だから言ったじゃないか:
私は何度か「IOCやトーマス・バッハ氏のような存在を敬うのを止めるべきである」と主張してきた。特にアメリカのメディアに「ぼったくり男爵」とまで酷評されたIOCの会長の無能振りには、ほとほとウンザリさせられていた。私は「IOCのような(敢えて言うが)白人の貴族ぶった連中の集いであるクラブにノコノコと、彼らの言葉を操りもせずに入っていっても碌な事はない」と指摘してあった。その端的な例があのバッハ会長の東京での節操なき振る舞いである。
そこに、今度は北京の冬季オリンピックで続々と生じている私が言う「恙」である。もう一度言っておくと「オリンピックにおける成功とは、恙無く終わらせること」であって「華やかな運営であり成績を意味しない」のである。私は既にその「恙」の例として、会場の雪や氷の状態の不備に加えて「審判の判定の不行き届き」を挙げておいた。
だが、ここまでの所、これらの2例などとは比較にならない「恙」が発生している。それは他でもない、ROCのワリエワさんのドーピング問題である。ここで悲しいまでに露呈されたのがIOCの統治能力(カタカナ語では「ガバナンス」などとされているが)の欠如と、自前で判断が出来ない無能振りだ。IOCは既にロシアをその言わば挙国一致体制でのドーピングの廉で出場させずに、個人での参加を認めるROCにしたのだった。
一旦そういう基準で判断したのであれば、今回のワリエワさんの問題の際には、躊躇することなく出場禁止の措置を執るべきだったはずだ。彼らの思考体系では「イエスかノーか」しかあり得ないのだから、この場合は毅然として明快に「ノー」だと決定すべきではないのか。ところが、無用の長物いや短物とでも形容したIOCと会長は、自分たちで決定することを回避し、尚且つプーテイン大統領に気兼ねしただけではく中国の顔をも立てようとしたのか、狡猾にもCASに裁定を丸投げしてしまった。
情けないのは誰もこの責任回避振りを真っ向から批判していない事だ。私が報道から知り得た限りでは、まともに「出場させるべきではない」とTweetだったかで指摘したのは、韓国の金妍児だけだった。既にトーマス・バッハ氏は中国と習近平主席に阿るばかりなのは呆れるばかりだし、二者択一の決定すら出来ないのには言うべき言葉もなくなってきた。
このIOCの決断力不足の他にも、既に主催国による多数の「恙」の例が報じられているようだ。それにも拘わらず、IOCは何らの手を打てずにウロウロしているだけだ。我が国のスポーツ界は何時までこのような連中に鞠躬如として仕え、平伏して彼らの不合理な方針に従っていれば気が済むのか。彼らの中に乗り込んで「IOCには改めるべき点は公平になるように改善せよと説き聞かせる勇気は無いのかな」などと考えてしまう。