新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

我が国とアメリカの労働組合の違い

2018-10-23 09:00:35 | コラム
我が国とアメリカとの企業社会における文化の違いの一例である:

この件は2014年に最初に取り上げたところ、今日に至るもお読み頂いているようなので、今年になって一度加筆・訂正した見た。だが、未だ説明不足だと思われる点があるので、この際敢えて再度加筆・訂正しようと考えた次第。

これまでに述べて来たことはアメリカの紙パルプ産業界で経験したことであるとお断りしてあったが、他の産業界でも会社対組合の関係の在り方は同じだとは聞かされている。ご一読願えば、我が国とアメリカに於ける労働組合の在り方の違いを認識して頂けると考えている。

私は我が国とアメリカの根本的な違いは「アメリカの製造業では我が国のように大学の新卒者を定期的に採用し、先ずは月給制の組合員として工場勤務を経験させ教育することが一般的である点」にあると認識している。アメリかには(銀行等を除いては)そもそも新卒を採用してその企業独特の方法で教育するというシステムはないし、組合員という身分から始まって係長なり課長代理なりに任じられて組合員から会社側に移るという制度も勿論ないのである。

この他の我が国とアメリカの労働組合の在り方の最大の相違点は、アメリカではその業界を横断する職能別組合(Craft unionという)であることは、既に何度も指摘してきた。アメリカの労働組合員は「法律により保護された会社とは別個の存在」なのである。彼らは組合に入って、その上で各社の工場等に配属されると思えば解りよいかと思う。

組合員の仕事は年功序列というか勤務年限によって一段ずつ上の段階に上がり、そこで時間給も昇給していく仕組みになっているのだ。我が国との大きな違いは「彼らは時間給制度の下で働いている」のである。

その工場の現場の実態をより具体的に言えば、アメリカの紙パルプ工場の現場には紙パルプの労働組合員の他に、製造の作業に関連するあらゆる種類の組合員がいるということなのだ。即ち、電気関係、営繕、輸送等々の職業の労働組合員が入り交じって作業をしているということ。ここまでで、我が国との著しい相違点がお解り願えたと思うのだ。

私がこのような現場の在り方が如何なる時に難しい事態を引き起こすかを経験したのは、アメリカの製造業の会社に転進してから何年か経った後だった。

即ち、私のように日本の会社で育った本社機構に属する者が現場に入っていって、組合員と会社の関係が如何なるものかという事を知る機会はそう滅多にあることではないのだ。また、実際のところ、本社機構にいる者(管理職等)が工場を訪れて組合員と業務のことで語り合うとか打ち合わせをすることは先ずあり得ないと言って良いだろう。

労働阻害行為になる:
その事故が発生した時には、私は偶々工場の事務棟にいたので、製紙工場の原料部門に問題が発生して抄紙機が停止した緊急事態発生と知らされたのだった。

そこで居合わせた会社側のパルプ部門の製造担当者(我が国でいえば係長辺りか)と現場に駆けつけたのだった。私はその担当者が組合員から転出してきたという珍しい経歴の持ち主と承知していた。この点も以前に述べたことだが、法的に別組織である労働組合に属している者が、会社側に転進することは例外的なのである。

繰り返してより詳しく言えば「アメリカでは新卒で入社してきた者が、先ず工場に配属されて経験を積んでから本社に移動するといったような過程を経ることはない」という意味である。職能別組合に加入した者は会社側とは別個の組織に属するのだから、別組織の会社側に転進することはないし、会社側に移れば「職の安全」(=job security)の保証はなくなるのであるから、そのような危険を冒す者は希である。

彼は現場に着くやいなや、事故の原因を把握して組合員にテキパキと指示をした。しかし、彼は現場が指示通りに動かなくても黙って見ているだけだった。それを疑問に思ったので「何故貴方は手を拱いていているだけで、直接手を下さないのか」と尋ねてみた。

彼の答えは「現場の作業は組合員である者たちが進めるもので、言わば別の組織である会社側である私が直接手を出せば、彼等組合員の労働を阻害した行為となって、労使間の係争問題になる。故に、私は成り行きを見守っていることしか出来ない」だった。私は会社側対組合の問題を多少は認識していたが、そこまで厳密というか厳格なものとは思っていなかったので、大いに勉強になった次第。念の為に確認しておくと、同じ会社の中にあっても、労働組合員は法律で保護された組合という別な組織に属しているということだ。

即ち、労働組合員は業界を横断する職能別の組合員で、言うなればその上部団体からW社の工場に派遣されてきているのだと考えれば解りやすいと思う。その職能別組合には紙パ労連もあれば電機労連もあるということだ。

彼は言葉を継いで「仮にマシン設備全体がここで停止したとしよう。そして問題が電気系統にあって、一度何処かで電源を抜かねばならない事態と判明したとしよう。その際に紙パルプ労働組合員は電源を抜く行為をしてはならないのだ。飽くまでも電機労連の者が駆けつけるまで待たねばならないのだ。それが職能別組合の法的な決まりというものだ」と教えてくれた。

私は後刻、我が国のある大手メーカーの人事・勤労部門の権威者にこの話をして、ご意見を伺ってみた。彼は「我が国でも戦後間もなくは職能別組合制を採っていた業界もあった。しかし、今貴方が言われたような問題に直面して大いに難渋させられたのだった。そこで、現在我が国の多くの企業が採用している企業別の組合制が導入されたのだった。しかし、アメリカの紙パルプ産業界は未だにその職能別組合制を採っている。その当否を論じるよりも、そこに企業社会の考え方の違いが認められる」と解説された。

即ち、既に述べたように組合員はその会社の工場で仕事をしていても、飽くまでも上部組織である業界横断の職能別組合に所属していると解釈すると解りやすいと思う。

W社の我が事業部では90年代に入ってから、紙パルプの組合員たちに自分たちが生産した紙が日本の印刷・加工と小売店等の現場でどのように使われているかを見せる為に、何名かの組合員を選抜して日本に派遣したことがあった。

その目的は「何故、諸君が一層努力して品質を常に改善し同業他社製品以上に向上させない限り、日本市場に定着して占有率を伸ばして行かねばならいか。その努力が君らの職の安全に繋がっていくこと」を理解させて、これまで以上に品質向上を心掛ける為の発憤材料にさせることを企画した。そして、何名かを順次に日本に出張させることにした。

その際に工場側(会社側でも良いだろう)が先ず手を打ったことは、職能別組合の上部組織の代表者と「出張する者たちが海外にいる間の時間給をどのように計算するか」を話し合ったのだった。即ち、工場での勤務ならば一直は8時間で簡単明瞭だが、海外ともなればどの時点から時計の針を動かすのかというのが、重大な案件だったのだ。

実は、意外にもW社では(アメリカでは?)本社機構に所属している者でも容易には日本等の外国出張の機会は巡ってこないのである。従って労働組合員の海外出張という先例がなかったことでもあった。これも日本とアメリカの企業社会における典型的な文化の違いの例と言えるだろうと思う次第だ。