新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

良き聞き手であれ、論争を挑むな

2022-06-16 08:26:58 | コラム
ドン・ラッシュに与えられた教訓を活かした:

先日採り上げた、嘗ては我が社の木材部門のエース的な存在だったラッシュとの機内会談に、再度触れてみようと思う。

私は滅多にない良い機会だと思って、彼に恐る恐る「貴方は我々紙パルプ部門に所属している者たちにも、俗に言う“日本人キラー”として知られている。どういう手法で日本の顧客の心を掴まれたのかを聞かせて下さい」と尋ねてみた。すると、意外なほどアッサリと以下のように語り始めてくれたのだった。

“日本の見込み客も含めたお客と会談して何とかならないかと困ったことは、彼らが延々と話の本筋と離れたことを語ることだった。即ち、話がその交渉事の核心(heart of the matterと言ったと記憶する)とは無縁な話をしているだけで、一向にそこに触れてこないのだ。時には本題とは無関係に挨拶であるとか天候の話ばかりして時間を浪費している。

私はそういう事の為にアメリカからやって来た訳ではないので、非常にイライラさせられるし、退屈で時間の無駄だと思わざるを得なかった。そこで、時にはそれを中断させようと思って、無駄話を辞めて貰うよう突っ込んだこともあった。(筆者注;アメリカ人たちはこのような長話を捉えて“You are stealing my time.“などと言って腰を折る)結果として肝腎の商談は一向に捗らず、製材品の販売量は予定したほどには伸びなかった。

所が、ある時に「また長話か」とウンザリする思いがあっても、黙って最後まで聞き続けたことがあった。すると、話が期待して以上に進んで、大口の輸出が成約したのだった。そこで、「もしかして、これは」と気づいたのだ。それからはどんなに退屈でも、日本側の語りを中断させることをせずに、最後まで聞き続けるようにして、その後で具体的な交渉に入っていくような作戦に変更にしてみた。

するとどうだろう。日本の見込み客を含めた顧客の間に「ラッシュさんは良い人だ。我々の主張を最後まで聞いてくれるし、我々の要望をも採り入れてくれるのだ」との評判が立ち、瞬く間に日本市場を見込み通りに拡張できるようになった。そうなったことの主たる要因は「日本の顧客に向かっては、先ず彼等の主張を木届けることを優先して、論争を挑まないこと(argumentをしないこと)」だった。“

即ち、日本人とは一旦胸襟を開いて語り合えるようになれば、論争せずとも話が通じ合えるのだと解ったということ。もっと簡単に言ってしまえば「良き聞き手であれ。論争は回避せよ」なのだった。77年頃であれば、私は未だ対日本の交渉事に十分に馴れていなかったので、非常に貴重な教訓だと思って傾聴していた。アメリカ人たちは早くから学校教育でdebateを学んでいるので、何度か指摘してきた「論争と対立」を怖れずに議論を吹っ掛けてくる性質がある。

やがて、私も液体容器原紙の日本市場への参入が軌道に乗るようになってくると、難しい対日本市場との交渉に臨むことが多くなってきた。すると、我が上司は「彼らはheart of the matterの周囲を徒に回っているだけで一向に本題に入らない」と苛立ちを見せるようになった。そこで、他の部門のマネージャーが言ったとは言えないまでも「兎に角話を聞きましょう」と提言するようにした。

また、長い間行動を共にしたやや短期で直情径行型の技術サービスマネージャーには「論争を挑むな。良き聞き手であれ」(=Try not to argue but be a good listener.)と言って説得した。彼にはドン・ラッシュの話はして聞かせた。彼は何とか「良き聞き手」になろうと努力した結果、得意先の技術陣から絶大なる信用を得て「彼がそう言うのだったら納得する」とまで言わせるようになって、品質問題を速やかに解決できるようになってくれた。

我が社が日本市場で安定した地位を確立できたのには、それなりの戦術・戦略があったのだが、このような「論争を挑むな。良き聞き手であれ」という姿勢も大いに貢献していたと思っている。だが、アメリカ人たちが「論争を避けよう」とするのには、大変な努力をしていたことは十分に解っているつもりだ。