Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『しゃべれども しゃべれども』

2020-05-12 21:28:55 | 読書。
読書。
『しゃべれども しゃべれども』 佐藤多佳子
を読んだ。

もう23年前に発表された作品になりますが、
当時「本の雑誌が選ぶ年間ベストテン 第一位」にも選ばれた、
傑作エンタテイメント小説が本作です。
また、1万円選書でおなじみのいわた書店・店主氏のおすすめ本のひとつでもあります。

主人公はまだ真打にあがっていない、
二枚目の序列にある落語家、今昔亭三つ葉。
ふとしたきっかけで、
しゃべることに難を感じている4人が、
三つ葉のもとで落語を習い始めます。
その、日常ドラマがとても楽しく、そして尊いものに感じられました。

巻末の北川次郎氏による解説には、
物語を構築しつつも物語の背後にあって素人目には気付けないような
作者の文章技術についてが書いてあります。
恥ずかしながら、僕は物語そのものと、
ごくごく狭い範囲の文章術にだけ気を取られてしまい、
北川氏が見抜いたような構造には、
まるで意識的になれませんでした。
本文読後になってようやく「そうだったか!」と得心しました。

それがどんな技術かといえば、
かいつまむと、物語の起伏においてなんですが、
物語がポジティブに進行していくところで、
すこし狭い範囲の文章、段落で、マイナスのイメージを
読者に与えるような書き方をしていることがそれでした。
つまり、登場人物の表情などの描写、
主人公の心理、などなどが、ネガティブに書かれている。
それは、人と人がわかりあったり、心理的に近づいたりすることって、
それほど単純にはいかないものだという作者の洞察があるし、
登場人物たちがしゃべりに困っている、つまり、
自己表現に困っている人たちなのだから、
なおさらネガティブな心理が的を射るし、
物語に深みを与えるし、
真に迫るんだと思いました。

僕が自分で書くときも、それなりに考えてはいるのですが、
今作品のような考え方を未だしたことがなかったので、
勉強にも参考にもなりました。

しっかり考えて執筆に臨めば、
必然的に物語の背後からこういう技術が要求されるものだろうとも思うわけで、
執筆に取り組むときの気持ちをちょっとでもないがしろにしてはいけない、と、
まあ今後もそうするつもりは微塵もないのですが、しっかり覚えておこうと思います。

そうはいっても、先に書いたような技術点など考えずにいて、
物語の面白みが減ってしまうわけではないです。
逆に、物語に没頭することで、すごく楽しませてくれる作品です。
出合えてうれしい大切な小説をまたひとつ、
知ることができた喜びをひしひしと感じています。


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