マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

聖書100週間・聖書通読会・・・『あの者は、私が選んだ器である』 そして 『この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。』

2021-11-05 14:00:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。
11月5日。金曜日。快晴。

今日の金曜日も、
聖書100週間・聖書通読会。
オンラインクラスです。


      『聖書100週間・聖書通読会 オンラインクラス』 
 
   
     今日の通読範囲は、『テサロニケの信徒への手紙ⅠⅡ』
     
      使徒パウロがこの手紙を書いたのは、西暦51年頃。
        新約聖書の中で、一番古い手紙です。

           『使徒パウロ』
      
      私にとって・・・
      キリスト教理解の上で、パウロは絶対なる教師です。


各宗派の教会も、
パウロを使徒と呼んで崇敬しますが、
イエスの死後に信仰の道に入ってきたためイエスの『直弟子』ではなく、
「最後の晩餐」に連なった十二使徒の中には数えられません。


    使徒パウロは   
    ユダヤ教信者であり、ギリシア語とヘブライ語を話すことができ、
    熱心なファリサイ派に属する律法学者でした。
    西暦30~33年頃。 イエスは宣教活動をしていました。
      その頃、パウロは聖書を学ぶために留学中で、主イエスには直接出会ってはいないのです。
    西暦33~36年頃。 イエスの死後。パウロは留学を終え、再びエルサレムに戻りました。
      その頃、エルサレムでは、キリスト教が盛んになっていました。
      これに驚いたパウロは、ユダヤ教が根本から揺るがせられる危険を察知し、
      怒りに燃えて、キリスト者を捕らえようと、迫害者の仲間に加わったのです。
 
     
しかし、
そんな折、西暦36年。
迫害者の一員として熱心に活動するパウロが、迫害の旅の途中で、突然、
天からのが彼の回りを照らし、イエスの天からの『声』が聞こえたのです。
『パウロ、パウロ、なぜ私を迫害するのか。私は、あなたが迫害するイエスである。』   
その時に目が見えなくなったパウロは、
三日の後に、目が回復し、回心し、イエスの示すアナニアから洗礼を受けたのです。 
その時、イエスは、アナニアに、パウロについて告げました。 
『あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らに
わたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。』と。
 以上。 使徒言行録 9章1~22節 『サウロ(パウロ)の回心』より


      パウロは、 
      初めは、イエスをメシアとして受け入れることを、必死に拒んでいました。
      しかし、回心後は、各地を巡り歩き、『イエスの福音』を熱心に宣教しました。
      最後に、囚われの身としてローマに送られたパウロは、牢獄で数年過ごします。
      61~62年頃。 殉教する。


        二人がともに6月29日に記念される
           ペトロとパウロ
        
        『使徒の頭』であるペトロと共に
        二人は『首座使徒』と呼ばれるのです。


      パウロの宣教の中心は、『十字架のキリスト』でした。
       十字架にかかり、人類の『贖罪の業』を成し遂げ、
       復活によって『神の子』として現わされた、
        『キリストの福音』でした。 
 

     今日のクラスは、
     その生涯をキリスト教の布教にささげたパウロの『手紙』の通読です。
     私が尊敬をして止まないパウロの、『キリスト教の解釈』の通読です。

       今日は、仲間の皆様の発表が、一段と楽しみです。
                   感謝!感謝!


そして。


今日は11月5日。年間第三十金曜日。

『今日の入祭唱』

 『主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え、主の戒めは清らかで、目に光を与える。
 主への畏れは清く、いつまでも続き、主の裁きはまことで、ことごとく正しい。』
         詩編 19章9&10節


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスは、弟子たちに言われた。
   
     「ある金持ちに一人の管理人がいた。
 この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。
     そこで、主人は彼を呼びつけて言った。
   『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。
        会計の報告を出しなさい。
     もう管理を任せておくわけにはいかない。』


         管理人は考えた。
 『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。
     土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。
         そうだ。こうしよう。
        管理の仕事をやめさせられても、
    自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』


    そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、
  まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。
          『油百バトス』と言うと、
    管理人は言った。
        『これがあなたの証文だ。
     急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』


  また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。
         『小麦百コロス』と言うと、
    管理人は言った。
        『これがあなたの証文だ。
        八十コロスと書き直しなさい。』


    主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。
この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。」』
                ルカによる福音書 16章1-8節


   今日のイエス様は、
   『「神の国」を得ようとする者は、知恵深く、賢く振る舞いなさい。』
            と、弟子たちに、たとえで話します。


  たとえ話の、
  不正なことをした人の話をイエスにしたことが、弟子たちにあったのでしょうか。
  その時、
  イエス様は、『あなたたちは、この人から学ぶことがある』と話したのでしょう。


     イエス様は、管理人の不正をほめたのではなく、
     管理人が、仕事を失うという危機に直面しても、ものごとをあきらめることなく、
       友人を作ることが一番大切だと思ったのでしょう、
       すぐに対策を『考え』、すぐに『実行』したのです。
       イエスは、その知恵と実行力、をほめたのです。


       イエスの到来で、『神の国』は来ました。
       私たちは、イエスの話を聞き、
       すぐに考え、すぐに実行に移して、信じました。
       では、その後、
       その『恵み』を、どのように管理しているでしょうか?

       『恵み』を皆と分かち合うなら、友人が出来るのです。
        神から頂いた『恵み』は一人占めするのではなく、
          お人にも役立つものとしたいですね。
        

『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
 『神の言葉を守るなら、まことにその人の内には神の愛が実現しています。』
     ヨハネの手紙Ⅰ 2章5節   アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
小春日和で、紅葉も真っ盛りになってきました週末です。
紅葉狩りでもしながら、穏やかな週末をお過ごしください。お元気で!