もう10年以上前だろうか。
冬だった。
おそらく忘年会とか、そういう時期だったのだと思う。
わたしは、その頃とても重宝していた膝下までの丈の、茶色のダウンコートを着ていた。
渋谷、終電もそう遠くない時間だったと思う。
ハチ公前の喧噪から地下に入る階段の下に
人が倒れていた。
多分30代とか40代の、割と若い感じの男性だったと思う。
どこかから少し血を流していたのかもしれない。
そばには、駅員のような男性がいて
救急車の到着を待っていたようだった。
階段から足を滑らせて
打ち所が悪くて起きられないように見えた。
わたしはそのひとのそばを通ったときに
思わずしゃがんで様子を見たのだと思う。
そしてコートを脱いでその人に掛けた。
床はコンクリートに化粧タイルを貼ったような、都会によくあるもので、
そこに寝ているのはものすごく身体が冷えるだろうと思ったからだ。
そこに何の逡巡もなかった。
そして、そこに座ってその人の手を握った。
その人の手は冷えていたと思う。
私の手はかなり暖かい。
温めようとしたのだろう。
ここまで読んでお気づきの方もあるかもしれないが
私はただの酔っぱらいだったのである。
なので(?)何か考えることもなく
そういう行動をとっていたのだった。
もしかしたら「大丈夫ですよ」とか「もうすぐ救急車が来るみたいですよ」とか、
何か囁いていたような気がする。
その人も酔っぱらいだったのかは分からないが、
ずっと目をつぶっていた。
そして救急隊が来て
あ、もういいかなと手を放そうとしたときだったか。
一瞬、わずかに手を握り返してくれたような気がしたのだった。
コートを剥ぐときにちょっと申し訳ない気持ちになったけれど
そのコートを着て、階段を下りて地下に行き、電車に乗った。
雨に濡れた夜の道で滑りそうになった時
そのことをふと思い出したのだった。
いいことをしたとか、そんなつもりはもちろん毛頭ない。
迷惑だったかもしれない。
どちらでもいい。
でも何でああいう行動に出たのだろうと思い返したら
わたしは自分が倒れていたら同じことをしてほしいとあのとき思ったのだと思う。
死の床でも同じかもしれない。きっと。
ダンスセラピーのセッションでも
誰かの身体に触れたり、手を合わせたりすることがあるけれど。
何だかこういうことを思い出したので
また違った形でやってみることになると思う。