廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ドリス・パーカーの趣味

2022年10月16日 | Jazz LP

Yusef Lateef / Lost In Sound  ( 米 Charlie Parker Records PLP-814-S )


チャーリー・パーカーの法定相続人だったドリス・パーカーが散逸した彼の音源資産を守るために興したのがこのレーベルだが、パーカーの演奏
以外にもオリジナルアルバムをいくつか作成していて、これがなかなか聴かせるものが多い。このアルバム裏面のライナーノーツも彼女自身が
書いており、多面的な側面を持ったラティーフの真の実像をここで紹介したい、と率直な想いを書き残している。彼女にはレーベル・オーナー、
レコード・プロデューサーとしての才能があったようでこれには驚かされるが、パーカーと結婚するような人だから元々只者ではなかったのだろう。

彼女が言うように、ユーゼフ・ラティーフはフルートやオーボエなどを操りながら第3世界の音楽要素をミックスした独自の世界観を表現する
アーティストで、我々凡庸なリスナーにはなかなかその実態がよくわからないというのが正直なところだろう。そのエキゾチックな雰囲気から
カルト的アーティストとして一目置かれてはいるが、彼への理解度はその範囲を出ることはない。それは当時も同じだったようで、ドリスは
そういう呪縛を払拭させるために彼にテナーに専念させ、トランペットとリズム・セクションを充ててごく普通のハード・バップを演奏させている。
ラティーフ以外はまったくの無名アーティストたちだが演奏はしっかりとしており、一体どこから連れて来たんだ?とこれにも驚かされる。

ラティーフのテナーの硬質な音色が気持ちいいサウンドで、フレーズも普通のコード進行をベースにしたもので、彼の演奏としてはこういうのは
珍しい。トランペットもケニー・ドーハムやブルー・ミッチェルを思わせるような音色とフレーズで、何だかリヴァーサイドのレコードを聴いている
ような気分にさせられる。バックのピアノトリオ(特にドラムス)の演奏が闊達で、土台がしっかりとしているとこが素晴らしい。

どうも突拍子もないフレーズは吹くなと指示を受けていたような雰囲気があって、ラティーフは極めてお行儀よく演奏しているので、
そういう意味では少し拍子抜けする感があるかもしれない。ここで聴かれる典型的なハード・バップはこのレーベルに残された他のアルバム
全体にも共通する雰囲気で、それがドリス・パーカーの音楽的嗜好だったのだろう。ジャケットやレコードの質感がチープなので典型的な
安レコとしてエサ箱の肥やしになっているが、内容は第1級のハード・バップが聴けるいいレーベルだった。



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ヴィブラフォンが産み落とした独自のピアニズム

2022年09月03日 | Jazz LP

Jack Wilson / Innovations  ( 米 Discovery Records DS-777 )


ジャック・ウィルソンはその独特なピアニズムと他の誰にも発想できない美しいアドリブのフレーズを両立させる稀有なピアニスト。
大抵はどちらか一方で勝負するものだが、この人の場合はその2つが両立しているところがとにかく凄い。こういうピアニストはあまりいない。

50~60年代に活躍した人たちは70年代になると失速する人が大半だが、この人は失速するどころか、ますます磨きがかかった、というのも凄い。
ロイ・エアーズとレギュラー・コンボを組んでいたので、彼の演奏に焦点があたったアルバムが少ないのが難点だが、そんな中でこのアルバムの
存在は貴重だ。彼の滾々と尽きることなく湧いて出てくる美メロが存分に堪能できる傑作である。

このアルバムを聴いていると、彼のピアノはエアーズのヴィブラフォンの煌びやかなフレーズに強く影響されて出来上がったんだなということが
よくわかる。ピアノの音やフレーズの輝き方がヴィブラフォンのそれに通じるからだ。だから彼のピアノはメロウだとして人気があるのだろう。
演奏の発想が普通のジャズ・ピアニストとは根本的に違うのはあまりに明白だ。

作曲力も高く、自作が半分以上を占めるため、音楽自体が非常に新鮮なのだ。聴き飽きたスタンダードなどなく、初めて聴くことになる美しい
曲群にメロメロになる。"Waltz For Ahmad" なんてケニー・バロンが弾きそうな珠玉の名バラードで、夏が終わり、秋へと変わろうとしている
この時期にはピッタリの名曲だ。曲によってはエレピとコンガが疾走するレア・グルーヴなパートも取り込み、どこを切り取っても美味しさは満点。
センスの良い自由な発想が、聴き手の心を大きく開放するのだ。これを聴くと、自分の中で澱んでいた感情が一掃されて、新鮮な空気に入れ替わる
のがわかるだろう。



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ケニー・ドーハム 中期の佳作(2)

2022年06月18日 | Jazz LP

Kenny Dorham / The Arrival Of Kenny Dorham  ( 米 Jaro JAM-5007 )


タイム・レーベルの "Jazz Contemporary" の1ヵ月前に録音されたのがこのアルバムで、メンバーもピアノ以外は同じ構成で、この2枚は兄弟の
関係にある。こちらはトミー・フラナガンがピアノを担当しているが、これがこれら2枚のアルバムの性格を異にしている。

フラナガンのバッキングやソロは従来のハード・バップ・マナーで、このアルバム全体のトーンを普通のハード・バップに染めている。
そのため耳馴染みが良く、誰からも好かれるであろう非常にわかりやすい音楽になっている。ヴィクター・ヤングの "Delilah" でのソロ・パートの
エレガントさは如何にもこの人らしい。

また、このアルバムで顕著なのはドーハムの饒舌さで、これが珍しい。ヴィヴィッドで鮮やかな音色で鋭く切り込むような演奏をしていて、
彼のアルバム群の中でもトップクラスの力の込められたプレイだ。チャールズ・デイヴィスの重量級バリトンが霞んであまり目立たない。
アルバムによってなぜこうも演奏の仕方にムラがあるのかよくわからないが、彼のトランペッターとしての側面を知るには打ってつけだろう。
彼のトランペット奏者としての位置付けは、ハンク・モブレーのテナー奏者のそれと似ている。トップランナーではないが、リーダー作を
任せるには十分の力量はあり、共演者として重宝されるので残された演奏は多く、愛好家にはお馴染みのプレーヤーになった。

このアルバムは選曲も良く、ハード・バップの雰囲気が上手く出せる楽曲が丁寧に選ばれており、ブッチ・ウォーレンのソロがメインの曲が
あるかと思えば、"Lazy Afternoon" のような幻想的な楽曲もあるなど、1曲ずつしっかりと聴かせて飽きの来ない構成になっているところが
ドーハムの知性だったのだろう。細部にまで神経が行き届いた作りになっていると感じる。

トランペッターとしての姿と成熟したハード・バップの2つの要素がどちらかに偏重することなく、ちょうどいいバランスで配合された
完成度の高いアルバムで、高名だが各アルバムは地味な印象のドーハムの真の実力がよく表れたいいアルバムではないかと思う。

ただ、一旦この路線はこれで十分と考えたのか、翌月の録音ではピアノをスティーヴ・キューンに代えている。
これにより、次作は新しい風が吹く爽やかな内容に仕上がることとなった。これは正しい判断だったのではないだろうか。



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クロード・ソーンヒル まとめ買い

2022年04月24日 | Jazz LP



エサ箱が干ばつ期のアフリカ大陸並みに干上がって久しい。もう1本釣りすることは叶わないので、こういう買い方をすることが多くなった。

1枚480円で大半がシールドのソーンヒルが纏めてエサ箱に入っていたので、全部根こそぎ拾って来た。ラジオ録音のものは全番号が揃っている
わけではないけれど、こういう機会でもなければ手に入ることはない、それなりに厄介なレコードたち。ビッグ・バンドは人気がないから、
出れば例外なく安いけれど、これがなかなか出回らない。

40年代がピーク期だったこともあり、正規録音が少なく、クロード・ソーンヒルが一番好きな楽団だけにそれが残念でならないけれど、
そういう人は私だけではなかったようで、こうしてラジオ放送音源が残されている。1941年の演奏なんてレコードだとSPしかないから
音質面では期待できないけれど、こういう放送録音の場合は意外に聴ける音質なので、逆にこの方が有難いわけだ。

在宅勤務が定着したおかげで聴く時間はいくらでもあるから、レコードなんて何枚あっても困らない。コロナ禍で世の中が様変わりして
レコード供給も聴く側も状況が一変したので、レコードの買い方もそれに準じて変わっていく。



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真の実力が発揮された佳作

2022年03月06日 | Jazz LP

The Junior Mance Trio / That's Where It Is !  ( 米 Capitol ST-2393 )


ジュニア・マンスはボビー・ティモンズなんかと一緒で、大抵「ファンキー」やら「ブルージー」の一言でかたづけられてしまって、
それ以上顧みられることはない。このわかったようなわからないような形容のせいで軽く扱われてしまっているのは何とも残念だし、
そもそもこれらが本当に適切な表現なのかどうかも怪しい。

1947年にジーン・アモンズのバンドに参加したのを皮切りに、レスター、パーカー、スティットとの共演、兵役を経てキャノンボールの
最初のバンドのレギュラー・ピアニストを務め、ダイナ・ワシントンの歌伴もやるなど、自身のリーダー作 "Junior" を作るまでに長いキャリアを
積んでいる。その後、リヴァーサイドと契約してトリオ作を多数リリースすることで独立したピアニストとして認知されるようになった。
その次に契約したのはメジャーレーベルのキャピトルで、このアルバムはその時期のもの。

どこかのラウンジでのライヴ録音のようだが、観客のたてる雑音が聴こえないことから(アメリカの観客にしてはお行儀が良すぎる)、
もしからしたら拍手は後からオーヴァーダブされたものかもしれない。非常にいい音で録音されているので、彼の繊細なタッチやピアノの
音色の美しさがこれでもかという感じで聴くことができるが、これでわかるのは彼の演奏は物凄く洗練されている、ということだ。

レッド・ガーランドにも劣らないくらいに音色の粒立ちの良さが際立っているし、正確なタイム感と抑制の効いたフレーズに圧倒される。
「玉を転がすような」とはこういうことを言うのだろう。

ブルース形式の曲がメインとなっているが、そのブルース感は上質で、「ブルージー」という語感からはほど遠い。
そういう雰囲気よりも上品なピアニズムが生み出す快楽度のほうが遥かに高い。他のピアニストを寄せ付けない、独自の輝きを持っていると思う。

ジョージ・タッカーのベースもクリアに録られていて、音質的にはパッとしないキャピトルのイメージを根底から覆す高音質が嬉しい。
イージーリスニングっぽいという先入観を裏切る素晴らしいピアノトリオの演奏が聴ける。



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ギターを堪能したい時に

2022年02月20日 | Jazz LP

Mike Elliott / Atrio  ( 米 ASI 5003 )


シカゴ生まれのジャズ・ギタリストで、ミネアポリスのローカル・レーベルに数枚のリーダー作を残していることしかわからない、
無数の無名ミュージシャンの中の一人で、これは彼のファースト・リーダー作のようだ。

1974年リリースということで、古い4ビートに縛られることのない、この時代の空気に沿った音楽が展開されるが、ギター、ベース、ドラムス
という好ましいフォーマットで、しっかりとジャズの雰囲気が感じられる。70年代のジャズがそれまでのジャズと違う雰囲気になるのは
ひとえにドラムスの演奏の仕方が変わることに拠るところが大きい。ここでもいわゆる4ビートは登場しない。

エリオットのギターはびっくりするほど上手いというわけではないが技術的にはしっかりとしていて、聴き応えがある。
数曲のスタンダードで聴かせるヴォイシングも上手く、音楽的にも不満はない。

ガッツリとギターを堪能したい時にはうってつけのアルバムだ。高名なギタリストのアルバムにはこういう弾きまくっている演奏が
あまりないので、そういう時のカタルシスになる。ギターという楽器はボディーが小さいので元々音が小さいし、構造的にも音の表情付けが
難しいので、延々と弾いていると単調になりがち。だから巨匠たち抑制されたプレイで陰影感が出すが、若い演奏家のデビュー作らしく
そんなことはお構いなしでガンガン弾いている。このアルバムはそこが気持ち良くて、とてもいい。


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彼女はおそらく誤解されている

2022年02月13日 | Jazz LP

Joanne Brackeen / New True Illusion  ( 蘭 Timeless SJP 103 )


ジョアン・ブラッキーンと言えば、スタン・ゲッツのバンドで無骨にガンガン鳴らしていた人、というイメージが一般的ではないかと思う。
私もかつてはそう思っていたし、「アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに参加した唯一の女性ピアニスト」という現代では
間違いなく問題になるであろう紹介のされ方をするのがお決まりで、とにかく男勝りというイメージだろうが、これは明らかに誤解である。
ろくに聴きもしない上に、更に前時代的な冠を付けるもんだから、一向にそのイメージは回復しない。

1938年生まれだからチック・コリアの3歳年上だが、そういう世代の人で、プロとして活動を始めたのがハード・バップがピークを越えた頃だから、
そういうものが身体に染み付いていない次世代のピアニストだ。そのピアノは一聴すればわかる通り、チック・コリアの影響が濃厚だ。
打鍵がしっかりしていてピアノがよく鳴っていて、基礎がしっかりとしていることがよくわかる。ただ、やみくもに弾くようなことはなく、
優雅にレガートするところはするし、可憐な音でわかりやすい旋律を歌わせることもできる。

このアルバムはベースとのデュオということもあり、彼女のそういう本来的な姿がヴィヴィッドに捉えられている。マッコイの "Search For Pease"
なんて、まるでECMの耽美派ピアニストたちの演奏を大きく先取りしたような感じで驚かされるし、"My Romance" で聴かれる彼女のピアノは
ビル・エヴァンスのよう。ベースのクリント・ヒューストンもそうだが、この演奏ではエヴァンス・トリオの演奏の物真似をしようという魂胆が
あったんじゃないだろうか。そう思わせる演奏になっている。

しかし、何と言っても冒頭の "Steps - What Was" が本作の白眉で、チック顔負けの演奏を聴かせるのが圧巻。彼への敬愛の念がほとばしる
見事な演奏で、以降、全編彼女の美しいピアノの音色にガツンとやられる傑作となっている。チックの "Now He Sings~" が好きな人には、
このアルバムは非常な好意をもって迎えられるだろう。


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キュビズム採用の意味を探ると

2022年02月11日 | Jazz LP

Jimmy Rowles Trio / Rare - But Well Done  ( 米 Liberty LRP 3003 )


ビリー・ホリデイやペギー・リー、サラ、エラ、カーメンらの歌伴としての活動やゲッツ、ズートらのバックの演奏で名を上げた人だが、
並行して自己名義のアルバムもそこそこ残している。その割にはジャズ・ピアニストとしての名声はさほど高くなく、"シブい人" の代表格
として扱われるのがお決まりになっているが、それはなぜだろうか。

ワレがオレが、という姿勢がなく、終始穏やかな作風だったし、3大レーベルやメジャー・レーベルにも作品が残っていないことなどが
主たる原因なんだろうけど、ただそれだけのせいということでもなさそうである。結構捻りの効いた作品が多い中、50年代に残した
このアルバムがピアノ・トリオとして最もストレートな作風だけど、これを聴くとなぜ彼が "シブい人" なのかが垣間見えるような気がする。

歌伴のスペシャリストらしく、知られざる佳曲で固めたハイブラウなリスト内容を非常にデリケートなタッチで仕上げている。
レッド・ミッチェルとアート・マーディガンの手堅いバックアップも見事で、トリオとしての纏まりは完璧だと思える。
そんな中、彼の弾く旋律を追い駆けていくと、ある特徴に気が付く。楽曲のオリジナル旋律は一くさりだけサラっと弾いて、
あとはアドリブというか、まったく別の旋律が洪水のごとく流れ出すのである。それはさながら別の曲を弾き始めたかのようで、
例えばこれはガーシュウィンの "Lady, Be Good" のはずなのに、まったくそうは聴こえない。ここにギャップ感というか、
まったく別の処へと連れて行かれて途方に暮れてしまうような気持ちにさせられるのである。話をしているんだけど、本当に語りたいことは
全然別のところにあるんだよと言わんばかりで、聴いている方はどこか煙に巻かれたように戸惑うことになる。

意図的にそうしているのか元々の気質なのかはわからないけど、これが音楽にある種の抽象性を帯びさせている。
多かれ少なかれ、ジャズというのはそういうタイプの音楽であることは承知してはいるけれど、観劇の最中、いつの間にか違うストーリーが
あくまでも自然に展開されてしまっていて、あれ、自分は何を観せられているんだろう?と軽い混乱に陥らされる。
この不思議さが彼の音楽の印象を決定付けている。平易な内容にもかかわらず、そこには緩やかな抽象性の世界が拡がっている。

そう考えると、このアルバム・ジャケットに描かれたキュビズムの絵画の意味も理解できるのである。ポピュラーな音楽なのに、
なぜこんな奇妙な図柄が採用されたのか初めはよくわからなかったが、レコードから流れてくる音楽をよくよく聴いていくと、
当時の人も同様の感想を持ったからだったのではないだろうか、と思わざるを得ない。これはベーシストのハリー・ババシンが
プロデュースしたアルバムだが、どこか謎かけが施されたかのような印象が残り、ポピュラリティーを獲得するには至らなかった。

90年代にスペインのフレッシュ・サウンズが "Jazz In Hollywood Series" と題して、ルー・レヴィなんかと一緒に別ジャケットに仕立てて
再発した。この時のジャケットも悪くはないけれど、元々あった不可思議さはどこかへ消えてしまい、別の印象を与える別レコードとなった。


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上善は水の如し

2021年11月14日 | Jazz LP

John Puchett / Meet John Puckett And His Piano  ( 米 King Records 546 )


部屋の模様替えをする必要があって、レコードの棚卸をしていたら出てきたレコード。持っていることなんて、すっかり忘れていた。

正体不明のピアニストで、ネットで調べると過去に言及されたのはマイナー盤に光を当てる "A Place In The Sun" での記事1度のみ(さすが)。
面白い話が紹介されていて、どこかのお店のHPで25万円で売られていて(どこだろう?)、それが売れたのを目撃したけど、どう考えても
こんな値段になるレコードには思えず、おそらくネット上の値段表記は桁間違いだったのだろう、という冷静な考察をされている。

実際のところはどうなんどろう、と以前旧ヴィンテージの池田さんに「どう思いますか?」と訊いてみたら、「確かに珍しいレコードだけど、
25万はあり得ない、どんなに頑張っても2~3万が限度だと思う」とのことで、常識ある人たちの結論はみな一緒だった。

桁間違いじゃない場合、こういう不可解な値段を付ける店と言えば1軒思い当たるフシが無きにしも非ずだけど、私が拾った時も1,700円だったし、
改めて中古レコードは水商売なんだよなと思わされる。このレコードを見るたびに「ぼったくりには気を付けなきゃ」と自戒の念を覚える。

正体不明のピアニストにこれまた正体不明のベースとドラムが付くピアノ・トリオによるスタンダード集だけど、上善如水のようなクセのない
ストレートな演奏で、カクテル・ピアノなんかではなく、ダレたり退屈するような感じはないけど、取り立てて印象に残るようなところもない。
変な先入観なく聴けば、まずまず普通のピアノ・トリオによるスタンダード集として聴ける。

新宿の東口界隈を歩いていると「路上勧誘は犯罪、ぼったくりに注意!」という街頭アナウンスがいつも大きな音量で流れている。
レコード漁りをした帰り道にこのアナウンスを聴かされると、「今日は俺、ぼったくられなかったかな?大丈夫かな?」とつい考えてしまう。


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アート・ペッパーのお手本は誰だったのか

2021年06月19日 | Jazz LP

Marty Paich Quartet featuring Art Pepper  ( 米 Tampa RS 1278 )


後味の悪いパーカーを聴いた後の口直しには大甘のアート・ペッパーがちょうどいいが、これはただの甘口ではない。
このアルバムのペッパーのアルトには、よく聴けば、苦み走ったところがあるのがわかる。一聴するとただの甘口のような印象だが、
よく聴くと甘味なのは4人が演奏している音楽がそうなのであって、ペッパーのアルトの音色自体は峻厳な色味を帯びている。
この唐辛子が混ざったバニラアイスのような、アンビバレンツな微妙さがうっすらと漂うところに本作の価値があるのだろう。

パーカーのことを想いながらこれを聴いていると、アート・パッパーは一体誰をお手本にしてアルトを吹いたのだろうと不思議に思う。
これは、アート・ペッパーを巡る大きな謎の1つである。

これだけパーカーの影響を感じない、パーカーから最も遠いところにあるアルトは、ポール・デスモンドを除くと、この人ただ一人だろう。
レコーディング・デビューだったディスカヴァリー・セッションの時点で、すでにアート・ペッパーは完成していた。ご多聞に漏れず、彼も
レスター・ヤングをコピーして育ったが、出来上がった演奏はレスターとは似ても似つかない姿だった。楽器の吹き方が他のサックス奏者とは
根本的に違っていて、ある意味、奏法としては邪道だったのかもしれないと思わせる。音楽学校では教師からダメ出しされ、コンテストに出れば
技術点で減点されて落選するような。

ジャズ史の中で道の真ん中に突然ポツンと現れた孤児のようなその立ち位置にも意を介さず、代替の効かない演奏を残してくれたおかげで
我々愛好家の気持ちはどれほど潤ったことか。果たしてジャズと呼んでいいのかどうか逡巡するほどポップで甘いこのアルバムも、
忘れた頃にターンテーブルに載せて聴くと、その良さがじわじわと心に染み入ってくるのを感じることができる。


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タイムマシーンのような

2021年04月03日 | Jazz LP

Donald Byrd, Barney Wilen / Jazz In Camera  ( 独 Sonorama L-65 )


1958年に映像作品のサントラとしてパリで録音されながら、映像もレコードも未発表のまま終わってしまったプロジェクトの音源が
21世紀に入ってからようやく陽の目を見たというアルバム。50年代後半のフランスではジャズは外国産の前衛芸術で、商業ベースに
乗るのは難しかったから、こういう話は珍しくない。リリース当時は私はレコード漁りを止めていた時期だったので、当時の反響が
どういう感じだったのかはよくわからないが、50年代の雰囲気をうまく伝えるジャケットデザインといい、盤を触った時の質感といい、
なかなかよく出来ている仕上がりだと思う。

ドナルド・バードとダグ・ワトキンス、ウォルター・デイヴィスやアル・レヴィットらのアメリカ勢が参加しているが、どういう経緯だったのかは
よくわからない。このためにわざわざ4人して渡欧したのか、たまたま各々が現地に来ていたところを捕まえられたのか。
いずれにしても、珍しい組み合わせではないだろうか。

当然、「死刑台のエレベーター」や「危険な関係」を想い出すわけだが、このアルバムで聴かれる音楽は2作ほどの深い濡れたような情感は
感じられず、アメリカのマイナー・レーベルのような雰囲気だ。ただ、バルネのテナーがよく効いていて、そこは聴き応えがある。

録音も良好で、程よい残響感に包まれながらスタジオの静かな環境の中できれいに録られている。ワトキンスのベース音がブーミーなのは
御愛嬌だが、重低音がよく効いている。管楽器の鳴りは良く、ジャズのムードが満点だ。

インパクトのある楽曲に欠けるので名盤扱いされないだろうが、それでも当時の雰囲気をよく伝える内容で、聴いていて満足感が高い
タイムマシーンのようなレコードではないか。


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チック・コリアの訃報に接して(2)

2021年02月28日 | Jazz LP

Chick Corea / Now He Sings, Now He Sobs  ( 米 Solid State SS 18039 )


のっけからヴィトウスとヘインズのカッコよさにヤラれてしまう、画期的なピアノ・トリオ。1968年にこのようなピアノ・トリオの作品が
出てきたことが驚異的だろう。それまでの誰にも似ておらず、これ以前には聴くことができない音楽だ。

ロイ・ヘインズがここまで現代的なプレイをしたのは、これ以前では聴いたことがない。繊細でいて大胆、触ると手が切れるようなリズムで
音楽を煽る。ヴィトウスの暗い音色が不気味に音楽に覆いかぶさり、この音楽に独特の陰影を与えている。

主流だったバップ系との決別を高らかに宣言し、以降のピアノ・ジャズのお手本になった。こういうのが出てきた影響で、例えばビル・エヴァンス
なんかは徐々に片隅へと追い込まれていくことになる。68年と言えば、エヴァンスは "Alone" やモントルー・ライヴをリリースしていた年だが、
もはや同じジャンルの音楽とは思えなくなってきていて、その距離感の大きさは否定しようがない。50年代から活躍してきた大物たちとは
価値観が違う若手が、それまでとはまったく違う感覚でジャズをやり出した、これはその第一歩だったと言っていい。

冒頭の "Steps - What Was" では曲の中盤あたりで突然美メロが出てきて、これがAメロだったのかと気付いて驚かされるのも、
チック・コリアならでは。既にこの頃からこういう作風だったんだなあと感心させられる。

現代ジャズの扉を開けたアルバムとして、このアルバムの存在の重さは計り知れない。 "Kind Of Blue" や "The Shape Of Jazz To Come" なんかと
同じ意味合いを持つ作品として評価しなければいけないアルバムだと思う。 そして、それが管楽器奏者ではなく、ピアニストが管を抜いて
やったところが象徴的だと思う。ピアノを管楽器や歌のバッキングという役割から解放し、スタンダードをきれいに歌わせなければいけない
ノルマからも解放し、ピアニストの存在こそがジャズそのものであると世に認識させたのではないだろうか。

この直後に、トニー・ウィリアムスの推薦を受けてマイルスのバンドに加わり、彼のキャリアは大きく前進していく。ジャズの最前線に立ち、
時代を動かしていくことになるチック・コリアの、これが最初の決定打。このアルバムは本当に素晴らしい。



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実は良質なハード・バップ

2021年01月09日 | Jazz LP

Tony Scott / Free Blown Jazz  ( 米 Carlton STLP12/113 )


聴いてビックリの高音質盤。1957年11月16日の録音だが、59年に発売されている。珍しいメンツの組み合わせだが、LP2枚分の録音を
しており、もう1枚はSeccoから発売されている。どういう経緯のリリースなのかはよくわからない。このカールトンというレーベルは
RCA Victor の傍系レーベルだがジャズ専門ではなかったし、レーベルが企画した録音ではなく、誰かが御膳立てした録音で、その後に
版権を買い取っての発売だったんじゃないかと思う。

それぞれ持ち味があるメンバーが集まっているが、その誰か固有の色が付いた音楽ではなく、共通言語のハード・バップになっていて、
これは穴場のレコードだと言っていい。サヒブ・シハブの重量級バリトンが効いているが、トニー・スコットもバリトンに持ち替えて
演奏している楽曲もあり、とても聴き応えがある。一流の奏者ばかりなのでクオリティーが高く、ちょっと驚かされる内容だ。

トニー・スコットとジミー・ネッパーの名義になっているが、この2人が特に目立つような感じではなく、みんながそれぞれいい味を
出している。やはりビル・エヴァンスの演奏が一番気になるわけだが、自身のスタイルが出来上がりつつある上り坂の時期であり、
彼の独特のリリシズムがこのアルバムを平凡なハード・バップ・セッションに流れることを防いでいると思う。ハード・バップはピアノが
重要なキーになるのだということがこれを聴くとよくわかる。"Body And Soul" でのソロなんて、まるで "Flamenco Sketches" だ。

モノラルは聴いたことはないけど、このステレオは時代を考えると極めて良好な音質で、この演奏の良質さをうまく後押ししている。
安レコということでまともに相手にされていないのが残念でならない。


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間を聴くピアノ・トリオ

2021年01月02日 | Jazz LP

Pete Malinverni / Don't Be Shy  ( 米 Sea Breeze Jazz SB-2037 )


昨年末の猟盤は不調を極め、12月に入って拾えたのは3枚だけ。一体、いつになったら回復するのやら。
それでも内容には満足しているので、楽しんで聴いている。これはその中の1枚。
初めて聴く人だが、あまりの良さに久し振りに衝撃を受けた。まだまだ優れた演奏はあるものだ。

ゆったりとしたテンポの楽曲がメインで構成されていて、非常に間の多い演奏が心地よい。こんなに優雅なスイング感に浸るのは
長らくなかったような気がする。写真を観る限りでは若い人のようだが、落ち着き払った弾きっぷりが素晴らしい。
若い演奏家には大抵の場合、どこかに野心があるものだが、この人はそういうものはどこかに置いてきたかのようだ。

全編に歌心が溢れていて、紡ぎ出される優しいフレーズが終始語りかけてくる。やっぱりそれがどんな音楽であっても、
歌を忘れてはいけないのだ、ということを想い出させてくれる。最小限の音数で、最大限の効果を生み出している。
ピアノが表面的な綺麗さに流れず、適度の粘りが効いており、過去の名盤たちに共通するある種の香りが濃厚だ。

そして、バックのメル・ルイスのブラシ・ワークが最高だ。まるでデビーのモチアンのようなブラシさばきで音楽をゆったりと揺らし、
全体を上品な質感に仕上げている。最後に置かれた "Who Cares" の何と素晴らしいことか。ピアノ・トリオの快楽の結晶のようだ。

選曲も良く、私好みの名曲がずらりと並んでいるのが嬉しい。エヴァンスやファーマーの愛奏曲を上手く消化して、
オリジナルな音楽として提示してくれている。これはまちがいなく傑作。最後まで手放すことはないだろうと思う。


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唯一のリーダー作が語るその後

2020年11月13日 | Jazz LP

Barney Bigard / S/T  ( 米 Liberty LRP 3072 )


私の知る限りでは、バーニー・ビガードのリーダー・アルバムはこれ1枚だけである。このリバティー盤は1955年にリリースされているが、
この時期にこういう古いスタイルのリーダー作が出るのは珍しい。

30年代のエリントン楽団で活躍していた頃の話は語られるけれど、退団後の活動はよくわからない。ジャズと言えば、40年代後半から
始まったビ・バップからハード・バップがメインとなり、こういうオールド・ジャズは日陰の(少なくとレコード産業、ジャーナリズム、
そして一般的な聴衆にとっては)存在に周るため、この分野の人たちが何をしていたのかがよくわからなくなる。

このアルバムは、当時ビガードが一緒に演奏していた人たちを集めて、自作のオリジナルとオールド・ジャズのスタンダードを選んで
レコーディングした肝入りの内容だ。この人は文才があったようで、自伝を書いているし、このアルバムのライナーノートも自分で
書いている。

リーダー作とは言っても、自身の演奏を全面に押し出すのではなく、あくまでもグループとしての演奏に終始しているので、
ビガードのクラリネットを堪能するという感じではない。彼のクラリネットの凄さを聴くなら、エリントンのレコードの方が
向いている。後任のジミー・ハミルトンは退団後もリーダー作がいくつか残っているのに、この人のレコードがこれしかないのは、
前に出て目立とうとはしない人柄が影響していたのかもしれない。

アルバム最後に置かれた "Mood Indigo" は彼が書いた代表作。しっとりとして憂いに満ちた静かな演奏で、心に染み入る。
このアルバムを聴いていると、ルイ・アームストロングやエリントンらと共に世界を股にかけて活躍した若い日々の後、
気の合う仲間と過ごした彼の穏やかな生活が目に見えるような気がする。


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