Ella Fitzgerald / Sings The George And Ira Gershwin Song Books ( 米 Verve Recods MG V-4029-5 )
昔、車のCMで使われたエラの歌う "Someone To Watch Over Me" が画面の優雅な映像とマッチしていて素晴らしく、聴き惚れた。
しっとりと濡れて情感がこもった歌が本当に素晴らしくて、短い時間の歌声だったにもかかわらず釘付けになった。
その歌声がここに収録されている。
5枚組の豪華なボックス仕様で、EPが1枚、ハードカヴァーの解説書、ベルナール・ブュフェの絵画シートが5枚入った、狂気すら感じる装丁。
ピカソのコレクターとしても知られるノーマン・グランツの究極の仕事である。そして、その激しい情熱を彼から引き出したのがエラの歌唱。
1人の歌手のアルバムで5枚組というのは後にも先にも例がない。それはこの2人だからこそできたことだし、5枚を途中で飽きることなく
聴き続けることができることは奇跡に近いことである。
この録音は正に彼女の最高峰。エラはこれ以上ない繊細さで全てを抑制していて、一分の隙も見せない。声には透明感と艶があり、真っ直ぐに
伸びて何キロも先へと届きそう。それでいてコロラトゥーラのようでもあり、子守歌のようでもあり、ガーシュインの世界観を超えた彼女の
世界が拡がっていく様は圧巻以外のなにものでもない。単なるジャズ・ヴォーカルというような言葉では到底語れない作品なのである。
全部を聴いてもいいし、この中から自分のお気に入りの曲、例えば "Oh, Lady Be Good" なんかをセレクトとして街中に連れ出せば、世の中の
景色は違って見える。作品としての凄さを享受しながらも、もっと身近な存在として彼女の歌声は聴き手を慰撫してくれる。