Fish On The Boat

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『白夜 / おかしな人間の夢』

2022-11-25 14:06:26 | 読書。
読書。
『白夜 / おかしな人間の夢』 ドストエフスキー 安岡治子 訳
を読んだ。

初期の傑作短編でありドストエフスキーらしくない感傷的な作品である「白夜」と、『作家の日記』内から掌編を3つと、エッセイがひとつ収録されています。表題作の二作について、かんたんな感想を。ネタバレがありますので、ご注意を。

「白夜」
主人公の夢想家の26歳の男がある夜に、17歳の乙女ナースチェンカと出合う。その四夜の物語。現代のいまとなってはベタな話かもしれないけれど、よかったなあ。スタートが夢想家である主人公の夢想語りなので、これどうなるの? と心配したけれど、胸をついてくる切ないけどあたたかな読後感でした。ピュア・ラブです。頬を伝う涙ぶんのあたたかみ。純粋な愛は、自分の幸せよりも愛する人の幸せを願い働きかける。自分の愛の成就を阻む結果になることがわかっているのに。こんなお人好しでピエロだと言われてしまいかねないふるまいに、主人公は永遠に忘れない幸福をみるのでした。

「おかしな人間の夢」
「なにもかもがどうでもいい」と感じている主人公が、その深いニヒリズムゆえに自殺しようと決めた夜。無自覚に眠りに落ち、そこで体験した壮大なもの。これは夢なのか否か、と主人公は惑いますが、この小説のタイトルに「夢」とあるので、夢としておくのが落としどころとして無難なのでしょう。なんだか手塚治虫の『火の鳥』と親近感のある物語。何者かによって主人公は宇宙空間を抜けてもうひとつの地球に連れていかれる。この何者かが火の鳥だったならば、もうこの短編は火の鳥として成立するような温度感覚と内容の密度があります。そして、楽園だったはずのもうひとつの地球ではびこりだしたナルシシズム。正義や宗教も、堕落の潮流のなかの産物。そこからの主人公の「回心」。それは精神的にどん底まで堕ちた者が、生命そのものの「生きるベクトル」の噴出したエネルギーに突きあげられるかのような、跳ね返りの回復体験があります。それはもはや、回復を飛び越えて以前の自身を超越した高みまで押し上げられている。古代の宗教的な体験の不思議を19世紀的な見地で現実に寄せて解読しようとしているかのような挑戦も含まれていたのかもしれません。

といったところです。
他、「一九六四年のメモ」というエッセイでは、自分がしている思索についてけっこう突っ込んでアウトプットしているなあと感じました。ここで述べられている人間像論については、「おかしな人間の夢」で描かれているテーマとつながっていました。ドストエフスキーのすごいところのひとつは、こういった難解な思索を小説に上手に盛り込むことができること。ほんとうに強靭な頭脳だ、といつも感じさせられます。


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