[4月下旬 時間不明 地獄界某所にある蓬莱山家 蓬莱山鬼之助]
「……せっかく手に入れた“獲物”やき、大事にせなアカンっちゅう掟は知っとるよね?」
「へ、へへ……そりゃもう……」
広くて大きな日本屋敷。
その一室の畳の上に正座して畏まるキノの姿があった。
卓を挟んで向かい合わせに座るのは、艶やかな着物姿の美しい女性。
キノと同じく赤銅色の肌をしており、赤鬼であると分かるが、キノの黒髪に対して女性の方は銀髪である。
険しい顔をしてキノを叱責しているのは、蓬莱山家の長姉、美鬼(みき)であった。
キノと違って、西日本訛りの口調である。
「相手……栗原江蓮ちゃんは今時貴重なAクラスや。もしかすると、蓬莱山家の名誉にも関わってくるかも分からんのやで?」
「は、はい……」
「で、何なん?この“苦情申し立て書”は?え!?」
バン!と1枚の書類を出し、テーブルを強く叩く美鬼。
ビクッと体を震わせるキノ。
苦情申し立て書は“獲物”……例えばこの場合、江蓮がキノの態度があまりにも悪いので何とかしてくれという苦情をキノの実家、蓬莱山家に提出する書類のことである。
群れ単位で活動する妖狐族にはこんなものは無いが、家族単位で活動する鬼族にはあり、苦情申し立て書を受け取った家族は速やかに対応しなければならない。
「そ、それは……その……どこで見つけたのでしょうか……?」
「アンタの部屋の机の裏!部屋を掃除してたら見つけたんよ。アンタまさか、隠してたん?」
「い、いえ、そのような事実は……一切ございません……。事実無根です……」
「内容は主に、アンタに毎日セクハラされて困っとると。アンタもええ歳やき、女の子に興味を持つのは分かるけどね、苦情が出るって何なん?怒らんから、正直に言うてみい?」
「え、えと……それは、その……。早いとこ契りを交わしたいのに、江蓮のヤツ、ガードが固くて……。それで、その気にさせようとオッパイ触ったり、ケツ触ったりしたくらいですが……」
「人のせいにしなさんな!」
バンッ!(←思いっきりテーブルを叩く音)
「オーマイガッ!……今、怒らないって言った……」
「全く!アンタは何かあったら、すぐに人のせいにして!その態度がアカンのよ!アンタはもっとウチやオカン、オトンの言う事よく聞いて……」
「?」
その時、キノは説教に夢中になってる姉の背後、襖の隙間から弟や妹が様子を伺っているのに気づいた。
弟は人間で言えば高校生、妹は中学生くらいになる。
その妹、魔鬼(まき)がジェスチャーで何か聞いて来た。
(キノ兄ィ、そこでテレビ見たいんだけど、まだ説教終わりそうにない?)
さすが血の通った兄弟。キノはすぐに分かって、サインを送り返した。
(そんなことより、この様子じゃ、まだ気づいてねぇみてーだ。アレ、姉貴に見つかる前に隠しといてくれ。停職食らう前に溜め込んだ、あの忌まわしき始末書の数々!)
(そんなの知らないし!だいたい、全部キノ兄ぃが悪いんじゃん)
(そんなこと言ってると、今よりもっと恐ろしいモノを見ることになるぞ?オカン達よりもっと怖い姉貴の“アルマゲドン”ってヤツをさ!)
キノは頭の上に両手の指を立てて、鬼の仕草をした。
が!
「アンタ、ウチが説教しとるっちゅーに何しとんの?」
美鬼にバレた!
「あっ!?えっ、えー……これは……これはその……。そう!牛っすよ!牛!モーモーモーのモーモーモー!」
「でやぁーっ!」
蓬莱山家に長姉の怒声と鈍い音が響き渡った。
美鬼は傍らに置いていたコブ付きの金棒を取り、力任せに大きな弟を引っ叩いて折檻した。
(こりゃダメだ……)
(一時退散ってことで……)
魔鬼と弟の鬼郎丸は抜き足差し足忍び足で、その場を離れようとした。が、
「ん?そこに魔鬼達おんの?」
鋭い長姉に気付かれてしまった。
(ヤバっ!)
バビューンと一目散に逃げるは次兄の鬼郎丸。
(キロ兄ぃ、速っ!)
「そう言えば魔鬼、アンタもこの前の学力テスト、大して良う無かったんな?おるんなら、こっち来ィ」
魔鬼も慌てて逃げ出した。
「こらっ!アンタ達、どこ行くん!?アンタ達も兄さんに何か言ったって!!」
長姉の美鬼が慌てて下の弟達を追い掛ける。
「……!?」
その時、キノは背後の障子が少し開いているのに気づいた。
開けると、すぐ外の世界が広がっている。
腐臭漂う風の流れに乗って、亡者達の苦悶の声が僅かに聞こえてくる。
「……よし!」
キノは意を決したかのように、屋敷の外への脱出を試みた。
が!
ガシッ!(後ろからキノが羽交い絞めにされる)
「なに逃げようとしてんの、アンタわ!?まだ話は終わってないよ!」
「す、すいません!もう終電がーっ!」
「アホ言いなさんな!冥界鉄道に初電も終電も無いよっ!」
「いや、JR山手線です!」
「アンタの“獲物”は埼玉在住でしょうが!山手線がどこに出てくる言うんよ!?」
ズルズルと引きずられるキノ。
バンッ!(障子が乱暴に閉められる音)
[1時間後]
正座して平伏すキノの姿があった。
「これからはちゃんと良識ある行動取るんよ?分かった!?」
「……はい。存分に承知しました……」
「せっかくのAクラスの“獲物”やき、ちゃんと大事にするんよ?」
「……ということは、今の自分は『獲物を大事にしていない認定』なのでしょうか?」
しかし、美鬼はそれには答えず、スッと立ち上がった。
「分かったら、今日1日は家で反省しとき。じゃあウチ、アンタの部屋の整理をしてくるから」
「え?」
「アンタが1日でも早う復職かなって、大手振って家に帰れるのを待ち侘びとるんよ、これでも……」
その時、既に長姉からは鬼のような形相が消えていた。
「ふう……」
長姉の姿が無くなったことを確認した魔鬼と死郎丸は、ようやく居間に入ることができた。
「終わったの、キノ兄ぃ?」
「おう。終わった終わった。こんなの、神妙な顔して頭下げときゃ台風は過ぎるってもんだ」
「全然反省してないだろ、兄貴?」
弟が呆れた顔をしていた。
「そんなことより、始末書隠しといてくれたか?」
「一応ね」
「へへっ、サンキュー」
「何でいつもオレ達が兄貴のとばっちりと尻拭いさせられんだよ?」
「ああ、そうだな。確かにいつもお前らには迷惑掛けっ放しだったな。よーし、じゃあ今度人間界に連れて行って、マック奢ってやる」
「マジ!?」
「おうよ。そうと決まったら、明日から人間界に行く準備しとかないとな」
「で、お姉ちゃん、どこに行ったの?」
「何か、オレの部屋の掃除してくれるってさ」
「!」
「ああ見えて、姉ちゃんも、忙しくていつも家にいない父さんや母さんの代わりをしてくれてるんだから、兄貴ももっと気ィ使ってやんなよ」
「おっ?お前も言うようになったな?」
「いや、でも……」
「ん?どうした魔鬼?蒼い顔して?オレ達、赤鬼なんだから、蒼くなってどうするよ?」
「魔鬼、そういえば兄貴の始末書、どこに隠したんだ?」
「キノ兄ぃの部屋の……」
「ん?」
「あ?」
「押入れの……中……!」
台風は突然やってくる!
「くぉらーっ!鬼之助ーっ!何なんこの始末書の山はーっ!!」
「ひぃぃぃっ!」
「きゃあーっ!」
「ひえええっ!!」
突然の落雷に、下の鬼族の兄弟達は鬼と化した長姉の襲来に逃げ惑うだけだった。
「……せっかく手に入れた“獲物”やき、大事にせなアカンっちゅう掟は知っとるよね?」
「へ、へへ……そりゃもう……」
広くて大きな日本屋敷。
その一室の畳の上に正座して畏まるキノの姿があった。
卓を挟んで向かい合わせに座るのは、艶やかな着物姿の美しい女性。
キノと同じく赤銅色の肌をしており、赤鬼であると分かるが、キノの黒髪に対して女性の方は銀髪である。
険しい顔をしてキノを叱責しているのは、蓬莱山家の長姉、美鬼(みき)であった。
キノと違って、西日本訛りの口調である。
「相手……栗原江蓮ちゃんは今時貴重なAクラスや。もしかすると、蓬莱山家の名誉にも関わってくるかも分からんのやで?」
「は、はい……」
「で、何なん?この“苦情申し立て書”は?え!?」
バン!と1枚の書類を出し、テーブルを強く叩く美鬼。
ビクッと体を震わせるキノ。
苦情申し立て書は“獲物”……例えばこの場合、江蓮がキノの態度があまりにも悪いので何とかしてくれという苦情をキノの実家、蓬莱山家に提出する書類のことである。
群れ単位で活動する妖狐族にはこんなものは無いが、家族単位で活動する鬼族にはあり、苦情申し立て書を受け取った家族は速やかに対応しなければならない。
「そ、それは……その……どこで見つけたのでしょうか……?」
「アンタの部屋の机の裏!部屋を掃除してたら見つけたんよ。アンタまさか、隠してたん?」
「い、いえ、そのような事実は……一切ございません……。事実無根です……」
「内容は主に、アンタに毎日セクハラされて困っとると。アンタもええ歳やき、女の子に興味を持つのは分かるけどね、苦情が出るって何なん?怒らんから、正直に言うてみい?」
「え、えと……それは、その……。早いとこ契りを交わしたいのに、江蓮のヤツ、ガードが固くて……。それで、その気にさせようとオッパイ触ったり、ケツ触ったりしたくらいですが……」
「人のせいにしなさんな!」
バンッ!(←思いっきりテーブルを叩く音)
「オーマイガッ!……今、怒らないって言った……」
「全く!アンタは何かあったら、すぐに人のせいにして!その態度がアカンのよ!アンタはもっとウチやオカン、オトンの言う事よく聞いて……」
「?」
その時、キノは説教に夢中になってる姉の背後、襖の隙間から弟や妹が様子を伺っているのに気づいた。
弟は人間で言えば高校生、妹は中学生くらいになる。
その妹、魔鬼(まき)がジェスチャーで何か聞いて来た。
(キノ兄ィ、そこでテレビ見たいんだけど、まだ説教終わりそうにない?)
さすが血の通った兄弟。キノはすぐに分かって、サインを送り返した。
(そんなことより、この様子じゃ、まだ気づいてねぇみてーだ。アレ、姉貴に見つかる前に隠しといてくれ。停職食らう前に溜め込んだ、あの忌まわしき始末書の数々!)
(そんなの知らないし!だいたい、全部キノ兄ぃが悪いんじゃん)
(そんなこと言ってると、今よりもっと恐ろしいモノを見ることになるぞ?オカン達よりもっと怖い姉貴の“アルマゲドン”ってヤツをさ!)
キノは頭の上に両手の指を立てて、鬼の仕草をした。
が!
「アンタ、ウチが説教しとるっちゅーに何しとんの?」
美鬼にバレた!
「あっ!?えっ、えー……これは……これはその……。そう!牛っすよ!牛!モーモーモーのモーモーモー!」
「でやぁーっ!」
蓬莱山家に長姉の怒声と鈍い音が響き渡った。
美鬼は傍らに置いていたコブ付きの金棒を取り、力任せに大きな弟を引っ叩いて折檻した。
(こりゃダメだ……)
(一時退散ってことで……)
魔鬼と弟の鬼郎丸は抜き足差し足忍び足で、その場を離れようとした。が、
「ん?そこに魔鬼達おんの?」
鋭い長姉に気付かれてしまった。
(ヤバっ!)
バビューンと一目散に逃げるは次兄の鬼郎丸。
(キロ兄ぃ、速っ!)
「そう言えば魔鬼、アンタもこの前の学力テスト、大して良う無かったんな?おるんなら、こっち来ィ」
魔鬼も慌てて逃げ出した。
「こらっ!アンタ達、どこ行くん!?アンタ達も兄さんに何か言ったって!!」
長姉の美鬼が慌てて下の弟達を追い掛ける。
「……!?」
その時、キノは背後の障子が少し開いているのに気づいた。
開けると、すぐ外の世界が広がっている。
腐臭漂う風の流れに乗って、亡者達の苦悶の声が僅かに聞こえてくる。
「……よし!」
キノは意を決したかのように、屋敷の外への脱出を試みた。
が!
ガシッ!(後ろからキノが羽交い絞めにされる)
「なに逃げようとしてんの、アンタわ!?まだ話は終わってないよ!」
「す、すいません!もう終電がーっ!」
「アホ言いなさんな!冥界鉄道に初電も終電も無いよっ!」
「いや、JR山手線です!」
「アンタの“獲物”は埼玉在住でしょうが!山手線がどこに出てくる言うんよ!?」
ズルズルと引きずられるキノ。
バンッ!(障子が乱暴に閉められる音)
[1時間後]
正座して平伏すキノの姿があった。
「これからはちゃんと良識ある行動取るんよ?分かった!?」
「……はい。存分に承知しました……」
「せっかくのAクラスの“獲物”やき、ちゃんと大事にするんよ?」
「……ということは、今の自分は『獲物を大事にしていない認定』なのでしょうか?」
しかし、美鬼はそれには答えず、スッと立ち上がった。
「分かったら、今日1日は家で反省しとき。じゃあウチ、アンタの部屋の整理をしてくるから」
「え?」
「アンタが1日でも早う復職かなって、大手振って家に帰れるのを待ち侘びとるんよ、これでも……」
その時、既に長姉からは鬼のような形相が消えていた。
「ふう……」
長姉の姿が無くなったことを確認した魔鬼と死郎丸は、ようやく居間に入ることができた。
「終わったの、キノ兄ぃ?」
「おう。終わった終わった。こんなの、神妙な顔して頭下げときゃ台風は過ぎるってもんだ」
「全然反省してないだろ、兄貴?」
弟が呆れた顔をしていた。
「そんなことより、始末書隠しといてくれたか?」
「一応ね」
「へへっ、サンキュー」
「何でいつもオレ達が兄貴のとばっちりと尻拭いさせられんだよ?」
「ああ、そうだな。確かにいつもお前らには迷惑掛けっ放しだったな。よーし、じゃあ今度人間界に連れて行って、マック奢ってやる」
「マジ!?」
「おうよ。そうと決まったら、明日から人間界に行く準備しとかないとな」
「で、お姉ちゃん、どこに行ったの?」
「何か、オレの部屋の掃除してくれるってさ」
「!」
「ああ見えて、姉ちゃんも、忙しくていつも家にいない父さんや母さんの代わりをしてくれてるんだから、兄貴ももっと気ィ使ってやんなよ」
「おっ?お前も言うようになったな?」
「いや、でも……」
「ん?どうした魔鬼?蒼い顔して?オレ達、赤鬼なんだから、蒼くなってどうするよ?」
「魔鬼、そういえば兄貴の始末書、どこに隠したんだ?」
「キノ兄ぃの部屋の……」
「ん?」
「あ?」
「押入れの……中……!」
台風は突然やってくる!
「くぉらーっ!鬼之助ーっ!何なんこの始末書の山はーっ!!」
「ひぃぃぃっ!」
「きゃあーっ!」
「ひえええっ!!」
突然の落雷に、下の鬼族の兄弟達は鬼と化した長姉の襲来に逃げ惑うだけだった。