↑ 市場庄 入り口守れるカタバミや
江戸時代の旅に興味がありました。本居宣長さんも、ほんの少ししか読んだことがありませんが、宣長さんの旅行記はステキです。古文なのに、感動してしまいます。そんなわけで、昔の町並みを見るのが少し好きになりました。折角三重県に住んでいるのだから、自分の目で確かめて、今見ることのできる昔の旅のあとを見てみようと思います。
だったら、熊野古道もトコトコ歩かなければいけないのですが、残念ながら、一度も歩いたことがありません。何しろ体力がいるし、ほんの少し坂道を歩いただけでヒーヒー言う私なので、これからよっぽどのことがないかぎり、熊野古道にチャレンジすることはないような気がします。
というわけで、平地しか歩けません。尊敬する宣長さんは、歩いて青山峠や、吉野の山々を越えていったというのに、私はクルマで走るか、電車で眺めるだけで、なかなか自力で歩けないのです。
でも、参宮街道から初瀬街道の分かれ道が松阪にあるので、そこを昔宣長さんは通っているので、そこはチェックしておこうと、今日、市場庄の探索に出かけました。
近くの大型店にクルマを止めて、奥さんはそこでお買い物をすることにして(とても紫外線が強いし、今日は暑かったのです)、幹線道路をはずれて、参宮街道の町並みへと歩いていきました。
その前に、いつもクルマで通る時に気になっていた森があったので、たぶん神社かお寺のはずだけれど、どこにそんな森が見えるのだろうと、新興住宅地のスキマから見える森をめざしました。
途中迷ったりしながら、やっと森のはじっこに到達し、そこに米ノ庄神社という石碑を見つけることができました。やはり神社でした。本殿は見えなくて、森がずっと奥まで続いています。とりあえずその参道をずっと歩いてみました。正徳元年の鳥居、大正の鳥居、平成の鳥居と、いくつかの鳥居をくぐってやっと本殿の前にたどりつきましたが、その本殿は格子戸の四角いスキマからのぞけるものの、狛犬さんも、本殿さんも少し遠くから遙拝する感じで、とにかく折角来たのでお参りして、
それから市場庄の町へと向かっていきました。
そこで何枚か写真を撮り、静かで人通りのあまりない、宿場町を歩きました。どうして自分は、こんなところにいるのかとか、そういう疑問なんか抜きで、とにかくアドレナリン全開で歩きました。宿場町なので、道沿いに家がびっしりで、本当であれば、その家々が旅人に開かれていたら、どれだけ楽しい散歩ができるかわからないのですが、残念ながら開かれてなくて、ただ通り過ぎただけでした。
歩いた時間は1時間たらずではあったので、すぐに奥さんに連絡して、待ち合わせて、買い物もいくつか一緒にして、帰ってきました。
実は、今日は唯一のお休みの日だったので、午前中はメダカたちが入っているスイレン鉢のそうじなどをしました。メダカたちが何だか苦しくて上でプカプカしている様子だったのです。よほど水が汚くなっているのだろうと、今日最大のお仕事としての水替えでした。鉢をきれいにし、スイレンの入っている鉢のまわりもきれいにしようとしました。ところが、スイレン鉢の中に沈めてあったスイレンの入った鉢のまわりに何やらタマゴ状のものがついていて、ひょっとしてこれはメダカのタマゴかもしれないから、これらは落とさずにそのままもう一度水の中に沈めようとしました。新しい水の中にスイレンの入った鉢を沈めました。
しばらくすると、生き物はカワニナが少しだけ入っているだけの水面に何かいます。ボウフラのようなものはいないはずでした。すべてあたらしい水に換えたので、いたとしてもそこらの地面にいるはずなのです。けれども、何やら精子のような頭でっかちの体にしっぽ状のものがいます。しかもものすごく小さいのです。2ミリあるかどうか、細さはものすごく細く、生命体と判別するのがやっとの小ささでした。そして、それはすぐメダカの赤ちゃんであるということに気づきました。泳ぎがボウフラではありませんでした。
しかし不思議でした。すべての水を流し、スイレンの入った鉢もある程度洗い、何もかもいないはずの鉢にいるメダカの赤ちゃんたち、鉢を水に戻してすぐに孵化したというのでしょうか。確かにそれくらいあたたかであったといえば、そうですが、あまりにすぐだったのです。もう水にもどったらすぐに孵化した感じです。
でもまあ、そういうこともあるかもしれないと思い直して、本当は大人のメダカたちを戻してやる予定だったのですが、大人たちはしばらく違うところに住んでもらうことにしたわけです。もっともっとたくさん赤ちゃんたちが生まれるとうれしいのだけれど、そんなに簡単に増やすことはできないですよね。でも、これから見守っていきたいです。
去年の秋の赤ちゃんたちは、寒かったせいか1匹しか生き残っていません。できればたくさんいてくれたらねぇ。
★ 2014年の冬を耐え抜いた赤ちゃんは2匹だけでした。すべて私の責任で、いい加減に育てているから、助かる命も助からなかったような気がします。本当に申し訳ないです。
というわけで、夕方にメダカを買いに行きました。ボウフラは発生するし、なんとかにぎやかなメダカ鉢にしたかったのです。けれども、お店の店員さんが全く相手にしてくれなくて、5万円の柴犬を見て、この女の子をウチに連れて来ると、楽しいワンコ生活ができるし、5万円なら買えそうだなと思いました。でも、私は今日はメダカでした。
だから、結局何も買わないで、なんだかしょんぼりして帰ってきました。欲しいなら買う。買いに行ったのなら買う、ですけど、まあいいや、今度にしようというのが私のダメなところです。なかなか前進しないです。ダメですね。
江戸時代の旅に興味がありました。本居宣長さんも、ほんの少ししか読んだことがありませんが、宣長さんの旅行記はステキです。古文なのに、感動してしまいます。そんなわけで、昔の町並みを見るのが少し好きになりました。折角三重県に住んでいるのだから、自分の目で確かめて、今見ることのできる昔の旅のあとを見てみようと思います。
だったら、熊野古道もトコトコ歩かなければいけないのですが、残念ながら、一度も歩いたことがありません。何しろ体力がいるし、ほんの少し坂道を歩いただけでヒーヒー言う私なので、これからよっぽどのことがないかぎり、熊野古道にチャレンジすることはないような気がします。
というわけで、平地しか歩けません。尊敬する宣長さんは、歩いて青山峠や、吉野の山々を越えていったというのに、私はクルマで走るか、電車で眺めるだけで、なかなか自力で歩けないのです。
でも、参宮街道から初瀬街道の分かれ道が松阪にあるので、そこを昔宣長さんは通っているので、そこはチェックしておこうと、今日、市場庄の探索に出かけました。
近くの大型店にクルマを止めて、奥さんはそこでお買い物をすることにして(とても紫外線が強いし、今日は暑かったのです)、幹線道路をはずれて、参宮街道の町並みへと歩いていきました。
その前に、いつもクルマで通る時に気になっていた森があったので、たぶん神社かお寺のはずだけれど、どこにそんな森が見えるのだろうと、新興住宅地のスキマから見える森をめざしました。
途中迷ったりしながら、やっと森のはじっこに到達し、そこに米ノ庄神社という石碑を見つけることができました。やはり神社でした。本殿は見えなくて、森がずっと奥まで続いています。とりあえずその参道をずっと歩いてみました。正徳元年の鳥居、大正の鳥居、平成の鳥居と、いくつかの鳥居をくぐってやっと本殿の前にたどりつきましたが、その本殿は格子戸の四角いスキマからのぞけるものの、狛犬さんも、本殿さんも少し遠くから遙拝する感じで、とにかく折角来たのでお参りして、
それから市場庄の町へと向かっていきました。
そこで何枚か写真を撮り、静かで人通りのあまりない、宿場町を歩きました。どうして自分は、こんなところにいるのかとか、そういう疑問なんか抜きで、とにかくアドレナリン全開で歩きました。宿場町なので、道沿いに家がびっしりで、本当であれば、その家々が旅人に開かれていたら、どれだけ楽しい散歩ができるかわからないのですが、残念ながら開かれてなくて、ただ通り過ぎただけでした。
歩いた時間は1時間たらずではあったので、すぐに奥さんに連絡して、待ち合わせて、買い物もいくつか一緒にして、帰ってきました。
実は、今日は唯一のお休みの日だったので、午前中はメダカたちが入っているスイレン鉢のそうじなどをしました。メダカたちが何だか苦しくて上でプカプカしている様子だったのです。よほど水が汚くなっているのだろうと、今日最大のお仕事としての水替えでした。鉢をきれいにし、スイレンの入っている鉢のまわりもきれいにしようとしました。ところが、スイレン鉢の中に沈めてあったスイレンの入った鉢のまわりに何やらタマゴ状のものがついていて、ひょっとしてこれはメダカのタマゴかもしれないから、これらは落とさずにそのままもう一度水の中に沈めようとしました。新しい水の中にスイレンの入った鉢を沈めました。
しばらくすると、生き物はカワニナが少しだけ入っているだけの水面に何かいます。ボウフラのようなものはいないはずでした。すべてあたらしい水に換えたので、いたとしてもそこらの地面にいるはずなのです。けれども、何やら精子のような頭でっかちの体にしっぽ状のものがいます。しかもものすごく小さいのです。2ミリあるかどうか、細さはものすごく細く、生命体と判別するのがやっとの小ささでした。そして、それはすぐメダカの赤ちゃんであるということに気づきました。泳ぎがボウフラではありませんでした。
しかし不思議でした。すべての水を流し、スイレンの入った鉢もある程度洗い、何もかもいないはずの鉢にいるメダカの赤ちゃんたち、鉢を水に戻してすぐに孵化したというのでしょうか。確かにそれくらいあたたかであったといえば、そうですが、あまりにすぐだったのです。もう水にもどったらすぐに孵化した感じです。
でもまあ、そういうこともあるかもしれないと思い直して、本当は大人のメダカたちを戻してやる予定だったのですが、大人たちはしばらく違うところに住んでもらうことにしたわけです。もっともっとたくさん赤ちゃんたちが生まれるとうれしいのだけれど、そんなに簡単に増やすことはできないですよね。でも、これから見守っていきたいです。
去年の秋の赤ちゃんたちは、寒かったせいか1匹しか生き残っていません。できればたくさんいてくれたらねぇ。
★ 2014年の冬を耐え抜いた赤ちゃんは2匹だけでした。すべて私の責任で、いい加減に育てているから、助かる命も助からなかったような気がします。本当に申し訳ないです。
というわけで、夕方にメダカを買いに行きました。ボウフラは発生するし、なんとかにぎやかなメダカ鉢にしたかったのです。けれども、お店の店員さんが全く相手にしてくれなくて、5万円の柴犬を見て、この女の子をウチに連れて来ると、楽しいワンコ生活ができるし、5万円なら買えそうだなと思いました。でも、私は今日はメダカでした。
だから、結局何も買わないで、なんだかしょんぼりして帰ってきました。欲しいなら買う。買いに行ったのなら買う、ですけど、まあいいや、今度にしようというのが私のダメなところです。なかなか前進しないです。ダメですね。