リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2011年4月~その2

2011年04月30日 | 昔語り(2006~2013)
切手になったラスベガスの自由の女神

4月15日。金曜日。寝つきが良くなくて、最後に片目を開けて時計を見たのが午前7時ちょっと過ぎ。やっとぐっすり眠ったと思ったらすご~くヘンな夢を見ていた。きのうドン!と降って来た超特急の仕事を超特急でやっつけてベッドに飛び込んだせいかなあ。といっても、認知症の研究だったから、あまり夢とは関係がなさそうだけど。後でDream Dictionaryでちょっと調べてみてみたら、どうやら自愛とか自己受容とかいう意味合いがあるらしい。なるほど、しばらくゆらゆらしていたもんね、ワタシ。元の能天気な自分に戻れたと言うことかな。でも、極楽トンボが墜落しないように羽をばたつかせなければらないのは、極楽にも地獄の風が吹いて来ることあるってことか・・・。

いつものように新聞サイトを見ていたら、あっと驚く?珍ニュース。アメリカ郵便公社(USPS)が去年12月に発行した44セントの普通切手の図柄になった「自由の女神」の写真がニューヨークの港に立っているものではなくて、実はラスベガスのホテル「ニューヨーク・ニューヨーク」の外に立っている1/2サイズの「模造品」のものだったという話。切手収集家が気づいたそうだけど、すごい観察眼だな。もっとも、切手を見たら、銅像の顔の青緑色の色調が均一にきれい過ぎて何となくうそっぽい感じはする。MSNBCの記事なんか、「若いラスベガスのモデルはフレッシュな顔だが、124歳のニューヨーカーは老けていて、鼻や頬にしみが見える」と。2度読み直して、うわ、巧妙なtongue in cheek(皮肉たっぷり)の表現だ、これ。

ニューヨークのご本家はスターテンアイランドへ行くフェリーから見ただけだけど、ラスベガスの自由の女神はホテルの敷地の角にあるから、すぐ足下から見上げられる。初めてラスベガスに行ったときの印象が「大人のテーマパーク」だったので、自由の女神も何となく軽く見えた。後で東京湾のどこかにあるらしい自由の女神を見たときにはさらに軽くなって見えたな。(ダイエットしたのかもしれないけど・・・。)それはともかく、期せずしてファイバーグラスのコピーが普通切手に「採用」された当のホテルは「ラスベガスのカジノリゾートして初めて郵便切手になったことはとても名誉なことです」と大喜び。一方、指摘された間違いをあっさり認めたUSPSは(画像を提供したGetty Images社のせいにしながらも)「1847年から切手を発行して来て、間違いはごくごくわずかですよ」とけっこう涼しい顔。この「ラスベガス版自由の女神」の切手、もう30億枚も印刷してしまったので回収はせずにそのまま流通させるとか。郵便事業の財政が厳しいからなのかどうかは知らないけど、ま、おおらかでいいよね。ふむ、来月シアトルに行ったら記念?に何枚か買って来ようかなあ・・・。

さて、明日は2丁先のメインストリートの「Punjab Market」と呼ばれるインド系商店街でシーク教徒の始祖の生誕祭を祝うパレードがあって、例年、我が家のあたりは駐車する場所を探す車が行き交い、「ハッピー何とか」というバナーを引っ張った飛行機が午後いっぱい我が家の上空をぐるぐる低空飛行する。最近は、インド系人口が郊外のサレーに集中したあおりで商店街が寂れつつあるせいか、ひと頃のように飛行機が4機もぶんぶん飛び回るようなことはなくなったけど、イライラさせられることには変わりはないから、トラックのバッテリの充電がてら郊外のメープルリッジまで脱出することにした。園芸センターをのぞいて、ママのご機嫌伺いをして、マリルーとロバートの家で食事をして、帰りは午前様だろうから仕事は休み。たまには遠出して、違った風景を見て、もやもやをふっ飛ばさないとね。

食べまくり、しゃべりまくりで息抜きとガス抜き

4月17日。日曜日。天気はいいのにまだちょっと低温。ゆうべ(というよりけさ)の帰宅は午前2時半。週末でもさすがにこの時間になると交通量が少ないから、ハイウェイを110キロでぶっ飛ばして、何と40分で家に着いた。普通に行くと1時間半はかかるのに。

きのうは朝食後にすぐ家を出て、まずはマリルー推薦の園芸センターへ。いやあ、でっかい。フレーザーバレーの農場地帯を行くとオランダ語名前の看板や郵便受の表札が目に付く。このあたりが開拓された頃にオランダ系の人たちがまとまって入植して来たんだろうと思うけど、この園芸センターも「Amsterdam」という名前。何棟もくっついた巨大な温室が「売り場」。花壇を作るシーズンだから、パンジーやペチュニア、マリゴールドといった花の苗がずら~っと並んでいる。頭の上では日が差したり、陰ったりするたびに、屋根がギイギイと音を立てながら開いたり、閉まったり。でも、連休前の週末だし、このところ平年より低温だったせいもあってか、あまり人が入っていなかった。カレシが「ボクが植えるから好きなのを選びなよ」というので、ミックスカラーのマリゴールド、金柑とかパパイヤとか果物の名前がついたネメシア、それとヘリオトロープを、カレシに言われた通り「つぼみができかかっているもの」を選んだ。たしかについきれいに花が咲いているものを選びがちだけど、それでは庭に植える頃には花が終わっているよね。花の苗は「青田買い」に限るということかなあ。

次はママのところ。この前会いに来たときと比べると格段にかくしゃく度が上がっている。室内では歩行補助器は不要だし、ほんのちょっと耳が遠いけど、記憶もずっとシャープ。なんとなくボケたように感じられたのは、やっぱり怪我と入院で一種の薬漬け状態になっていたせいなんだろうな。来月には94歳。この分だと100歳の誕生日パーティの計画を始めて大丈夫みたい。カレシが「エリザベス女王からバースデイメッセージがもらえるね」と言ったら、「その頃にはチャックの代になっているんじゃないのかしらね。あの子は失敗作だったわねえ。お祝いなんか欲しくないわよ」とママ。チャックと言うのはもちろんチャールズ皇太子。ふむ、ママの見立ては厳しいなあ。(ウィリアム王子については、「とってもいい子ねえ。ダイアナはいいお母さんだったのねえ」という評価。)ま、エリザベス女王はいたって健康そうだから、母后のように100歳になってもまだ現役で女王をやっているんじゃないかと思うけどな。ママが折れた大腿骨を支えるのに股関節から膝上までスチールの棒が入っていると言ったら、カレシ曰く、「へえ、筋金入りなんだ」と言ったのでママも大笑い。まさに、ママは筋金入りの「強い女性」だよね。

ママはカレシがトイレに入っている間にちょっと声を落として「Are you doing OK?(うまく行ってる?)」と聞いてくれて、うんと言ったら、「Good(良かった)」と。ずっと昔、カレシが結婚して半年もたっていない前妻を離婚してワタシと結婚すると言ったときに、一番先に(アジア人である)ワタシの「動機」に疑問を投げかけたのはママだったらしい。でも、実際にワタシが海を渡ってきて、週末ごとに顔を合わせるようになって、まっ先にその「動機への疑問」を捨ててワタシを家族に受け入れてくれたのもママだったと思うし、ワタシたちの関係がどうしようもないと思うところまで来ていたときにも、ママは無条件でワタシの味方になってくれた。(義弟、義妹、甥や姪たちもそうだった・・・今考えたら、孤立無援になったカレシがちょっとかわいそうだったかな。)今になってすばらしいお姑さん(と義家族)に恵まれていたんだと感動しているちょっとずれた「嫁」のワタシだけど、ママには100歳なんていわずに、できることならワタシが死ぬまでいて欲しい。

ママの夕食の時間になったところでお暇して、さらに先のマリルーとロバートの家へ。まだ雪をかぶっているゴールデンイアズの山が見えて、心地のいい家。階下を間借りしているマリルーの親友のブレンダも加わって、ローストビーフをおなか一杯食べ、リッチなトライフルをデザートにたっぷり食べて、そのまま窓際のテーブルでワインを飲みながら、政治情勢に始まって、ああだこうだとおしゃべりなんだかディベートなんだか。ロバートとカレシの間に熱烈な論議が始まり、ロバートが席を立っている間にブレンダとカレシが熱烈な論議を始め、とにかくにぎやか。夜中をすぎたところで、ロバートがブレンダと議論を戦わせていたワタシの肩をポンと叩いて、「おい、これで世界の問題の半分は解決したぞ」と言うので、「あ、おめでとさん」と握手。ワタシも久しぶりに熱く語りまくって、ガス抜きをした気分。ああ、ちょっと気持がすっきりして、やっぱり「ここ」がワタシの居場所なんだなあ、ワタシはひとりじゃないんだなあと、つくづく幸せな気分。

さて、気分が少し晴れたところで、やる気を奮い起こして、仕事にかからなきゃ・・・。

六十肩なんてありえるの?

4月18日。月曜日。いい天気で、気温も少しは上がって来たような気配。正午ぐらいにのんびりと起きて、やっと1日。分残っていたシリアルとミルクで朝食。今日はどうしても買い物に行かなければ、明日の朝食がない(といっても、ベーコンポテトにするとか、いっそのこと自家製の塩鮭で朝粥というのもわるくないんだけど)。

とにかくまずは今日の夕方が期限の仕事を片付けて納品しないことには次に進めないから、そそくさとオフィスに引っ込んで、仕事、仕事。やっぱりまだどこかで何となく欝っぽい自覚症状があって、仕事に気が入らない。何とかエキスがどうの、薬効がどうのと、ちんたらちんたら。それでも、午後4時には完了して「送信」をクリック。やったぁ~。木曜日の朝に寝ている間に来た通販の注文品。保管している郵便局は6時まで開いているから、ね、すぐに行かないと。カレシは「うん、うん」と生返事。へ、明日でもいいの?カレシ曰く「温湿布のパッドがいる!」と。だったら取りに行って来なきゃ、向こうから歩いて来ないけど。(どうして男ってこういうことになると腰が重いんだろうなあ。若いオンナノコのことになると俄然軽~くなっちゃうのに・・・。)

それでも観念?してか、近くの郵便局まで車で行ってひと抱えもある(だけどわりと軽い)段ボール箱を引き取って来た。中身はカレシの新しい(底が)屋外/室内兼用のスリッパと、車のバッテリが上がったときにジャンプスタートさせるための小さな非常用電池2個、そしてカレシお目当ての温湿布のパッド。カレシは2ヵ月くらい前に背中を掻こうとして肩のすぐ下の筋肉がガキッと行ったのが、直るどころかだんだんに肩まで痛むし、寝返りをしたときに痛みで目が覚めるようになったとこぼしていた。四十肩とか五十肩と言うのはよく聞くし、ワタシは40代後半に同じように筋肉をガキッとやったのがこじれて右肩がガチガチに凍ってしまったことがあるけど、カレシはもう60代の終わり近く。ふむ、六十肩と言うのは聞いたことがないなあ。

六十肩は聞かないけど、どうも経過はワタシの四十肩とよく似ている。ワタシの場合はガキッとなってから完全に肩が凍結するまでに1年とちょっとで、一時は手術の案も浮上したけど、理学療法で対処と言うことになって、近くの療法士のところに週1回通って解凍するまでに約1年半。何しろ上腕が脇についたまま頑として動かない。動くのは肘から先だけで、腕を曲げても首を傾げなければ指が耳たぶに届かない。あのときがさすがに一生このままかと思って暗澹とした気分だったな。でも、腕のいい療法士が少しずつ解凍してくれて、最後には95%機能回復。そのときに補助的な運動具として教えられて作ったのが今でもオフィスにあるロープとプリーを使った簡単なしかけ。プリーを取り付けてある柱を背に、ロープの両端を持って、水平に腕を広げて、プリーの力で腕を上げたり下げたりするだけなんだけど、けっこう利き目がある。

温湿布のパッドは電子レンジで温めて何度も使えるジェルタイプで、これで十分に肩を温めてからロープでの自家療法をやろうというわけ。療法士の説明を思い出しながら、背中を伸ばせ。腕は肩で持ち上げない。一方の手でゆっくりロープを引いてもう一方の腕を持ち上げる。痛みを感じたらそこで引く手を止めて、ゆっくりと腕を下ろす。は~い、よくできました。実際のところ、カレシの左腕は水平までは上がるけど、それより高くは上がらないから万歳ができない。ふむ、思ったより進行していたな。前後には動くし、利き腕ではないから、痛み以外はあまり支障がなくて、腕が上がらなくなっているのに気がつかなかったんだろうな。ワタシも利き腕でない方だったから、車のギアシフトができない以外に不便があまりなくて、気がついたときには完全冷凍になっていた・・・。利き腕でないからふとした怪我をしやすいのかもしれないけど。

というわけで、即席療法士になって、とりあえず最低1日。1回、ジェルパッドでしっかりと温めてからロープ運動を日課にしなさい、と処方箋?を出した。だって、最悪の場合にがっちりと固まってしまって手術が必要なんてことになったら、待機リストに載って、いつまでも、いつまでも・・・。(ワタシの膝の手術は承諾のサインをしてから待機すること1年だった。)人の助言は聞かない主義のカレシもさすがにそんなことになったらたまらないと思ってか、まじめにワタシの指示を聞いて、くそまじめな顔でロープを引いて、カラカラとプリーを回しているからおかしくなる。んっとに、もう、男ってのは・・・。

複雑怪奇?それともただ変なだけ?

4月19日。火曜日。やっと春が定着したかというような天気もよう。春眠と言うわけじゃないけど、起き抜けからもやっと眠い。どうもせっかくぐっすり眠っていたのに、カレシのドタドタと階段を駆け下りる足音で目が覚めたらしい。カレッジの学生か誰かが家の外に車を止めようとしていたので、飛び出して行って追い払ったということらしい。(居住者専用区域で学生は駐車できないのはたしかだけど、そう杓子定規にしなくても・・・。)ここのところ、カレシもなんかちょっとヘンな時がある。肩の調子が思わしくなかったせいか、それとも他にストレスになっていることがあったのか、それはカレシのみぞ知る。ストレスがかかるとパニックを起こしやすい、ある意味でアスペルガー的な面があるけど、簡単にそうと言い切れない複雑な面もあるから、ま、そういう「性格」と受け止めて、最善の対応をするのが良策。

もちろん、何事も経験ということで、毎日観察しながら付き合っていないとなかなかそこまではわからない。最近の若い人たちはすぐに「価値観が違う」と言って投げ出そうとするようだけど、実際は価値観とは別の次元の「性格」の問題だと思うんだけどな。カレシはイギリスとスコットランドを主に、ウェールズ、オランダ、ドイツの血が入っている「雑種」なんだけど、思考パターンにはすごく日本的だなあと感じるところがけっこうある。おおむね悲観的な性格で、自己主張が苦手で、被害者意識が強くて、マイナス思考に陥りやすい。カナダと言う「欧米社会」で生き辛さを感じていたらしいのはそのせいかもしれないな。ワタシが根本的に楽観的な性格で、行動で自己主張するたちで、叩かれてもおいそれとは引っ込まない曲がり杭だから、よけいにそう感じるのかもしれないけど、それでワタシには日本の社会は生き辛かった。でも、カレシが日本で生き易さを感じるのかとなると、他人に合わせることを自分の主体性に対する脅威と感じるらしいから、答は「ノー」だと思うな。

ま、人間というのはほんとに心理的に複雑怪奇な動物で、その複雑さもまさに千差万別だと思うから、誰であっても人種や文化という要素を外して、ひたすら個々の「人間」として付き合おうとする所以で、「○○人」と言う括りは単に「平均的」あるいは「多数派的」○○人の総称でしかないんだけど、人間はおもしろいもので、他には「同じ」を求めつつ、自分は他とは「違う」と主張したがる人たちも多いように思う。その人の「かくありたい自分」像が反映されているのかもしれないけど、心の深いところに自分は埋没したくない、自分を認めて欲しいというか、一種の「見捨てられ不安」とでも言えそうな気持があるのかもしれない。人間はほんとにパラドックスの塊だな。

そんなヘンなことを眠たい頭でつらつら考えながらの朝食の後、コーヒーを飲みながらしばらく『On The Road』の続きを読み、コンタクトレンズを入れたり、夕食の食材を決めたりの一定のことを済ませてから、いつものように血圧を測ったら、99/58。そんなのありえないとばかりに深呼吸をして、もう一度測ったら101/60。おいおい、いくらなんでもこの年では低すぎじゃないのかなあ。リラックスし過ぎかなあ。リラックスのし過ぎといっても、ここんところ数週間はかなりの精神的ストレスが続いていて、ちょっと欝っぽい感じだったんだけどなあ。ワタシの心臓、だいじょうぶなの?脳にたっぷりと血を送っているのかいな。ふむ、ちゃんと血が巡っていないから、いつも哲学にも禅問答にもならないようなことがいつも頭の中をぐるぐる巡っているのかなあ。あんがい、血圧が低すぎると怖い病気になるんじゃないかと大まじめに気にしてみたら、少しは上がったりして。

ああ、ほんとに人間という動物は生理的にも複雑怪奇だけど、あっちでもこっちでも常識から外れて、血気盛んなワタシは・・・う~ん、ただのヘンな人かもしれないな。

おかげで血の巡りも良くなって

4月20日。水曜日。今日もいい天気。普通に起きて、普通に朝食をして、普通に朝にすることをして、今日はなんだ、普通じゃないのという血圧。きのうはトレッドミルでスピードを上げてばんばん走ったから、血の巡りも少しは良くなった感じ・・・。

今日はダウンタウンへのお出かけデー。来月のコンサートがちょうどシアトルでの会議と重なってしまったでの、別のコンサートに変更してもらいに行くついでに所得税申告書を税務署に送信する承諾書を会計事務所において来るつもりだったのが、カレシが濡れ落ち葉よろしく一緒に来るというので、ついでのついでに貯め込んであった使い終わりのプリンタやコピー機のトナーのカートリッジをStaplesのリサイクル箱に入れて来ようと言うことになって、デスクの下やクローゼットをかき回して集めること8個。運びやすいように箱から出してバッグに積めたので、オフィスは空き箱の山。あ~あ、市のリサイクルデポに持って行かないと、足の踏み場もないごみ屋敷になってしまいそう・・・。

ダウンタウンではまず運よくStaplesのまん前に駐車。道路は一方通行で、駐車規制の標識を見たら、道路の右側は朝と午後のラッシュ時間帯が駐車禁止、左側は朝だけ。しめしめ、3時を過ぎても止めておける。重たいバッグを担いで店の中の窓際にあるリサイクルボックスにカートリッジをどさどさと放り込み、ついでにカレシが持ってきたインクジェットのカートリッジの山も放り込んだら、レジの人が「リサイクル、ありがとうございます」と、Stapesのえらく派手なエコバッグをくれた。(回収したカートリッジにトナーを詰めて再生して自家ブランドで売るのかもしれないな。)派手すぎるバッグをトートに押し込んで、その足でバンクーバー交響楽団のボックスオフィスへ。来月14日。のチケットを27日。のVSOポップスの「コットンクラブの夕べ」というジャズコンサートのチケットに交換してもらった。次は会計事務所へ行って受付の人に封筒を渡し、最後のHマートへ回って、主にアジア系の野菜類を調達。車に戻ったら、メーターにはまだ40分も残っていた。ちょっともったいない気もするけど、用事は全部済んでしまったし・・・。

グランヴィルからそのまま橋を渡ってブロードウェイまで来た頃、カレシが「駐車スペースがあるかどうか良く見て」と命令。え、何で?ときょとんとするワタシ。「Danielに行くためだよ」とウィンクするカレシ。あ、そっか。カレシがワタシの分まで食べてしまったチョコレートの埋め合わせね。ここでも午後の駐車禁止のない側にある店のすぐ近くに止められて、おまけにメーターには20分も残っていて、ダウンタウンで使い残した時間の半分を回収した形。ダークチョコの詰め合わせと、復活祭だからおまけに鶏卵サイズのダークチョコのイースターエッグの袋。ふむ、10個くらいは入っていそうだな。こんなにチョコを食べたら鼻血が出るぞ(と、子供の頃によく母に言われたっけ)。でも、ダークチョコは酸化防止作用のあるポリフェノールが豊富だからヘルシーなんだとか。ココアがヨーロッパに登場したときは「滋養ドリンク」扱いだったくらいだし・・・。

食材をフリーザーから出すのを忘れてでかけたので、今日のとっさのメニューは冷蔵庫をかき回して、白菜とたけのことねぎのチゲにししとう、山菜入り粟がゆの完全ベジタリアン。粟はもの珍しさにつられて買ったものだけど、カレシが「米のご飯よりいい」と大いに気に入って、今ではキノアやカーシャ(そばの実)、韓国の七穀米などと並んで我が家の雑穀料理の定番のひとつ。たしかに白米よりも栄養価は高そうだし、ご飯よりも軽くてさらりとした食感がいい。でも、日本にいた頃には粟を見たことも、食べたこともなかったなあ・・・。

総選挙の行方、ホッケーの行方

4月21日。木曜日。今日もいい天気で、どうやらやっと春らしい感じになってきた。明日から復活祭の週末だもんね。朝食のテーブルで、今年は春が遅いなあと言う話をしていた。たしかに。でも、去年は5月、6月になって雨がちで低温だったような気がする。早々にオリンピックに合わせて来てしまって、息切れしちゃったのかもしれないけど、去年は夏でもあまり長時間クーラーをかけることがなかったような気がする。そのせいで、イチゴもラズベリーもブルーベリーも地物の季節が短かったし、トウモロコシなんかやっと地物が出て来たと思ったら、あっという間に内陸産のものに代わったし・・・。

週末はのんびりと思っていたら、終業時間の間際に駆け込みでばたばたと2件。ま、割と小さいから良いかと思っていたら、日本が始業時間になったとたんにばたばたとまた2件。やれやれ、四連休はあっけなく「仕事日」になってしまった。でも、腕まくりをしてがんばれば二連休くらいは確保できるかな。もっとも、だらけなければの話だけど。エイギョウはやりたくないぐうたらな極楽とんぼは、秋の日のヒグマのように川上で大きな口を開けて、遡上してくるサケが飛び込んでくるのを待っている。なんかちょっとしまりのない構図だけど、それで20年以上もけっこう豊漁でやって来れたのは奇跡といえば奇跡なのかもしれない。

さて、総選挙の投票日まであと10日。ほど。保守党の支持率はほとんど変化がないけど、先ごろ自由党のイグナチエフがインタビュー番組で、「保守党が過半数を取れずに第一党になった場合、自由党は他党の協力を得て政権を組織することができる」と言ったのは命取りになりそうな大失策。保守党に「それみろ、やっぱり連立政権を作るつもりでいるじゃないか」と攻撃する材料を与えてしまったのは大失策だと思うな。イギーは「連立の意図ではなくて、カナダ憲法の仕組み上、可能だということを説明しただけ」と釈明しまくっているけど、国民にとっては、第二党が連立政権を作れるかどうかよりも、その「連立」の中にカナダからの独立を党是に掲げるケベック連合が関与することの方が問題なんだけどな。なにしろ、ケベック連合は、出て行くと言いながら夫の生活にあれこれ口出しする妻のような鬱陶しい存在なんだもん。

選挙戦終盤で党首が「禁句」を口にして旗色が悪くなって来た自由党に代わって、社会主義を掲げる万年野党の新民主党が野党第一党になりそうな雲行きになって来た。特にケベックで支持率を伸ばしていて、地盤を侵食されているケベック連合が大慌てらしい。新民主党のレイトン党首はモントリオールの英語圏地区の生まれで、世論調査でもハーパー首相に次いで「信頼できる」政治家の評価を得ている。やれやれ、イギーはさっぱりだねえ。世論調査でも自由党の支持率はじりじり下がり、一方でイギーの信頼度は低迷しっぱなし。毛並みはいいし、経歴だって名門ハーヴァード大学の教授だった「有識者」なんだけどねえ・・・。

ハーパーはクールで(油断がならないけど)頭脳明晰な実務家と言う印象で、レイトンは(ちょっと油断はならないけど)真摯な人間という印象だけど、イグナチエフは油断がならないどころか、いつも「こんなこともわからないのか」とイライラしているような印象で、しゃべっているのを聞いているだけでこっちまでイライラして来る。前の選挙のときから保守党の広告で「マイケル・イグナチエフはあなたのために帰って来たのではありません」なんて攻撃されてるけど、ほんとに何だってハーヴァード大学教授の職を投げ打ってまでカナダに帰って来たのかなあ。ま、どうなるかは投票箱を開けてのお楽しみだけど、すぐに離婚する!と騒ぐ我の強い奥さんはなしにしてほしいな。

ところで、バンクーバー・カナックス。プレーオフで3連勝して第1ラウンド通過にあと1勝なのに、シカゴで7対2の大負けの後、帰ってきて今夜は5対0の大負け。おいおい、どうなってんの、キミたち?選挙よりこっちの方が気になるじゃないの。優勝候補チームが第1ラウンドで早々に敗退しちゃったら、暴動が起きるかもしれないよ。プロスポーツは強いもの勝ちなんだから、しっかりせんかい、こら。

翻訳者はつらいよ

4月22日。金曜日。今日はグッドフライデイ。キリストが磔刑になった日。まあまあの天気。国境は朝からアメリカへショッピングに出かける車が長蛇の列。昼前にはもう待ち時間が3時間半になったとか。週末いっぱい48時間以上出かければ1人400ドルが免税になるし、今はカナダドルが高いし、アメリカ側はモノの種類が豊富で値段も安め。だけど、3時間半ものろりのろりと進んでいたら、どれだけのガソリンを燃やすことになるやら。おりしも今日はアースデイなんだけど・・・。

この週末は元々遊ぶ気満々だったので、仕事に捕まったとは言え、「ごちそうモード」はそのまま。まず今日はコーニッシュヘンを丸ごと1羽使って「サムゲタン風ポトフ」を作ってみる。近頃のコーニッシュヘンはずいぶん大ぶりになったから2人で1羽。昔はもっとやせていて小ぶりだったのでスーパーのパッケージにも2羽入っていたもんだけど。空っぽのおなかにもち米や刻んだナツメやにんにく、しょうが、にら、さらに銀杏や松の実、クコの実を詰め、今回は粉末の高麗人参茶をたくさん使って、大なべでゆっくり。後で付け合せにする大根や青梗菜、にんじん、ねぎを入れて、仕上げはスープをちょっと煮詰めて少しとろみをつけたソース。柔らかくなった鳥は包丁でえいっと左右2つに切り分けて、野菜とソースを添えてできあがり。デザートはチョコレートのイースターエッグ。本物の卵くらいの大きさで、中空だけどかなり厚い。何だか太りそうな予感・・・。

体がぽかぽかしたところで、クライアントからという質問に回答を書く。校正、編集を経た後でも、ときたま発注元から質問が来ることがあって、当然「アフターサービス」として対応する。社内で扱えない翻訳だけ外注するところや英語人社員がいるところから質問が来ることはまずなくて、見直しだけしてそのまま採用するところと、書き直しをするところがある。後者の場合、ウェブサイトなどでみごとな「日本的英語」に書き直されているのをときたま見つけることがよくある。英語を母語とする人が訳したものでもおかまいなしで、英語人の同業者たちが「何でヘンな英語に直すんだ」と口を尖らせる所以だけど、どうも「英語ができる」日本人は他人の翻訳を頭から信用しないところがあるらしい。ま、ワタシは翻訳会社の校正を経て発注元に納品された時点で、後は「そちらの責任でお好きなようにどうぞ」という方針だし、翻訳者の名前が出ることはないから、いくらだも気の済むように書き直してもらってかまわないんだけど。

そうやって書き直された英語を見ると、くそまじめというか几帳面というか、なくても良いと判断して入れなかった単語が入っていたり、英語では不要の語を漢字はこうだからと入れたり、書き直し作業の心理状態を想像するだけで実におもしろい。日本人の「英語観」も時代と共に変化していて、若い人ほど「あ=A」、「い=B」といったバイナリ思考の傾向が強くなっているように見える。たぶんゆとり教育を受けたデジタル世代なんだろうけど、訳がその人が知っている「あ=A」でないと「間違っている」と言い出す人もいるから、機械翻訳以前の「化石的翻訳者」はため息の連発。まあ、たいていの場合は「間違い」の指摘や疑問に対してきちんと根拠を説明すればわかってくれるから、こういうバイナリ族はまだ極端な例だと思いたいけど・・・。

だけど、英語、されど英語で、ときにはええっと絶句するような質問も飛び出すからおもしろい。きちんと英語らしい英語に訳したものを書き直して、添削してくれと言って来たところがあったし、レビューを頼まれたらしい英語の先生らしい人が150項目も「英文法の誤り」を指摘して、真っ赤なファイルを送ってきたところもあった。このときはどれも英語の先生の方が間違っていたんだけど、相当の自信を持って書き直したらしい長い小節は支離滅裂の意味不明。さすがに頭に来たから、カレシにレビューのレビューをやらせて、英語で批評を書かせたら、翻訳会社は何となくうれしそうだったからおかしかった。きっと前にも「英語の権威」の先生にいじめられていたんだろうな。あの英語の先生、まだ翻訳のレビューの仕事をやってるのかなあ。

一番ケッサクだったのは、冠詞や定冠詞を取ってもいいかと言う質問。きれいな写真入りのパンフレットの英語版を作ろうとしたのはいいけれど、英訳がレイアウトにうまく収まらなかったらしい。「このtheは外していいですか」って、それはできない話っすよ。ダメダメ!ま、その代わりに日本語原稿に散りばめてあったくすぐったくなるような美辞麗句の形容詞の訳をがんがん減らして、すっきりさっぱりの文書にしてあげたけど、これは英語をビジュアルに「見て」いた特殊な例かな。ここまできたらもう言語のコミュニケーションって何なんだろうと疑問を抱いてしまうけど、翻訳稼業もなんだか太鼓持ちみたいなところがあって、つらいところだよねえ、ったく・・・。

ものは言い様とはよく言ったもので

4月23日。土曜日。まあまあの天気。予報の最高気温はまだちょっと低めだけど、最低気温の方はほぼ平年並みになって来た。いよいよ本格的な庭仕事の季節。外で忙しいカレシを横目にワタシは少しは静かな環境で仕事に集中できる・・・かな?

やや重い腰を上げて、仕事の算段。テーマはどうやらお金の話。まあ、一応はお金と法律に関することがワタシの「専門分野」ということになっている。と言っても、ワタシは門前の小僧。昔、翻訳者志望の若い日本人女性たちと話をしたことがあって、「大学はどちら?」と聞かれたから、行かなかったと答えたら、「うっそぉ。ありえな~い」と言われてびっくりしたことがあった。ありえないって、目の前に10年以上フリーでちゃんとご飯を食べられるだけ稼いでいる人間がいるんだから、ありえないはずがないでしょうが。ま、ずっと昔の同僚でなんにつけても「Never!」を連発する人がいたから、「ありえない」という驚愕表現もありえるんだろう。あのお嬢サマたちも今頃は「アラフォー」と呼ばれる年令になっているけど、その後どうなったのかな。ちゃんと学歴にふさわしい専門分野で夢を叶えたかな。まっ、それはどうでもいいとして、お金と法律と科学の仕事はおもしろいから「専門」にやる分野・・・。

原発事故のおかげで福島県の人たちがあちこちで心ない差別やいじめを受けているという。住居が避難区域に指定されて早々に立ち退かなければならない人たちが、引越し業者に断られて動くことができないというニュースもある。ワタシは絶対にそういうことが起きると思っていたから驚かないけど、法務省が「根拠のない思い込みや偏見で差別することは人権侵害につながる」という声明なるものを出したということはそれだけ深刻だということなんだろう。だけど、人権侵害に「つながる」って言い方は何なんだろうなあ。人権侵害に「つながる」ということは、放射能を検出したけど「直ちに」健康に害はないと言うのと同じで、福島から来た子どもをいじめても「直ちに人権侵害にはならない」と言っているように聞こえるけど、じゃあ、どこまでやったら人権侵害になるのかな。まったく、事なかれ主義者が「まあまあ、そこは事を荒立てずに・・・」(あまり表立ってやってもらっては困る)と言っているようで、やな感じ・・・。どうして「根拠のない思い込みや偏見で差別することは人権侵害です」とはっきり言えないんだろう。

社会が未発達で教育水準の低いところでは「根拠のない思い込みや偏見」による差別が起こり得るというのはわかる。所詮人間も動物だから、未知のことや自分が理解できないことに対して不安や恐怖を感じるのは当然だと思う。でも、そういう動物的感覚を理性と知性を育てることで克服しようとして来たのが人間で、その手段が教育だったんじゃないのかな。「考える」ということは洪水のような情報を弁別して取捨選択する能力でもあると思う。それがなければ溢れる情報に踊らされるだけの「無知」な人間になってしまう。世の中の「いわれのない」偏見や差別は人々の無知に根ざしていることが多い。だけど、世界的にも教育水準の高い日本は知的にも先進国であるはずなのに・・・。福島県人に対する差別のニュースは海外のメディアにも載るようになってきたけど、ここでも「偏見に満ちた海外メディアの報道」と批判するのかな。

どこで見たか忘れたけど、原発の最初の水素爆発のニュースが海外で大々的に取り上げられていたときに、日本のマスコミは1日。中東京圏の「計画停電」のニュースばかり集中的に流していて、その後別の爆発があったときにも「停電」のニュースが多かったのは情報操作があったからではないかとコメントしている人がいた。日本で国内と海外のニュースを読み比べる人がどれだけいるか知らないけど、わざわざ元からでっち上げ記事満載のタブロイド新聞の記事を例に挙げて、海外のマスコミは嘘の報道をしているとか、おもしろおかしく騒ぎ立てているとか書き立てていたのは日本のマスコミの方。最近になって水素爆発が起きた頃は危機的な状況だったと政府が認めたとか何とかいう記事を流していたけど、原発から国民の注意を逸らそうという意図があったかどうかは政府と東電とマスコミのみぞ知る。ま、「ものは言い様」というし・・・。

極楽とんぼ亭:復活祭の日曜ディナー

4月24日。復活祭の日曜日。小雨もよう。あちこちで子供たちを集めてイースターエッグハントの行事がある。そのトップはホワイトハウスのエッグハントで、庭園のあちこちに「隠された」2000個もの色をつけた固ゆで卵を招待された子供たちが探し回る。要領よく次々と見つける子もいれば、なぜかひとつも見つけられなくて泣き出す子もいて、例年のことながら見ていてほほえましい。どこのでも見つけられない子や幼い子は大人が誘導してやるので、最後はみんな卵を見つ出してハッピーエンド。

復活祭は初期のキリスト教がヨーロッパに伝播する過程で土俗信仰の春(再生)を祝う行事が取り入れられたものだそうな。北欧の冬至を祝う風習を取り入れたクリスマスと合わせて。みごとなマーケティング手法のお手本みたいなものだと感心する。ま、それはそうとして、グッドフライデイに続いて、復活祭もちょっとだけご馳走を・・・。

前菜はだいぶ前にコースディナーのアミューズブーシュとして作って好評だったアスパラガスのしょうが風味ポタージュ。付け合せのアスパラガスを蒸すときに切り落とした下の方を冷蔵庫にためておいて、まとまったらスープにする。しょうがをひとかけら落として、ピューレにする前に取り出して、仕上げはミルクかクリームとしょうがのリキュール。

[写真] 鴨の胸肉ロールのコンフィ、蒸し野菜添え
メインは鴨の胸肉のコンフィ。皮を取って、バタフライにして、燻製にした胸肉の薄切りを巻き込んで、ひたひたの鴨の脂に沈めて、ゆっくりとオーブンで調理。(その間に仕事をひとつ片付けて納品。)付け合せは春らしいレインボーにんじんと小いもを蒸しただけのかなりシンプルな料理。鴨をふたつに切ったら、思いがけなくきれいな渦巻き模様になっていた。燻製にかなりの塩気があるので、タイムやオレガノで風味をつけるだけで塩は使わない。コンフィはローストすると硬くなりがちな腿肉で作ることが多いけど、胸肉でもおいしい。

[写真] 五色豆サラダ(ひよこ豆など5種類の豆とたまねぎ、かいわれ)
サラダ担当のカレシが量り売りの豆を少量ずつ買ってきて、前の夜から水に漬けておいて、ゆでたのを冷やして「五色豆サラダ」にした。早めに作っておいてドレッシングの味をなじませる。ひよこ豆、ピント豆、白いんげん、赤いんげんと、もうひとつ名無しの豆。量り売りなので、品番しか書かなかったから、どれがどれかわからなくなってしまったそうな。でも、缶詰の豆を使ったものよりさっぱりした口当たりでおいしかった。

復活祭に欠かせないのがチョコレートでできたウサギと卵。Lサイズくらいのダークチョコの卵は袋に10個か12個入っていたはずだけど、いつの間にか「イースターバニー」が食べてしまったみたい。

さて、明日は極楽とんぼ亭のシェフの誕生日なんだけど、どうしようか・・・。

極楽とんぼ亭:マイハッピーバースデイのディナー

4月25日。誕生日。しっかり仕事をしてゆっくりと休みにするはずが、だらだらしているうちに今日まで繰り越してしまった。(誰か、ねずみのねじを巻いてくれないかなあ・・・。)まあ、とりあえず、とにかくまじめに仕事をして、終わったのが午後4時。は、間にあった・・・。

誕生日のディナーのメニューは朝方ちょっと目が覚めたときに何となくイメージしてあったので、急いでフリーザーをかき回して必要なものを出してきて、水を張ったボウルに入れておいて解凍。その間に36年の年季入りの電気釜を持ち出して来て、ご飯を炊き、いろいろと下ごしらえを始める。

今日のメニュー:
 アミューブーシュ(アスパラガスのムース)
 ムール貝入りの茶碗むし
 オレンジラフィーのフライパン焼き
 ミニ茶巾寿司の取り合わせ
 (サラダ)

[写真] きのうの復活祭のディナーの前菜にしたアスパラガスとしょうがのポタージュがほんの少しだけ残ってしまったので、後で何かに使おうと取っておいた。1人分のカップ一杯にもならないから思案していて思いついたのが、寒天で固めてゼリーにすること。粉末の寒天をスティックの半分くらい使って、スープと合わせてシリコーンのマフィン型に入れて冷やし、アスパラガスの穂先を半分に割ってさっとゆでておいたのを飾りに載せたら、おしゃれなムースができあがった。

[写真] ミニの茶碗蒸しは卵1個で作る。殻なしのムール貝を2個解凍しておいて、卵汁に1個ずつ。蒸し器にかけて最後のあたりで飾りににんじん、クコの実(中国名からゴジベリーと呼んでいる)、かいわれと刻みねぎを載せてちょっと春らしい感じ。

[写真] オレンジラフィーは寿司に使う分を切り分けておいて、ひと口サイズを2枚ずつ、塩とこしょうで下味。しめじと長ねぎといっしょにフライパンに入れてバターで焼き、お皿にカレシ菜園産のレタスのつまみ菜を敷いて、魚には緑色の枝豆とオレンジ色のとびこで彩りをつけた。

[写真] 今日のメインはミニサイズの茶巾寿司。材料はまぐろ、さけ、すずき、オレンジラフィー、ほたて、とびこ、明太子、サーモンキャビア。ラップにねたを広げて、ひとつまみのご飯を載せ、包んでぎゅっとひねる。サーモンキャビアだけは力を入れるとつぶれてしまうので、急遽焼き海苔を出して来てミニチュアの握りを作り、ついでに余ったとびことねぎで小さなのり巻。かいわれを散らしたお皿に並べたらけっこうサマになっている。わさびを別に出したら、カレシには「ご飯をたくさん食べないでいろいろ食べられる」と好評。

復活祭四連休の最終日のディナーは春に生まれたワタシらしい?彩り。「レストランへ行くより楽しめた」と、バスケットの中に最後に残ったイースターバニーをくれたカレシ。あの、ワタシ、バースデイガールなんだけど。でも、自分の誕生日にこれはと思うものを即興で作って食べるのもなかなかいい趣向だったな。

遠い目、遠い空、遠い道のり

4月26日。火曜日。今日からまた1年がんばろう・・・なんて意気込むわけではないけど、誕生日の翌日はいつも何となく改まった気分になるから不思議。自分が曲がりなりにもこんだけ生きて来たということを実感するからかなあ。生きているって、やっぱりいいよね。生きていればこそいろんなことができるし、もっといろんなことをやれる可能性も生きてくるわけだし・・・。

きのうの今日で、ご馳走三昧の連休明けの休養の日。仕事の予定が入っていないと言ったら、「今日がきのうだったらよかったのにな」とカレシ。まあ、そこはフリーの自営業の宿命ってもんで、仕事のある日は週日、仕事のない日は週末。そういえば、高校を出て就職した会社では誕生日に休みをくれた。でも、船舶代理店で入港する船の予定に合わせて船積書類のタイプをするのが仕事だったから、週日だったワタシの誕生日は「休日出勤」で夜遅くまで残業。当時の労働基準法では女性と未成年者の深夜勤務は禁止されていたのに、船は勤務時間内に入港して、勤務時間内に出港してくれないからと、夜遅くまで残業。夜中を過ぎたこともあって、1ヶ月に100時間くらい残業したけど、午後7時になれば誰かが勝手にタイムカードを押してくれるから、記録上は「退勤」。残業代は1円も払ってもらえなかった。10ヵ月後に辞める理由ができて「辞める」と言ったら、「来月は忙しいからいてほしい」と来た。おじさんたち、冗談がきついよ・・・。

実はその気になれば3月の末までいることもできたんだけど、ま、血気盛んな19歳のこと。課長のたっての懇願?を一蹴して、なぜか抱えきれないほどのプレゼントともらって、「おめでとう」と言われて退職。家に帰って母に「結婚退職だと思われたんでしょ」と言われてびっくり仰天。社会デビューしたばかりでやりたいことがたくさんあるのに、結婚なんて冗談じゃない。おもしろがって笑ってはいたけど、内心は大人ってなんて気持悪いことを考えるんだろうとむかむかしていた。昭和40年代の19歳は今と違ってまだまだ初心だったということかなあ。成人してから、札幌で再就職した外資系企業も別の意味でびっくりが多かった。スウェーデンの会社で、営業所開設のための募集人数は「1名」。大学卒業予定の応募者が何十人もいたのに高卒のワタシが実務経験を買われて採用になったし、学歴が同じなら男女の賃金格差がなくてけっこう高給だったし、貸し切りバスで行って温泉に1泊する毎年の社員旅行に参加するのに「出張」の名目で飛行機で行ったし、もちろん残業なんかない。もう、何もかもが雲泥の差だった・・・と、遠い目。

カレシを英語教室に送り出して、プレゼントにもらった天体望遠鏡にレンズを付けて筒先を窓の外に向けた。まだ日があって明るいんだけど、んんん?何にも見えない。いや、何か見えてはいるけど、望遠鏡を向けた方にあるのは木の枝で、見えているのは幾何模様的な楕円形の何か。ヘンだなと思うと、まず分解して中をのぞいて見たくなるのがワタシ。鏡筒の先をぐいとひねったらリングが外れ、筒先が取れた。筒の中をのぞいたら、ふむ、主鏡はちゃんとある。おかしいなあと思って手にしていた筒先を見たら、あら、斜鏡があるべきところにあるのは接着剤の跡だけ。反射望遠鏡は斜鏡がなければ、エンジンはあってもバッテリのない車と同じで100%無用の長物。いくら子供用とはいえ、接着剤で取り付けるというのはすごい手抜き。光学機器ではちょっと知られたメーカーなんだけどなあ・・・。

教室から返って来たカレシに望遠鏡は欠陥品だったと伝えたら、「キミが見ていたカタログのが売り切れだったんで、探してシアーズのサイトでデザインとスペックが同じのを見つけたんだけど、値段がカタログの半分だったからヘンだと思ったんだ」と言う話。とりあえずダウンタウンのシアーズへ持って行って返品して、返金してもらうことにした。「おもちゃみたいなのじゃなくて、まともなものを選びなよ」と言うカレシ。う~ん、でも大人用だと初心者向きでも高いよ。卓上型はなさそうだし、本格的なのだともっともっと高いよ。「いいよ」とおおようなカレシ。じゃあ、三脚式のしっかりしたのを買ってもらおうかなあ。「いいよ。トラックに積めるから」。いや、そんなに大きくはなくてもいいんだけど、やっぱり口径が4インチか5インチくらいあった方がいいかなあ。それならちゃんとアルビレオが見えると思うけど、うんと高いよ・・・。

プレーオフ第1ラウンドで3連勝の次に3連敗して、もう後がなくなったバンクーバー・カナックス、もしも負けて怒ったファンの暴動が起きたら大変と警察が警戒する中、第7戦を延長ピリオドでやっとこさ勝ち抜けた。スタンレー杯への道のりはまだ遠いのに、やれやれ・・・。

ラニーニャの春は荒れもよう

4月27日。水曜日。正午前に起きたので、シーラとヴァルが掃除に来る頃までに朝食を終わって、食器を食洗機に片付けて、掃除の準備完了。「やけに早いわねえ」とシーラ。「雨が降るんじゃないの」とヴァル。ま~さか~。

しばしホッケー談義に花を咲かせた後、家の掃除にかかった2人を残して、IGAまで魚と野菜の買出しに行く。午後のうちに行くと魚のカウンターが営業中なので、これを何枚、あれを何尾というように選んで防水紙に包んでもらえる。カウンターが閉まった後はトレイにパッケージしたものを買えばいいんだけど、普通に売れるものしかないし、何よりもこのトレイがめんどうくさい。そのままフリーザーに入れると場所をとるし、外してパッケージし直すと一度に大量の空トレイを捨てることになる。今日はけっこういいものがあって、アメリカなまず、スティールヘッド(ます)、ひらめ、ロックフィッシュ、オヒョウ、アヒ。包んでくれたおばさんが「今日は大漁でいいわねえ」。

このスーパーでは年に1度か2度、有名ブランドの食器やグラスをくれるキャンペーンをやって、レジで買い物10ドルごとに1枚スタンプをくれる。期間内に貯まった枚数に応じて商品を無料でもらえるしくみで、キャンペーン用に特注したものだろうけど、これまでにロイヤルドルトンやヴィルロイ&ボッシュ、ジノリといったブランドの食器やグラス、カトラリー、ボウル、ロースターといったものをかなりもらっている。また白い食器が並んでいたので見たら、今度はカーラのグラタン皿やキャセロール、ロースター。うん、カーラってドイツのブランドだったかな。どれもまっ白できれい。特に2.1リットル容量のポットのようなキャセロールが気に入ったけど、必要なスタンプは70枚。でも、キャンペーン期間は7月の中旬過ぎまでなので、何とか貯まりそうかなあ。

大きなトートバッグ2つとさらに予備のエコバッグ2つに買い物を詰めてもらって、カートを押して外へ出たら、うわっ、土砂降りの雨。来たときはそんな気配はなかったのに。それっとカートを押して駐車場の車のところまで走って、大急ぎでトランクに詰めたけど、髪の毛はびっしょり。背中もジャケットの雨が滲み込んで冷たいのなんのって。トートバッグの一番上になっていたシリアルの箱やスタンプのカード、レシートまで濡れてしまった。ヴァルが雨が降るかもなんて言ったからかもしれないな。車の中でも髪の先から滴がぽたぽた。でも、10ブロックも行かないうちに小降りになって、家につく頃にはほぼ止んでいたから、なんだか濡れて損しちゃった・・・。

出かける前には10度を超えそうになっていた玄関ポーチの温度計が6度に下がっていた。もう5月だというのに、6度はないだろうと思うけど、ラニーニャの春は荒れ模様。郊外の農場地帯では低温のせいで地面が水漬け状態のおかげで作付けができないでいるとニュースで言っていた。ああ、今年もイチゴもブルーベリーもとうもろこしも旬の季節は短そう。ジャガイモはすでに数週間の遅れが出ているそうだし、園芸品も3週間くらい遅れているそうで、園芸センターでは閑古鳥が鳴いているらしい。「苗の方は少しくらい低温でも気にしないけれど、この天気では人間の方が庭に出る気になれないんですよね」とは、園芸センターの店長のコメント。うん、趣味の園芸ってお天気のいい日にやるもんだもんね。

さて、ホッケーの方は、今日モントリオールが第7試合延長戦でボストンに負けて8強が揃い、明日からプレーオフ第2ラウンドが始まる。土俵際のうっちゃりで切り抜けたバンクーバーはナッシュヴィル・プレデターズと対戦。予想ではバンクーバーが5試合で勝つそうだけど、ま、競馬の予想と同じで、どんな番狂わせがあるかわからない。総選挙の方だって、新民主党がどういうわけか津波のような上げ潮に乗ってしまって、獲得議席数の予想はめちゃくちゃ。金曜日の期日前投票には前回選挙のときよりも35%も多い200万人が全国各地で長打の列を成して投票したと言うからすごい。レイトン党首は遊説先で盛んに「私が首相になった暁には・・・」とやり始めたし、それを自由党のイグナチエフは「レイトンは首相になるのに必死なあまり・・・」とやり返して、何だか荒れ模様の雲行き。どうなるんだろうなあ、ホッケーも、選挙も・・・。

人災も天から降ってきた大災害?

4月28日。木曜日。外でモーターの音がしてかなり早くに目が覚めた。すぐ外のようだから、ガーデナーのジェリーが歩道の芝生を刈りに来ているんだろうと思っているうちにうとうと。11時半くらいに起きてみたら、カレシはとっくに起き出していて、キッチンのテーブルにジェリーの請求書が置いてあった。今月は2回で税込み53ドル76セントなり。

歩道と車道の間の芝生は市有地なんだけど、芝刈りは境界を接する家のオーナーの義務ということになっていて、我が家は角地だから全長が50メートル近い。昔はカレシが手押し式の芝刈り機で刈っていたけど、けっこう手間がかかるもので、15年くらい前に芝刈り機が壊れたのを機会に向かいのマージョリーの芝生を刈りに来ていたジェリーに我が家の側も刈ってもらうことした。だいたい4月~11月ぐらいまで1週間おきくらいに来て、月末にその月の請求書を郵便受けに入れて行ってくれる。家の前後の庭も全面芝生と言うところが多いから、芝刈り代行サービスを利用する人はかなりいるだろうな。市に固定資産税を払っているのに市有地の芝生を自腹を切って刈るというのも何だかなあと思うけど、ま、週末を芝刈りに費やさずに済むことのメリットの方が大きいような気がする。

日本ではゴールデンウィークの始まり。駆け込みでどさどさっと仕事を置いて行かれたけど、ま、ぼちぼちやることにして、まずは第1四半期の統合売上税の申告。連邦税と州税に分かれていたときは、連邦税だけを抽出するのにかなり手間がかかったけど、統合された今はレシートから売上税の数字を拾って、電卓でピコピコっとやるだけでいい。仕事のログから3月末までの売上額を拾い出して、カナダ歳入庁のサイトにアクセスして、事業者番号と会計期間と送られて来ていたアクセス番号を入力して、画面のフォームに数字を打ち込む。カナダ国内での仕事がないから売上税の徴収額はゼロ。実際に入力する数字は売上額と経費にかかった税金の額だけだから申告手続きは1分で完了。今期も経費にかかった売上税12%が全額還付される。遅ればせながら6月末に統合売上税に関する州民投票があるけど、廃止派が勝って元のように2つの売上税に別れることになったら、まためんどくさいことになるなあ。しかも、合わせて12%は変わりがないのに、還付されるのは連邦税5%だけになるし・・・。

新聞サイトを回っていたら、原発関連の賠償を巡ってすでに訴訟が起きているらしく、東京電力側が原子力損害賠償法にある「異常に巨大な天災地変」による賠償免責に該当するという見解を出していると言う記事があった。契約書などによく出て来る「Force majeure(不可抗力)条項」に似た条項だろうけど、要するに、福島原発の事故は巨大地震と巨大津波と言う「異常に巨大な天災地変」によるものだから、東電には賠償責任はないと言うことらしい。放射能汚染も風評被害も精神的苦痛もみんな補償すると言っているエダノさんは「責任は東電にある」と言ってるけどな。東電としては、社長がわざわざ福島まで行って土下座して謝って回って来たんだから、もういいじゃないかってことなのかなあ。雁首そろえてせ~のと頭下げて、謝ったんだから後は水に流せって、それはないんじゃないかい?

東電は常務以上の役員報酬を50%カットすると発表したのに大臣がそれじゃ足りんと言ったら、社長が「50%は大変厳しい数字」(だからこれでカンベンしてよ~)」と言ったそうな。去年の役員報酬は平均して3400万円だそうだから、半分になっても1700万円で、飢え死にする心配はないと思うけどなあ。役員の半分の半分ももらっていない社員なんか年収を20%も減らされるそうなのに、リッチな役員には事態が収束して落ち着くまで報酬をゼロにする!と言うくらいのガッツはないのかあ。1700万円になったら厳しいって、あんた・・・。

そういえば、何日か前にニューヨークタイムズに日本の原発政策と事業での官僚、電力会社、原子炉メーカー、監督官庁の「呉越同舟」ぶりを書いた長い記事があった。かなり深くリサーチしてあって、監督する立場にある官僚が電力会社に天下りし、技術者が保安院などの監督官庁に「天上がり」して、それぞれの馴れ合いで利益を追求した結果、「原発の安全」は二の次、三の次になっていたという話が、わかりやすく書かれていた。原子力損害賠償法の免責理由には「巨大な天災地変」があるのはわかるけど、まさか「巨大な人災」も天から降ってきた災難のうちだとは思ってないだろうなあ・・・。

花嫁はみんな世界一美しい

4月29日。金曜日。なぜか寝入りばなにカレシのいびきがすごくて、寝付いたのはそろそろ外が明るくなる頃。せっかく眠ったのに、復活祭の四連休のおかげでごみ収集日が金曜日に移動して、早朝からリサイクルトラックが来てドシャンガシャン。静かになったと思って寝直したら、ごみのトラックが来てゴーッ。しばらくして反対側から収集するのにまたゴーッ。結局、2人とも正午前に起き出した。ま、いい天気だし、今日はいろいろと予定があるから、いっか・・・。

早寝するつもりが、寝酒にレミを傾けているうちに午前3時を過ぎて、ロンドンでウィリアムとケイトの結婚式が始まる時間。(ウィリアムは未来のカナダ国王でもある。)テレビをつけたら、ちょうどケイトがウェストミンスター寺院に到着するところ。うん、シンプルでいいドレスだなあ、花嫁はこの日みんなきれいで輝いているよねえ、なんてぶつぶつ言いながら見ていたら、向かいのカレシがしょぼい冗談を言ったり、関係のない皮肉を言ってみたり、とにかくワタシの注意を逸らそうとする。ワタシの方は理由はわかっているし、理解できているつもりだけど、やっぱりうるさいから、グラスを持ってテレビのまん前に移動して「立ち見」。(カレシはあきらめずにワタシの回りをうろちょろ・・・。)

大司教が正式に結婚の成立を宣言したところまで見て切り上げたけど、ワタシは愛し合っていることが伝わってくるカップルには、王子も庶民も関係なく心から祝福を送りたい。浮気や暴力のような不幸せが待っていると知っていて結婚する人はいないはずだと思う。(お金や生活の安定が狙いなら話は別かもしれないけど、それでもやっぱり幸せになれると思って結婚するんだと思う。)どれだけ愛し合っていても、未来にどんなことが待ち構えているかは誰にもわからない。でもまあ、あの2人はきっと幸せにやって行くという気がするな。

起きて昼のニュースで改めて結婚式のビデオを見ながら朝食。きらびやかで豪華な結婚式を望むわけではもちろんないけど、ああ、ワタシも家族や友達の祝福に包まれて、花嫁として輝いて、華やぐ結婚式をしたかったなあ・・・と、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、心の奥の奥でチクンと感じる。まあ、40年近くも経ってしまった今となっては、夢は純粋にきれいな夢のままで心の中にしまっておくのが良いことはわかっているから、来世に生まれ変わったら、結婚の誓いで臆せず、迷わず、心から「I do」と言ってくれる王子様を見つけることにしよう。でも、そうは思ってもどんな人なのかまったく想像がつかないから不思議だな。あんがい、来世で恋に落ちてみたら、全面改訂版の「カレシVer. 2」だったりしてね。まっ、それも悪くはないと思うけど・・・。

朝食後、ダウンタウンに欠陥望遠鏡を返品しに行き、隣のビルにある眼科に行って2人揃っての検眼の予約を入れ、Whole Foodsによって買い物。カレシが毎年の恒例になった観があるボランティアの感謝状をもらいに行くので、早めの夕食を済ませて、モールまで送ってもらい、終わってから迎えに来てもらうまでの2時間半、銀行へ行ったり、買い物をしたり、ウィンドウショッピングをしたり・・・なんだか1日。中歩き回っていたもので、ひざも股関節もだるくて痛い。はあ、花嫁だ結婚式だと乙女チックな夢を見ているような年かいな・・・。

食べ物の恨みとえんどう豆とプリンセス

4月30日。土曜日。4月最後の日。ということは、もう1年の3分の1が過ぎたってことか。早いね、ほんと。5月と言えば初夏だろうに、カナダの大平原のマニトバでは時ならぬ大雪。積雪量が多かったために融雪で河川の水位が上がって、大規模な洪水が予測されて必死に対策を講じているのに、この大雪でさらに水量が増えるんだろうな。土嚢を積み増しても間に合わない地域が出てくるんだろうな。地球温暖化の顕著な特徴は台風やハリケーンのような熱帯性の暴風雨や、集中豪雨や豪雪、竜巻といった異常気象がさらに異常化することだそうだけど・・・。

今日は何とか平年並みの14度。カレシは庭仕事に午後いっぱい大車輪。夕食の支度の時間になって、ひと抱えもありそうなビーツの葉を持って入って来て、一挙手一投足に「イテテ・・・」。うん、庭仕事は全身運動だもんね。体中がコチコチだと言いながら、それでも「気分がすっきりしていい」とご機嫌。ビーツの葉は黄色のピーマンといっしょにごま油で炒めて、炒りごまをパラパラ。お皿にちょこっと載ったのを見て、「えっ、あれだけがこれだけになっちゃうのか」とびっくり。まあ、葉っぱの野菜は調理するとすごく減量するけど、ボリュームが減るおかげで、サラダで生食するよりもずっとたくさんの量を食べられるという利点がある。

カレシには調理した野菜はあまり好きではないという「偏食」があって、にんじんでもカリフラワーでも生で食べたがる。それでいつも何種類もの野菜が入った大量のサラダを作っていたのが、最近になって生野菜の硬い繊維質が少々負担に感じられるようになって来たらしい。元々ストレスが消化器系統にてきめんに現れる性質なんだけど、加齢と共に胃の消化能力が低下して来たのかもしれない。柔らかい摘み菜だけにしたり、みじん切りにしてサルサにしたりと、けっこう自分で工夫しているものの、一度に食べられる野菜の量が少なくなるから、今度は野菜不足になりそうだとうるさい。そこで始めたのが、「葉っぱ野菜は調理すればサラダよりもたくさん食べら
れて効率的!」という洗脳作戦。まあ、軽く蒸した野菜は何でも食べるから、「生食偏向」の原因はどうやらこてこてのイギリス人だったおばあちゃんがママに伝授したイギリス式のくたくたになるまで茹でた野菜の食感が嫌いということにあるらしい。ワタシもイギリスのパブで大量に盛られて出て来るべちゃべちゃのグリーンピースに閉口して、旅行から帰ってきてしばらくは見るのも嫌だったっけ。食い物の恨みは恐ろしいと言うから・・・。

今日はホッケーのプレーオフ第2回戦の第2試合。試合が終わらないうちに行けば酒屋は空いているだろうと予測して、第2ピリオドが半分過ぎた頃に出かけた。まず、土曜日の夕方というのに、交通量が少ない。うん、みんなテレビにかじりついているということ。酒屋へ行ってみたら、案の定、閑古鳥が鳴いている。スタッフが試飲会などをやるコーナーにある大きなテレビで試合を見ながらなにやら仕事をしている。テレビの音声を広い店内中に流しているので、レジでは客待ちのスタッフがホッケー談義。のんきといえばのんき。土曜日でもあるから、試合が終わった後でどっと客が来るんだろうな。バンクーバーが勝てば、ビールは飛ぶように売れるはず。まあ、しばしの憩いみたいなものか。ワイン1ケースとジンやウォッカを買い込んで、レジの人に「第3ピリオドが始まる前に帰らなきゃ」と軽口を叩いての帰り路は、「みんなどこへ行ったの?」というくらい閑散としていた。ほんとうにピリオドが始まる寸前に帰り着いてしまった。もっとも、その後、同点に持ち込まれて、延長ピリオド2回で負けちゃったけど・・・。

真夜中のランチはここのところジンを切らして飲めなかったマティニ。ウィリアムとケイトの背景や馴れ初め、交際のドキュメンタリーを見ながら、ふと、ケイトさんもグリーンピースをくたくたになるまで茹でるのかなあと思った。カレシ曰く、「あたりまえだろ、イギリス人なんだから」。でも、ウィリアムはイートン校や大学の寮でそういうのを食べ慣れているだろうから、愛妻料理をおいしいよって言いながら食べるんだろうなあ。「お姫様とえんどう豆」の現代版か・・・。