芳外相が述べた政府見解であり、その効力や内容については議論の余地がある・・・)。講和条約の失効によって、必ずしも台湾の独立国家としての法的地位が失われるわけではないのですが、同条約の失効が、台湾の法的地位を不安定化した点は否めないのです。

 当時の国際情勢を見ても、ニクソン・キッシンジャー外交が進めた米中関係改善の流れの中で、台湾は、帰属未確定地にされてしまった観があります(1971年のアルバニア決議も考慮すると、その背後には、世界権力の意向が働いていたのかもしれない・・・)。そうであるからこそ、今日、中国による武力併合の危機を前にして、改めて台湾の法的地位を確定しておく必要性が高まっているとも言えましょう。そして、「カイロ宣言」があるばかりに、中国共産党も台湾の領有を主張するようになったのですから、今日の台湾問題の元凶は、同宣言にあるといっても過言ではありません。それでは、「カイロ宣言」は、中華人民共和国による「一つの中国」の根拠となり得るのでしょうか。「カイロ宣言」には、以下のような問題点があるように思えます。

第1に、そもそも、国際法にあっては、戦時中において発せられた‘宣言’の効力は、戦争当事国相互の最終合意となる講和条約が発効した時点で消滅します。宣言内容の失効は、「カイロ宣言」の履行を受託した「ポツダム宣言」も同様です。

加えて第2に、国際法においては、当事国、即ち、日本国の合意なき第三国間の条約や協定等は無効です。「カイロ宣言」は、あくまでも連合国三国の間での内輪の合意に過ぎず、日本国に対しては法的拘束力が及ばないのです。

第3に、「カイロ宣言」では、回復(restore)すべき国として中華民国(the Republic of China)を指定しています。しかしながら、歴史を振り返りますと、1895年以降、台湾並びに澎湖諸島は清国から割譲されて日本領となりましたので、1911年に辛亥革命によって成立した中華民国が台湾を領有していた事実はありません。仮に、中華民国が台湾の地を得るとすれば、‘回復’ではなく新たな領土獲得となるのです。即ち、宣言文の文章自体に歴史に関する意図的な?事実誤認があります。

第4に、同宣言の表現によれば、台湾は、日本国が‘中国人’から‘盗取(竊取)’した地の一つとされています。‘中国人’の部分は、邦訳では一般的に清国人と表記されますが、中国文では‘中國人’、英文でもthe Chineseとされ、清国人と中国人を区別していません(この問題は、満州帰属問題にも波及・・・)。中国人に清国の支配民族であった満州人(女真族)を含めるか、否かも議論すべき問題ですが、少なくとも、台湾は、日清戦争の講和条約によって日本国に割譲された地ですので、‘盗取’という表現は、事実とは一致していません。日清戦争当時、戦争は国際法において合法的な行為であり、一体、何を基準として‘盗取’と見なすのか、全くもって不明です。清国も台湾を制圧して直轄地としていますし、中華人民共和国によるチベットやウイグルの併合の方が、よほど‘盗取’という言葉に相応しいと言えましょう。

「カイロ宣言」の効力に関する以上に述べてきた否定的な見解は試論に過ぎませんし、当然に反論や批判もあるかもしれません。また、台湾の法的地位をめぐる論点は「カイロ宣言」の効力に限られるわけでもなく、他の論点も含めて十分に議論されているとは言い難い状況にあります。とは申しましても、紛争の平和的解決が国際社会における国家の義務である以上、中国があくまでも台湾併合を主張するならば、国際司法機関の法廷にあって歴史的並びに法的根拠を示す必要がありましょう。中国が台湾を法的根拠もなく武力で併合すれば、これこそ、まさしく‘盗取’となるのではないかと思うのです。

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