大阪往復の電車で、ほんの少しだけ干刈あがたさんの「十一歳の自転車」という短編集を読みました。ほとんどは寝てたり、目が疲れてたりしたから、あまり進まなかったんですけど、二番目の話が「秋のサングラス」でした。
主人公の拓也は「肩幅が広くて、脚が長くて、皮膚は褐色で、眉が太い。いつもジーパンにスニーカーである。一年浪人して今年の春、大学に入学した一年生」なんだそうです。
彼は、地味な感じの子に興味があるらしく、そういう子を誘ってデートを申し込んだそうです。最初のデートの時に、
「去年大学を受験するために一緒に東京に出てきた友だちがいるんです。大学に落ちて僕は家に帰りましたが、そいつは東京に残って、アルバイトしながら浪人していたんです。それが去年の秋、行方不明になったんですよね。どうもある宗教団体に入ったらしいから、上京したらそこに行って会って話してみてくれと、彼のお袋さんに頼まれたんです。
それで僕は大学の入学手続きなどを済ませてから、行ってみたんです。外見は普通の民家のような家の主が宗教的な研究会を主宰していて、僕たちと同じ年頃の男女が数人、下宿しているようなところなんです。応接間で待たされている間に、その宗教のPR用のビデオを見せられました。なんだか僕まで洗脳されそうでした。彼は家に帰らないと言うんですよね。彼の家は、事情が複雑なんです……」
という話をしたそうです。そんな友だちの話ばかりしていたためか、女の子からは三度目のデートは断られたそうでした。
次に、バイト先のビアホールのレジ係の女の人にデートを申し込みました。
彼女は、年上なのかもしれなくて、「色が白くて、体がほっそりしている。髪もきれいな形に肩に流れている。ピンクのマニキュアをしている。脚もきれい」な女の人でした。せっかくのデートなのに、拓也君は友だちの話をします。
「いなかにいる友だちで、とてもやさしい男がいるんです。やさしすぎて、人の中に出られないんです。それなのに、僕が東京に出てくる時、二人だけの送別会をしようと言って珍しく飲みに行ったんです。小さい飲み屋で飲んでいるうちに、店の中にいた男の人と女の人が、口喧嘩を始めたんです。そうしたらその友だちは眼に涙をためて、出よう、と言うんです。僕は彼と店を出て、道端にしゃがんで缶ビールを飲みました。」
これがとっておきの話だったなんて! なんだかとても残念な気がするなあ。他人のことなんかより、どうしてもっと彼女のことを聞いてあげなかったんだろう。悲しくなってしまいますね。
拓也君は19歳、彼女は23でした。会社で32歳の妻子のある男性と付き合うようになって、会社を辞めることになり、仕方なくビアホールでバイトをしていました。そういう話をちゃんと聞かせてもらったようでした。
そういう彼女を受け止めるには、拓也君には経験が足りなかっただろうし、もうそれだけでお先真っ暗という感じです。それから何回か一緒に映画を見たりして、最後のデートは晴海ふ頭に海を見に行ったそうです。
彼女から質問をされます。
「あなたは、なぜ私と会うの?」
拓也は答えられなかった。
「あなたは、私に何をしてほしいの?」
「べつに……高野さんがしたいと思うことをしてくれればいいです」
自分が思っていることを、うまく言えないことが歯がゆい。でも、どう言えばいいのかよくわからなかった。
「あなたは、本当に、いい人ね」
つぎの週、拓也が電話をすると、彼女はこう言った。
「ごめんなさい。忙しくて会えないわ」
ああ、私は少しだけわかる気がします。でも、よくもまあ、あがたさん書いてしまいましたね。短編小説としてはなかなかいいんじゃないかなと思いました。オチはありません。拓也君のデートの次はなかったというだけです。
オッチャンの私は、何となくわかります。拓也君は、もっとこの女の人を好きじゃなきゃいけなかったと思います。あまりに淡白すぎて、彼女ももの足りなかったのではないかという気がします。
中途半端な気持ちで女の人を誘ってはいけない! 誘ったら、とことん行かなくちゃ! と思うけど、私には関係のない話だな。何かさびしいなあ。