マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

墓参・・・『死者の日』・・・『子を見て信じる者が永遠の命を得、わたしがその人を終わりの日に復活させる。』

2021-11-02 11:00:00 | 父と母のこと 兄弟のこと
11月2日。火曜日。快晴。

穏やかで美しい一日。
カトリック教会の『死者の日』です。
私の父の命日の前日です。


           『東京都経営の大霊園』
 

         父の好きだった武蔵野連山が一望できます。
          私の両親と兄たちの眠る墓もあります。

 
   コロナ禍のために、私の神戸から墓地の東京までは、かなわなかった墓参り。 
        二年ぶり墓参です。 懐かしさに涙が出た。
        平日なので、一人占めのような霊園、静寂で、
         ゆっくり心を込めてお祈りが出来ました。
           父の命日の祈りも出来ました。


       『神よ、御子キリストはわたしたちに約束されました。
          「わたしは復活であり、いのちである。
         わたしを信じる者は人は、死んでも生きている。」 
        神よ、御許に召された私の両親と兄たちに、永遠の安らぎを与え、
           あなたの光の中で憩わせてください。

          私も、キリストの恵みに支えられて希望に生き、
          人生の旅路を終えて、ふたたび親兄弟とまみえ、
            私の涙がすべてぬぐわれますように。』
              カトリック祈祷書『祈りの友』より


        今日は穏やかな一日。二年ぶりの墓参りです。
        私は、一人で、大好きな両親や兄たちと、
        あの世とこの世の隔たりもなく、あいまみえながら、
        二年間の諸々の報告をして、これからの夢を語り、私の家族の見守りを頼み、等々、
          ゆっくりと、心を込めて沢山のお話しが出来ました。
                     感謝!感謝!


そして。

今日は11月2日。年間第三十一火曜日。

           『死者の日』
     
カトリック教会では、11月2日は「死者の日」とし、亡くなったすべての方々を記念します。
  諸聖人の祭日(11月1日)の翌日にすべての死者を記念する習慣は、
  998年。 クリュニー修道院院長のオディロンによって始められ、
        その修道院の修道士たちの影響によって
  11世紀。  広く行なわれるようになりました。

    ローマ教会には1311年の暦に始めて記されていますが、
   それ以前からローマでも死者の日の記念日が行われていたと思われます。
           『毎日の読書』より

『今日の集会祈願』

 『恵み豊かな神よ、
 復活された御子キリストに従うわたしたちの信仰を強め、
 死者の復活を待つわたしたちの希望を不動のものとしてください。』

『今日の第一朗読 使徒パウロの言葉』
  
 『わたしは確信しています。
 死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、
   わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、
     わたしたちを引き離すことはできないのです。』
       使徒パウロのローマの教会への手紙 8章37-39節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスは人々に言われた。
   

 「父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。
  わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。

      わたしが天から降って来たのは、
      自分の意志を行うためではなく、
   わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。

     ※わたしをお遣わしになった方の御心とは、
    わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、
      終わりの日に復活させることである。

        ※わたしの父の御心は、
   子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、
 わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」』
        ヨハネによる福音書 6章37-40節

 
     今日のイエス様は、
     『神はすべての人の救いを望んでおられる。
     そのことを教えるために、私はこの世に神に遣わされたのです。』
              と、人々に話しました。


           神のなさることは、
        すべて、わたしたちの幸せのためです。
       イエスの生活を見ていると、神の御心が明らかです。


     私たちが、
     イエスに従うのは・・・
      ※イエスの教えが素晴しい。 そのためです。
      ※イエス様が神から遣わされた方であるからです。
      ※イエスの言動、イエスのすべてが、私たちの模範となられたからです。
      そして、
      ※イエスはその言動で、神の愛を示してくださった。 そのためです。

    私たち、
    イエスを信じる者、イエスを模範としてついていく者には・・・
      ※『本当の命』があります。
      ※イエスを通して、『神の心』を知る事が出来ました。
      ※神の心を知り、神の愛を知って、『希望ある生活』を送ることが出来ます。    
      ※イエスを通して、『神への信仰』が出来ていきます。


         神は亡くなる人々をお捨てになりません。
           彼らを復活させるのです。
       信仰によって頂いた『永遠の命』はずっと続くのです。
        私たちもいつか亡くなり、神と一緒になるときに、
     神様が私たち一人一人になさったことを知ることが出来るのです。
          すべてわたしたちの幸せのためだと知り、
           心からの感謝出来ますでしょう。
   

      私たちも、神の導きによって、信仰を持つことが出来ますように、
            祈りましょう。

『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
『わたしの父の御心は、子を見て信じる者が永遠の命を得て、終わりの日に復活することである。』 
    ヨハネによる福音書 6章40節   アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様のご両親様は、ご健在ですか?お亡くなりですか?
どちらのお立場のご両親様も、皆様を見守り続けてくださっておりますことでしょう。 お元気で!