読書。
『吉祥寺の朝日奈くん』 中田永一
を読んだ。
せつなくて、でもぬくもりのある恋愛模様を五編収録した短編集。五つともストレートな恋愛ではないところに、「なんだ?なんだ?」と読み手の目をリードしていくものがあるのかもしれません。
とくに、最初の「交換日記はじめました!」と、表題作でもある締めの「吉祥寺の朝日奈くん」が、僕にとってはかなり好みなうえにその出来映えに拍手したいくらいでした。
「交換日記はじめました!」は交換日記が繰り広げられるその一冊のノートを舞台として場を固定しています。数奇な運命により、最初に企図された交換日記から逸脱した、日記リレーのような体裁になっていくのですが、そこにほんとうに豊かな物語が根付くのです。アイデアといい、内容といい、僕は「やられたわ!」と嬉しい悲鳴をあげたくなったくらいです。
「吉祥寺の朝日奈くん」では山田真野というすらりとした子持ちの美人がヒロインとして登場します。その言語感覚や性格に男性読者ならばキュンとしてつよく引かれるところがあるようなキャラクターです。そして、つかず離れずのような関係がつづられていくのですが、まずそこまでのふつうの日常の描かれ方に、癒しすら感じてしまうのでした。もちろん物語としては、そういった一枚岩の癒しだけでは終わりません。
五つの物語に共通するのは、余分な力の抜けたダウンビートな筆致だと思います。それが心地いい。そういった書き方で、ダウンビートでも退廃せずに前を歩むような物語を作り上げている。音楽で言えば、スロー気味なアコースティックもの、あるいは同じくスローで進行しながらほのかにあたたかなオルタナティブ。説得力でねじ伏せるだとか、権威をもたせて文句を言わせないだとか、そういうのとは真逆です。だけれど、トリッキーなギミックがよく効いている。柔らかく書いていきはするけれども、そういったギミックで物語自体の個性的な芯を据えている、というように。
本作品の特徴のひとつとしてあるのは、登場人物たちの「味」と、彼らの間に強くある「引力」。それらを読者は楽しむのだと思う。つまり、味のあるキャラクターたちが、ばらばらに離れていなくなることはなく、現実からすれば不自然なほどお互いが引き合ってくっつき、たくさんの科学反応を起こすのです。
ある意味ではそんな夢想を読書という形で体験させてくれるのが本作品だと言っていいのかもしれません。そういう世界観が本作品にはあります。たぶん多くの人って、ふだんからそういった世界を憧れのように夢想しているものです、ひとりでいるときなどに。他者と融合する、とまではいかなくても、気持ちのいいセッションをしたいものだと多くの人は考えているように思えるのです。そういったセッションを叶える前提でのお互いの吸引力を、過剰なくらいまで本作品のキャラクターたちはみんな持っているのかもしれない。
そういった意味でも、本作品はなんていうか、夢の一冊でした。よかった。
『吉祥寺の朝日奈くん』 中田永一
を読んだ。
せつなくて、でもぬくもりのある恋愛模様を五編収録した短編集。五つともストレートな恋愛ではないところに、「なんだ?なんだ?」と読み手の目をリードしていくものがあるのかもしれません。
とくに、最初の「交換日記はじめました!」と、表題作でもある締めの「吉祥寺の朝日奈くん」が、僕にとってはかなり好みなうえにその出来映えに拍手したいくらいでした。
「交換日記はじめました!」は交換日記が繰り広げられるその一冊のノートを舞台として場を固定しています。数奇な運命により、最初に企図された交換日記から逸脱した、日記リレーのような体裁になっていくのですが、そこにほんとうに豊かな物語が根付くのです。アイデアといい、内容といい、僕は「やられたわ!」と嬉しい悲鳴をあげたくなったくらいです。
「吉祥寺の朝日奈くん」では山田真野というすらりとした子持ちの美人がヒロインとして登場します。その言語感覚や性格に男性読者ならばキュンとしてつよく引かれるところがあるようなキャラクターです。そして、つかず離れずのような関係がつづられていくのですが、まずそこまでのふつうの日常の描かれ方に、癒しすら感じてしまうのでした。もちろん物語としては、そういった一枚岩の癒しだけでは終わりません。
五つの物語に共通するのは、余分な力の抜けたダウンビートな筆致だと思います。それが心地いい。そういった書き方で、ダウンビートでも退廃せずに前を歩むような物語を作り上げている。音楽で言えば、スロー気味なアコースティックもの、あるいは同じくスローで進行しながらほのかにあたたかなオルタナティブ。説得力でねじ伏せるだとか、権威をもたせて文句を言わせないだとか、そういうのとは真逆です。だけれど、トリッキーなギミックがよく効いている。柔らかく書いていきはするけれども、そういったギミックで物語自体の個性的な芯を据えている、というように。
本作品の特徴のひとつとしてあるのは、登場人物たちの「味」と、彼らの間に強くある「引力」。それらを読者は楽しむのだと思う。つまり、味のあるキャラクターたちが、ばらばらに離れていなくなることはなく、現実からすれば不自然なほどお互いが引き合ってくっつき、たくさんの科学反応を起こすのです。
ある意味ではそんな夢想を読書という形で体験させてくれるのが本作品だと言っていいのかもしれません。そういう世界観が本作品にはあります。たぶん多くの人って、ふだんからそういった世界を憧れのように夢想しているものです、ひとりでいるときなどに。他者と融合する、とまではいかなくても、気持ちのいいセッションをしたいものだと多くの人は考えているように思えるのです。そういったセッションを叶える前提でのお互いの吸引力を、過剰なくらいまで本作品のキャラクターたちはみんな持っているのかもしれない。
そういった意味でも、本作品はなんていうか、夢の一冊でした。よかった。