一寸気懸かりな話題:
韓国の尹錫悦大統領:
尹錫悦大統領が、折角訪問した同盟国である美国(「ミグク」のように発音する韓国語の表現)の実力者であるナンシー・ペローシ下院議長との面談を「休暇中」との理由で避けて、40分ほどの電話協議にしたと、昨夜のPrime Newsで知った。確か産経新聞の黒田勝弘だったと思うが「随行した5名の議員も会談に参加したので、実質のペローシ議長との会談はごく短時間だった」とも指摘していた。
昨夜は言わば韓国代表の如き形で中央日報東京総局長金玄基も含めて、尹錫悦大統領のやり方には批判的だった。だが、結論としては「尹錫悦大統領の中国に対する配慮乃至は遠慮の姿勢が滲み出ているが、それも文在寅前大統領の中国に対しての歩み寄りの政策と韓国が置かれてきた立場からすれば止むを得ぬ決断だったかも知れない」のようではあったが、反町は一段と声を張り上げて「同盟国でしょう」と言ったし、黒田勝弘は「休暇と言ってもソウル市内にいたのに」と指摘。
番組の中では「尹錫悦大統領の与党は国会では少数派であり、野党をこれ以上刺激するようなことをすれば、何も出来なくなることを回避したかったのだろう」との意見も出ていた。私は既に「我がマスコミは尹大統領が対日関係の改善を掲げたことを希望的に報じたのは早とちりであろう。彼とても文前大統領と同じの韓国人である。希望的観測は禁物」と指摘しておいたので、新大統領は矢張り中国の虎の尾を踏むようなことは回避しようと考えたのだろうと読むことにした。
それでなくても支持率が30%台の尹錫悦政権としては苦肉の策だったのかも知れないが、アメリカ対中国の関係が一層緊張感を増してしまった現時点では、今後の韓国の出方は注目に値するだろうと、気懸かりなのだ。
歌舞伎町周辺に街娼が:
話題は大きく変わるが、今朝の産経新聞の絵入りのこの記事には少々驚かされた。その驚きとは「この部屋から真正面に見える歌舞伎町周辺には、30年以上も前の状態が再現されていたとは」なのである。
当方がここ新宿区百人町の移り住んだ1988年頃の歌舞伎町と我が街を結ぶ数本の路地における治安というか風紀には、誠に凄まじいものがあった。そこを観察に訪れたニューヨーク駐在が長かった商社マンは「ニューヨークのこの手の界隈よりも酷い」との感想を聞かせてくれた。この辺りが歌舞伎町という界隈の一面でもあるのだ。そもそも歌舞伎町には縁がなかったので、滅多にこれらの路地には出て行かなかったが、怖い物見たさで観察に行ったことはあった。
その状態とは、その多くの路地は所謂「連れ込みホテル」街であり、最も新大久保駅に近い筋には白人、それから遠くなるごとにアジア系、アフリカ系と変わって行くのである。何がって言えば、多くの街娼たちが昼夜を問わずに立っているのだ。その連中は数年後には池袋等の地域に転じていったそうで、そこからは横浜にも現れたと聞いたことがあった。
即ち、この界隈の環境は浄化されたというか、変わったものだと思っていた。浄化された後では新宿の街に出た後に静かになった歌舞伎町を通り抜けて歩いて帰ったときなどに、時々日本人の街娼に出会うこともあるにはあった。だが、それは20年かそれ以上も前のことである。
その界隈にまたもや“street walker”が出ているとは、陳腐な言い方をお許し願えば「タイムマシン」にでも乗せられたかのような話だった。歌舞伎町には「トー横」などいう非行少年(古い言い方か?)が屯すると報じられているが、折角小池都知事の数少ない業績であろう歌舞伎町の浄化があったのだから、風紀を乱すような行為をする輩を一掃するようにと、警察にお願いしたい気分なのである。