Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『ことり』

2019-10-16 22:47:54 | 読書。
読書。
『ことり』 小川洋子
を読んだ。

人間の言葉を話さなくなり、
その代りに小鳥のさえずりを理解する兄と、
その兄の言葉を唯一理解する弟。
のちに「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになる弟を主人公にした、
哀しくも優しい作品でした。

派手な出来事はほとんど起きないし、
大なり小なり、何か事件のようなものごとが起きたときにも、
社会のはしっこにポジションを取るような小父さんを
まるごと包む空気ごと
(それはきっと、小父さんとそのポジションの相互作用で出来ている空気)
描かれているので、
穏やかで控えめでつつましい印象のまま、話は進んでいきます。

どちらかといえば、
どぎつい原色ではなく、
パステルの淡さといった配色を感じるような文学作品です。
やわらかでさりげなく繊細な光がふりそそいでいます。

文体や語り方、内容、といったものから出来あがるこの世界観は、
世界がどういうぎらぎらした方向へ蠢いていっても、
失くしてはいけない大切なものだよなあと感じられるものでした。
そして、本作品内の描写というものが、
的確でありながら角が無い感じがして、
作品を支える細くても丈夫な
無くてはならない柱たちになっているように読み受けました。

小父さんの一生は、
傍目に、ささやかな人生、というようにも感じられるのですが、
そういう美しさをも許容していく世界であればいいよなあ、とも思いました。
生き方として、小父さんのような生活の仕方が合っている人は
たくさんいるのではないか。
そういった人たちを、支えるまではいかなくても、
近くに体温を持って立っていてあげられるような感覚を与えてくれる
作品でもあったのではないかなあ。

こういう、落ち着きある読書体験ができる本に出合えて、
そういった体験ができるのも、読書の好いところですね。


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