マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

早朝デート・・・『紅葉見物』 そして 『聖エリザベト(ハンガリー)修道女 記念日』・・・『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だった。』

2021-11-17 07:30:00 | 私のこと
11月17日。水曜日。晴れ。


朝7時半。
早朝デートのスタートです。

       公園前で・・・    『紅葉見物』  
  
                      公園前の道路に駐車
 
    暖かい車の車窓から 🍁『紅葉』🍁 を楽しみました。


      今朝は、早朝から、友人とデートでした。
  その友人は、70歳になる頃に難病が与えられ、10年ほどになります。

     旅行好き、読書好き、教会好きだった友人です。
      子育てを終え、夫さんが帰天された後、
      しばらくの間『一人旅』を楽しんでいた友人です。 
     そんな時、原因不明の『難病』が、友人を襲ったのです。 


     今の友人は、何の補助もなく独りで生きるのは困難です。
     ところが、
     美しく若々しい彼女は、座っていると外目には健康そのものに見えるのです。
       でも、
         『難病』の根底と難題は完治しないことであり、
        薬は、治療薬ではなく、現状維持を助けるものなのです。
     正に、
     今までの友人のキリスト者としての生き様は、難病に見舞われて、益々輝いています。



  友人と私の💓『デート』💓は、
  歩行が困難な彼女を私の車に乗せて、近所の自然の中に入り、
  季節の移り変わりを楽しみながら『おしゃべり』することが『目的』です。
  月に2~3回、体調をみながら友人の方からお声がかかり、成立するのです。
         勿論、折りにつけて、私からもデートの打診をします♡♡
  又、
  読書好きの友人に代わって借りた図書館の本、お渡しするのです。
         難病のために目もかんばしくない友人が、一時も長く読めるようにと祈ります。
  そして、
  友人が睡眠後の体調の良好な早朝に始めたデートを、疲れる前に終わりにするのです。
   
 
        今朝の友人と私の『デート』
     体中の痛み、今朝は特に背中の痛みでした、に堪えながらも、
      笑顔を絶やさない友人から、私は多くを学びました。
        車を運転でき、走ることすらできる私、
         元気な私は、昔の彼女の姿です。
       そんな私は、彼女とおしゃべりしながら、
     彼女の一時の癒やしとなれますようにと、祈るのみでした。
        楽しい時間でした。 感謝!感謝!

   
そして。

今日は11月17日。年間第三十三水曜日。

   『聖エリザベト(ハンガリー)修道女 記念日』
   

 1207年。 ハンガリー国王アンドレアの娘として、まれた。

 4歳の時、ドイツのチューリンゲンのヘルマン伯の子息ルートヴィヒと婚約。

    将来皇后としての必要な教育を身につけるため、ヘルマン伯の城で教育された。
    エリザベトは、幼いときから敬虔であり、宮廷内の批判を受けることもあったが、
    ヘルマン伯とルートヴィヒによって大切に保護された。

 1221年。14歳。 結婚し、1男2女をもうけ、子どもたちをよく教育した。
 1227年。20歳。 が十字軍の遠征中に病死。

    夫の死後、エリザベトの子どもが後継者として認められた後、
    エリザベトは、宮廷から退き、聖フランシスコの第三会に入り、清貧の生活を送り、
    持っている財産で病院を建て、そこで貧しい人びとの看護にあたった。

 1231年。24歳。 マールブルクで死去。 


『今日の集会祈願』

  『すべての人の父である神よ、
 ハンガリーの聖エリザベトは、貧しい人々の中でキリストに仕えました。
   聖女の取り次ぎに支えられてわたしたちも、
苦しんでいる人、困っている人をいたわり助ける者となることができますように。』


『今日の福音 イエスの御言葉』

   『そのとき、イエスは 一つのたとえを話された。
      エルサレムに近づいておられ、
 それに、人々が神の国はすぐにも現れるものと思っていたからである。

       イエスは言われた。
    「ある立派な家柄の人が、王の位を受けて帰るために、
      遠い国へ旅立つことになった。
    
         『主の昇天』

     そこで彼は、十人の僕を呼んで十ムナの金を渡し、
  『わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい』 と言った。

   しかし、国民は彼を憎んでいたので、後から使者を送り、
     『我々はこの人を王にいただきたくない』 と言わせた。

       さて、彼は王の位を受けて帰って来ると、
     
            『主の再臨』

        金を渡しておいた僕を呼んで来させ、
       どれだけ利益を上げたかを知ろうとした。

     
         『最後の審判』

  最初の者が進み出て、
  『御主人様、あなたの一ムナで十ムナもうけました』 と言った。
  主人は言った。
   『良い僕だ。よくやった。お前はごく小さな事に忠実だったから、
       十の町の支配権を授けよう。』

  二番目の者が来て、
  『御主人様、あなたの一ムナで五ムナ稼ぎました』 と言った。
  主人は、 『お前は五つの町を治めよ』と言った。

  また、
  ほかの者が来て言った。
  『御主人様、これがあなたの一ムナです。布に包んでしまっておきました。
   あなたは預けないものも取り立て、蒔かないものも刈り取られる
     厳しい方なので、恐ろしかったのです。』
  主人は言った。
   『悪い僕だ。 その言葉のゆえにお前を裁こう。
    わたしが預けなかったものも取り立て、蒔かなかったものも刈り取る
     厳しい人間だと知っていたのか。
    ではなぜ、わたしの金を銀行に預けなかったのか。
    そうしておけば、帰って来たとき、利息付きでそれを受け取れたのに。』

 そして、

  そばに立っていた人々に言った。
   『その一ムナをこの男から取り上げて、十ムナ持っている者に与えよ。』
  僕たちが、
   『御主人様、あの人は既に十ムナ持っています』 と言うと、
  主人は言った。
   『言っておくが、
    だれでも持っている人は、更に与えられるが、
    持っていない人は、持っているものまでも取り上げられる。
    ところで、
    わたしが王になるのを望まなかったあの敵どもを、
    ここに引き出して、わたしの目の前で打ち殺せ。』」


     イエスはこのように話してから、先に立って進み、
        エルサレムに上って行かれた。』
                 ルカによる福音書 19章11-28節


    今日のイエス様は、
    『ムナのたとえ』で『終末の裁き:最後の審判』を告げたのです。
      『ムナ』は、ギリシャの銀貨で、1ムナ=100ドラクメ=『100日分の賃金』

    今日のイエス様は、
    たとえを用いて、ご自分の話をしておられるのです。 


   『偉い人』は、
    イエス様御自身です。
    『王の位』をうけるために、御受難後、御父の元に戻る、帰天の旅に出ました。
    その時に、
    地上に残した僕たちに『お金・ムナ』を預けたのです。
    再び、『王位』を受けたイエス様が地上に戻る『再臨の時』が必ず来ます。
    その再臨の時、
    王は、預けたお金をどのように使ったかを、一人一人に聞かれるのです。
    偉い人・国王は、預けたお金を増やすように期待していたのです。
    再臨の時は『最後の審判』の時でもあるのです。
    預けておいた『ムナ』の使い方の応じた『報いの審判』がなされるのです。
    私たちの人生が、善いようにも悪いようにも、総決算の時を迎えるのです。


   『僕』は、
    イエスの弟子であり、私たち・キリスト者でもあるのです。
    僕は、『ムナ・恵み・タレント・宝』を大いに利用して、
     ※『イエスの福音』を伝える『使命』を、与えられているのです。
     ※お人のために大いに役立たねばなりません。
    頂いた『宝』を、守るだけでは足らず、お人の役立たせねばなりません。
     

     私たちも、
     頂いた『宝・信仰』を、多くの人のために役立たせたいですね。
         祈りましょう。


『今日のアレルヤ唱』

 アレルヤ、アレルヤ。
 『わたしがあなたがたを選んだ。
あなたがたは行って実を結び、その実が残るようにと、私があなたがたを任命したのである。』
       ヨハネによる福音書 15章16節    アレルヤ、アレルヤ。


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様もいろいろの友人たちとデートを重ね、毎日を素晴しい日々にしてください。 お元気で!