Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『ベーシック・インカム』

2018-06-30 23:40:17 | 読書。
読書。
『ベーシック・インカム』 原田泰
を読んだ。

日本では、約1000万人の人びとが、
年84万円以下の収入で暮らしているようです。
そういった貧困を無くすため、
皆が最低限の健康で文化的な生活を保障するための思いきった政策として、
著者はベーシック・インカムを提唱し、
経済や政治の分野での込み入ったところ、
細かいところまでを解きほぐす形で話を進めています。
それゆえに、ベーシックインカムは、
社会思想としてあるいは社会学的に語るだけのものではなく、
実践的な議論をするまでの段階に来ているのだなあと読めます。

雇用状況や所得状況の現実をみる第1章からはじまり、
第2章ではベーシック・インカムにいたるまでの、
そしてベーシック・インカムを支持するいろいろな思想や立位置、
つまり、コミュニタリアン(共同体思想)であるか
リバタリアン(個人自由思想)であるか、
はたまた、パターナリズム(家父長主義的)であるか、
反パターナリズムであるか、といったところからの考え方を紹介します。
僕にはこの章での、ジョン・ロールズの「マクシミン原則」がおもしろかったです。
これは大多数の幸福を優先する功利主義とは違い、
最下層の人々に対する効用を最大に考えるものでした。
そうやって、底上げすることでの社会的幸福があるだろうという考え方です。

最後の第3章ではベーシック・インカムを実現するための財源の確保を
著者なりに具体的に示し、さらにベーシック・インカムが実現することで
危惧される問題についても反論しています。
著者は、これまでいろいろよくないイメージをもたれているバラマキ政策だけれども、
目的と効果がはっきり考えられている点で、
たとえば高速道路無料化や児童手当、公共事業とは違うのだと主張しています。
これはこれで、もっともな考え方なのですが、
やはり財源を考えたときに、
そんなにうまくいくかなあと素人なりの疑問は残りました。

思った以上に政治家向けというか、
図やグラフであってもなかなかややこしく、
新書にしては専門的で入門書としては難易度が高めかもしれないです。
それでも、がりがりとがんばって読んでみれば、
この分野の知見が広まる読書になるでしょう。
貧困は大きな問題ですからね、
大きな舵取りだって必要なんじゃないかなと
僕は思いもしました。


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『アルケミスト 夢を旅した少年』

2018-06-21 21:21:07 | 読書。
読書。
『アルケミスト 夢を旅した少年』 パウロ・コエーリョ 山川紘矢+山川亜希子 訳
を読んだ。

夢のお告げを信じて、
アンダルシアからエジプトのピラミッドまで旅をする少年の物語。

これはたぶん、量子論のコペンハーゲン解釈を
つきつめて考えた知見を下敷きにして
作り上げられた物語だと思う。
本作で重要な、さまざまな「前兆」だとか、
そういったものを確率統計の考え方で処理せずに、
意味のあることとしてとらえ、
でもそれを病的や狂気的なものにならないように
そういった領域から回避して物語を編んだあたりにすごさがあります。
そしてそれは、スピリチュアルと呼ばれる視座のようです。

僕はスピリチュアルってよく知らないし、
あやしげなものだというイメージを持っていたりもしますが、
科学的な深さを持つイメージを、
科学の言葉を使わずに語ってみるという手法、
それも古代からの人間の感覚的な知恵や知識と繋げてみるやり方で
本書はつくられているように見受けられて、
そこはおもしろいなと思いました。

面白くて、不思議で、
ある意味「狂気だ!」と振り捨ててしまいたくもなって、
でも運を運ぶものだったりもして、
取り扱い以前にそれをどうとらえるかが本当にぶれる、
そういったものを取り扱っているのがこの『アルケミスト』。
本書の中ではぶれてないけれど、
神が死んだ現代に生きる者の実生活ではぶれるものを扱っています。

アルケミストは錬金術師という意味ですが、
単純に金を作成する術をする者という狭義の錬金術師ではなく、
世界を知るものみたいな意味での広義の錬金術師として描かれています。

さすが、世界的ベストセラーだけあり、
うまく頭と心をくすぐってきます。
それも、シンクロニシティなどの不思議な経験に
ポジティブな意味を与えるのですからなおのこと、
そういった種類の物事に興味があったり、
自分の人生にでそういうのがあって気になっていたりする人の
心をぐっと捉える作品なのではないかなと思います。

フィクションなんだけれど、
まるで啓発するかのように読めてしまうのが、
ちょっと楽しくも怖いところでもあります。
考え方が固まっていないうちに読むと、
感化されてしまかもしれないですねえ。
でも、おもしろい。

ただ、ラストは僕的にはちょっと残念です。
中盤からラスト近くまでの盛り上がりには圧倒されましたが。


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『フィンテック』

2018-06-18 22:21:03 | 読書。
読書。
『フィンテック』 柏木亮二
を読んだ。

フィンテックとは、ファイナンスとテクノロジーを合わせた造語です。
本書はわかりやすくそして広く解説していて初心者には最適なよい本でした。
まあ、初心者といっても、商売に必要なわけではなく、
興味で読んだのでした。

フィンテック1.0から4.0までの段階を追いながら、
いろいろな金融のサービスや技術、言葉を紹介してくれます。
たとえば、フィンテックの最初期として登場するのが、
イギリスとフランス、
そして大西洋間つまりロンドンとニューヨークをつなぐための
海底ケーブルの敷設なのですが、それがなんと19世紀中ごろです。
20世紀じゃなかったんですね。
これは驚きでした(歴史を知らない)。

最近読んだ、『ゼロトゥワン』の著者、ピーター・ティールは
ペイパルの創業者でした。
ペイパルはオンライン決済をする企業でしたが、
それもフィンテックでのイノベーションです。
また、さらにこのあいだ読んだ
『鈴木さんでも分かるネットの未来』で書かれていた
ブロックチェーンやビットコインもフィンテックのものです。
なかなか最近の読書につながりがある中で読んだので、
本書をとくにおもしろく読めたのかもしれません。

API、クラウド会計、レンディング、ロボアドバイザー、PFMなどなど、
こういった慣れない言葉が何を指しているのかについても、
わかりやすく紹介してくれています。

それとともに、
UI(ユーザーインターフェイス)、
UX(ユーザーエクスペリエンス)といった視点を
本書であらためて知ったのですが、
これは、たとえば僕が今働いているような観光施設をこう見てみることで
得られるシンプルかつ明確な解があるように思います。

また、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの説明、
およびイノベーションのジレンマの解説は、
かゆいところに手が届くような爽快さを持っていました。
たとえば音楽の分野で知った言葉でもあるオルタナティブ。
この怖さと素晴らしさが破壊的イノベーションと名前を変えて
ビジネス分野では語られているのだなあとわかったりします。

フィンテックが進んでも、
どのようなサービスがあるかを知らないと何も生活は変わりません。
信頼できるのか、信用できるのか、
そのあたりでのとっつきにくさもあるでしょうけれど、
たぶん、そのうちみんなが安心して使いだす技術・サービスになりそうです。
もう「先どり」とは言えないくらい
ポピュラーになってきている段階のようにも思えますけれども、
IT金融分野の今を知り、そしてちょっと先を知るために、
おもしろく読んでおける本でした。
おすすめです。

著者 : 柏木亮二
日本経済新聞出版社
発売日 : 2016-08-06
Comments (2)
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『ゲンロン0 観光客の哲学』

2018-06-17 20:08:19 | 読書。
読書。
『ゲンロン0 観光客の哲学』 東浩紀
を読んだ。

内容は難しいのだけれど、
「そうか!」と視界が開ける瞬間が多々ある。
著者はたくさんの文献にあたってそれらをきちんと把握し、
その延長線上にこれまでの著者自身の思索との結晶として、
この哲学を出現させている。
とはいえ、延長線上でありながら、
その行き詰まりゆえにオルタナティブなものになっています。
持続的イノベーションとして行き着いた哲学ではなく、
オルタナティブであり、従来の価値観、ヒエラルキーを壊す、
破壊的イノべーションになりうる萌芽としての哲学でしょうか。

誤配がおこる、観光客をイメージした生き方が、
ナショナリズムやグローバリズムに板挟みになった世界で、
自分を分裂させず、保ち、そして連帯を生む生き方になるのではないかというのが、
一番の筋だったでしょうか。

そのために説き明かしてくれた世界の二層構造、
国家と市民社会、政治と経済、思考と欲望。
著者は、それを独特の言い方で、「人間と動物」とも表現しています。
ここらあたりは、クリアな視点で世界を見つめるのにおもしろい視座でした。

また、途中で、ネットワーク理論にも触れています。
これは食物連鎖や人間関係を数学的に解明した複雑系の理論なのですが、
それを援用することで、これまでの社会思想では
見てきていない視界があることを指摘し、
ゆえに、これまでの社会思想の欠落部分を捉えなおし、
改変できる、可能性の大地を照らしているのを
著者は目にとめて、思考に取り入れています。

僕の印象だと、
著者の哲学は、偶然だとか二層の重なりだとか、
量子論の考え方からヒントを得たり類推したりして編んでいるところが、
とくに発想面ではけっこうあるのではないかなあという感じがします。
著者の小説、『クオンタム・ファミリーズ』だって、
名前からしてもう量子論ですし。

第二部の、「荒削り」と自ら評する、
家族論とドストエフスキー論もおもしろかったですよ。
アマゾンなどのeコマースで評判の本になっているそうです。

優れた智に触れる経験になった読書でした。

著者 : 東浩紀
株式会社ゲンロン
発売日 : 2017-04-08

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『ホテルローヤル』

2018-06-10 21:41:22 | 読書。
読書。
『ホテルローヤル』 桜木紫乃
を読んだ。

北海道釧路市のラブホテルをキーとして進んでいく、
第149回直木賞受賞の連作短編集。

少しずつ、でも、確かに深みにはまっていくような読感。
初めの一篇はなんのことなかったのに、
次の短篇を読み進めていくことで重なっていくものがある。

「つらさ」、「悲しみ」とか「寂しさ」とか、
そういう言葉が陳腐になってしまう。
たとえ人生の中の短い瞬間であっても、
そこに感情の多層性、現実の状況・局面の多層性、関係の多層性などがあることを
作者はそのフィクション表現のなかでつまびらかにしているからだと思う。

ラブホテル業はうしろめたい商売です。
そして、この小説に登場する人々は金銭的にだったり人間関係的にだったり、
日々の暮らしに追われている。
そんなほの暗く感じられるような世界なのですが、
どうしてか、優しさを感じるんですね。
逆に、陽のあたる場所で堂々と仕事をする世界のほうが殺伐としていることを、
逆説的に、暗に読者に知らしめているようにも思います。

巻末の解説が、ほんとにうまい解説になっていて、
読後の読解の助けになってくれました。
そうだよなあと思いつつ、余韻に浸れます。


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