新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

「お盆休み」という文化に思う事

2022-08-15 08:48:15 | コラム
ワンオペの国で永年過ごしてきて:

近頃良く聞こえてくるようになったこの「ワンオペ」なる言い方は、私のようにjob型雇用のアメリカの会社に勤務していた者には「何だ。それって俺たちがやって来たことと同じじゃないか」と思わせられるのだった。ワンオペとは恐らく「ワンマン・オペレーション」辺りを短縮したカタカナ語だろうと推察するが、私は将にこの方式で働いてきたのだった。

それは、何から何まで自分一人で対応し、処理していく方式であり、秘書さん以外に誰も手助けしてくれる人はいなかったのだ。そういう秘書さんに助けて貰っているという点を考慮すれば「two men operation」(=トゥーオペ)かも知れない。一人で処理するという事は休暇でも取るか、病気にでもなってしまえば、その欠勤した間の業務の処理をしてくれる人などいないという意味だ。周りにいる者たちも皆「ワンオペ」なのだから。

秘書がいるではないかというのは誤認識で「秘書はボスの仕事を代行するような給与は貰っていない」のだから、その不在の間に起きたことのメモくらいは取っておいてくれても、処理をする責任も義務もないのだ。この点が「我が国の企業社会との正反対とでも言いたいほどの文化の相違点」であるのだ。

導入部が長すぎたかも知れない。何が言いたかったのかと言えば「アメリカの企業では当然の権利としての有休休暇を取ることは各自の自由裁量に任せられているが、休暇を取る場合にはその休暇の間に生じる如何なる仕事でも処理されずに残っているので、休暇を終えて出てきた後ではその処理を自己責任で済ませねばならないという、物理的には大変な作業が待っていること」なのだ。換言すれば、秘書さんは「ボスが担当する判断業務には手を出すことはない」のである。

それだけの覚悟をして有休を取るのだが、不思議と彼乃至は彼女が不在の場合でも何とか回っているようなのだった。その背景には取引先か得意先も同じアメリカの会社だから、休暇で担当者が不在になる事に対して理解があるのだ。その不在の間のことだが、人によって準備の仕方が違うのだ。それは「何処に行っているか、連絡の方法は」を知らせて置く人と、全く音信不通になる人と別れているのだ。彼らの中には「音信不通であってこそ本当の休暇だ」と主張する者もいた。

ここまででお解り頂けたと思うが、彼らアメリカの会社員たちは一斉に休んでしまうということはせずに、各自が有休を取りたいときに1週間とか2週間とか休んでしまうのである、休暇明けにどれほどの滞貨の山ができているかを承知の上で。であるから、我が国で動もすると「アメリカ人たちは優雅にハワイなどに出掛けて休暇を楽しんでいる」などと思われているのは、殆ど誤解なのである。中には、LCCを利用してリゾート地に出掛け、予め貸しアパートを予約し、自炊している者もいるのだ。

今でもそういう制度があるか知らないが、1990年代までは、日本などの海外に駐在している者たちには「ホーム・リーブ」(=home leave)という制度があって「4週間から1ヶ月は会社の経費でアメリカに帰るか、何処か避暑地で過ごして良い」という制度があった。将に優雅であると思って、羨ましい思いで見ていた。

ある時に、そのホーム・リーブの感覚を日系人の駐在マネージャーに尋ねてみた。そこには、必ずしも我々が羨むほどの優雅なことではないような面もあった。彼が言うには「完全に不在の間に秘書の負担にならないような準備はしてきても、最初の1週間は不安で不安で堪らない。2週間目にやっと休暇を楽しもうかという気持ちが整う。3週間目は完全に何もかも忘れて休暇をエンジョイできている。そして、不思議なことに4週間目にもなると、早く東京に帰って仕事をしたいと思うようになる」となっていた。本当に休んでいたのは1週間程度のように聞こえた。

改めて、我が国とアメリカの休暇に対する文化の違いを考えてみると、矢張り「皆で一緒に出勤して仕事をして、休暇を取るのも皆で一緒に」という文化というか慣習に対して、アメリカのように「全てとまでは言い切れないが、個人とその能力を主体にしたワンオペのようなシステム乃至は会社の運営の仕組みが出来ている」のであるから、誰が何時休暇を取ろうと上司も周囲も気にしないのである。

私もこの異文化の中に入っていって感じたことは「休暇を取って周囲に迷惑はかからないし自己責任だとは解るが、得意先に迷惑をかける事は出来ない」との責任感に縛られて、1週間も休めるまで割り切れるには10年近くも要していた。アメリカの組織では、私の上司は本部の副社長兼事業部長だけだったが、我が国の組織では上には課長、部長、担当役員がいて、周りには同僚がいて、更に後輩がいるという形であるから「明日から休暇を頂きたいのです」と届け出て許可を貰わねばなるまい。

一方のワンオペの国の会社では、簡単に言えば秘書さんに「何時から何時まで休むから宜しく」と伝えれば十分で、秘書さんが「休暇を取ります」と言ってくれば「はい、解りました」と言うだけのこと。だから、彼らには「お盆休み期間中」の交通渋滞や飛行機や鉄道の混雑は理解できないのだ。

これほどの文化というか慣習の違いという深い溝は、私の生存期間中に埋められることは一寸考えられない