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絲山秋子さんという作家さんがおられるそうです。『ベル・エポック』(2004)という小説でこんなことを書いておられました。あれ、「ベル・エポック」はフランス語ですね。「良き時代」という意味らしいですよ。イタリア語では何て言うんだろう。
みちかちゃんの実家は三重県の桑名市とは聞いていたけれど、あまり詳しいことは知らなかった。方言も全然出なかった。
「三重ってどんなとこなの。」
「三重ってとこはないのよ。」
みちかちゃんは壁からカレンダーを外してゴミ袋に捨てた。
「私は桑名だから一番名古屋に近いけど、津も、上野も、伊勢も、尾鷲も、熊野もみんな違うの。京都と大阪みたいに違うの。」
「へえ。」
「街が全部違うなんてイタリアみたいでしょ。」
「三重ってどんなとこなの。」
「三重ってとこはないのよ。」
みちかちゃんは壁からカレンダーを外してゴミ袋に捨てた。
「私は桑名だから一番名古屋に近いけど、津も、上野も、伊勢も、尾鷲も、熊野もみんな違うの。京都と大阪みたいに違うの。」
「へえ。」
「街が全部違うなんてイタリアみたいでしょ。」
みちかちゃんは、結婚直前で相手の男性が亡くなってしまいました。そして、友だちの私は、みちかちゃんが引っ越すというので、お手伝いに来ています。みちかちゃんは、三重県から関東の方に出てきたらしいのです。そして、三重県に帰るという感じでした。
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みちかちゃんは笑った。イタリア? ……ミラノ、ナポリ、ベネチア、ジェノバ……本当だ、全部違う個性の街だ。
「じゃあ方言もいろいろあるの?」
「三重県全体で、大きく分けて五つ、細かく分けると三十いくつ方言があるらしいよ。ラジオで言ってた。」
「桑名は名古屋弁ぽいの?」
「ぜーんぜん。木曽川越えたら近畿地方だもん。近鉄の車掌だって関西弁しゃべるし。大阪からは全然相手にされてないんだけど、三重の人間はみんな自分が関西人て思ってる。」
大まじめでみちかちゃんは言ったが私は笑ってしまう。
確かに、三重県の人はよその人と話す時、バサリと地元の言葉を捨てます。まるで関東の人みたいにしゃべっている(つもりになっている)。
関東の人から見たら、変なナマリ、変なシャベリと聞こえるかもしれないけど、関西人みたいにコテコテにはなれません。そこが関西にもなりきらず、東海でも少し後回しにされ、いったい三重県はどこに所属すればいいの? といつも不安になってます。でも、どこに所属しなくてもいいから、ドラゴンズが好きであろうが、タイガースが好きであろうが、ジャイアンツだろうが、野球なんて興味ない人も、みんなそれぞれでいいんですよ。
私は、もと関西人のつもりですけど、純粋ではありませんでした。もう、どこだっていいや。とにかく、今住んでいるところを大事にすればいいのであって、区分けなんてどうでもいいことです。そんなことにこだわらなくてもいいと思う。
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「桑名弁しゃべってみてよ。」
みちかちゃんは「うーん。」とうなってから、
「そんなことできやんやんかあ。」と言って、はにかんだ。
それでも、うまく三重のことはイメージできない。昔、家族旅行で伊勢に行ったはずだけど、神社の中に川が流れていたことと、水族館しか覚えていない。
「名古屋までだったらすぐって感じだけど、三重っていうと遠い感じするなあ。」
「東京の人からしたらそうだよね。でも、遊びに来てね。あのね。」
みちかちゃんは「うーん。」とうなってから、
「そんなことできやんやんかあ。」と言って、はにかんだ。
それでも、うまく三重のことはイメージできない。昔、家族旅行で伊勢に行ったはずだけど、神社の中に川が流れていたことと、水族館しか覚えていない。
「名古屋までだったらすぐって感じだけど、三重っていうと遠い感じするなあ。」
「東京の人からしたらそうだよね。でも、遊びに来てね。あのね。」
北勢、中勢、松阪、南勢、伊賀地方、東紀州、これで5つなんだろうか。いや、確かに、もっと細分化できそうな気がします。尾鷲の人は、もうすぐに尾鷲の人だとわかるくらいに尾鷲弁があります。そこから昔はクルマで一時間の熊野市、ここも独特のしゃべりがありました。もっとたくさん、いろんなしゃべり方がある気がします。
松阪は何だかプライドが高いのやら、卑屈なのやら、せこいのやら、よくわからない町ですけど、私はここに二十数年住んでいますね。
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あのね、と言うとき、みちかちゃんは小さな声になった。
「なによ。」
「秘密の場所教えてあげるから。」
校庭の隅っこにいる小学生みたいに二人でくすくす笑った。
「なによ、秘密って。」
「何があるってわけじゃないのよ。私ね、お水を一杯飲むためだけにそこに行くの。」
「湧き水とか?」
「そう。誰も知らないとこだよ。三重と滋賀の県境を越えたとこなの。すごい峠なんだ。」
みちかちゃんは少し目をつぶって、その場所を思いだしているようだった。
「水って、どんなとこに湧いてるの?」
「崖から水が滴ってるの。アルミのカップが鎖でつるしてあるからそれにお水をためて、ゆっくり飲むの。」
「お腹壊さない?」
「すっごい、おいしいんだよ。」
「そこだけなの? 水が湧いてるの。」
「多分、他にもそういう場所あるんだろうけど、私はそこしか知らないの。」
「秘密の場所かあ、いいなあ。」
そうは言ったけれど、そんな湧き水が飲めるような田舎に暮らすみちかちゃんの姿を思い浮かべることはできなかった。
「なによ。」
「秘密の場所教えてあげるから。」
校庭の隅っこにいる小学生みたいに二人でくすくす笑った。
「なによ、秘密って。」
「何があるってわけじゃないのよ。私ね、お水を一杯飲むためだけにそこに行くの。」
「湧き水とか?」
「そう。誰も知らないとこだよ。三重と滋賀の県境を越えたとこなの。すごい峠なんだ。」
みちかちゃんは少し目をつぶって、その場所を思いだしているようだった。
「水って、どんなとこに湧いてるの?」
「崖から水が滴ってるの。アルミのカップが鎖でつるしてあるからそれにお水をためて、ゆっくり飲むの。」
「お腹壊さない?」
「すっごい、おいしいんだよ。」
「そこだけなの? 水が湧いてるの。」
「多分、他にもそういう場所あるんだろうけど、私はそこしか知らないの。」
「秘密の場所かあ、いいなあ。」
そうは言ったけれど、そんな湧き水が飲めるような田舎に暮らすみちかちゃんの姿を思い浮かべることはできなかった。
まあ、日本各地でおいしい水の飲めるところがあります。もちろん、三重県にもあります。けれども、あまり取り上げられることはありません。他のところのにぎやかさに比べたら、三重県のおいしい水は、あまりスポットライトは当たっていません。
何しろ、山は低いし、雨は降るけど、すぐに海に流れてしまうし、そんなあっさりしたところも三重県らしいんです。三十年山でろ過して、そして、やっと地表に現れるなんて、そういうもったいぶった水はないのかもしれないな。
でも、サラッとして、こだわりのないところ、それは魅力の一つだと私は思います。それは、何となく伊勢神宮に関係する気がします。つべこべ言わなくて、怒る時は怒るし、泣く時は泣く、笑う時は笑う。割とシンプルな人と土地という気がするんだけどなあ。
三重県のイタリアっぽさ、もう少し探してみたいです。それで、発信できたらいいですね。