Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『明るい夜に出かけて』

2025-02-09 00:38:43 | 読書。
読書。
『明るい夜に出かけて』 佐藤多佳子
を読んだ。

山本周五郎賞受賞作品です。

接触恐怖症でいわゆるコミュ障の二十歳の男性。彼が、主人公の富山(とみやま)で、とあるトラブルのために東京の大学を休学していて、実家も東京なのだけれど神奈川県の金沢八景に木造アパートの一室を借りている。

富山はコンビニで深夜バイトとして働き、趣味は深夜ラジオを聴くこと。そのなかでも、アルコ&ピースのオールナイトニッポンにハマっている。トラブルの影響でやめていたハガキ職人も、ラジオネームを新しくし、細々と再開もしている。

そんな彼と、同じコンビニで深夜バイトをする年上の歌い手・鹿沢や、奇しくも出合うことになったアルコ&ピースのANNヘビーリスナーで実力派ハガキ職人の女子高生・佐古田、そして、富山と高校時代の同級生で、この地の居住先を紹介してくれた永川の四人が駆け抜けるドラマが、本小説です。ラジオ番組の解説部分に熱が入っていて、著者はかなりのラジオ好きなんだろうな、と圧され気味になるところもありましたが、おもしろかったです。

エンタメ小説の見本になるようなしっかりとした出来映えだと思いました。そのしっかりさ加減を表に匂わせないような黒子としての仕事ぶりがされていて、探りに探るような読みをすると「たぶん、こうだからこうなんだよな」というように、痕跡から論理的に辿っていけるというようになんとなくわかるのですが、これも、本書の内容に夢中になることでわからなくもなっていってしまいました。

さきほど名前を出しましたが、佐古田というおもしろい女子高生が第二章から登場します。作中、サイコなんて呼ばれ方もしてるのだけれど、キャラクターのアクが強くて、それでいて嫌われることなく読み手に好まれそうなんです、僕もすぐに好きになったキャラでした。そして、こういったキャラの登場で、また一段深く、物語に引き込まれます。どういうキャラをどのタイミングで登場させて、何を担わせるか。物語がうまくいったのは構成の段階での仕事が生きているということなのでしょう。


「明るい夜に出かけて」という、本書のタイトルになっている言葉は、二重にも三重にも意味を成すようになっています。物語内での具体的な部分はさておき、次のような解釈も可能だろうと思いますので、ちょっと書いていきます。

主人公の人生に夜がやってきている。人間関係のトラブルのためメンタルに傷を負い、大学を休学して人生のエアポケットにはまったみたいな状態が「夜」にあたる。そして主人公は、コンビニの深夜バイトをやっている。人生の夜を暗喩するかのような深夜バイト。でも、主人公をとりまく仲間たちが思いがけず彼の人生の「夜」を明るくしてくれてもいるし、主人公を含めた仲間たちそれぞれがそれぞれの夜を明るくしてもいる。自身の内にこもっていただけで終わるはずだった休学期間が、仲間たちとともに外へと開いて、でかけていくようになる。



では、引用をいくつか。
__________

思ったほどひどくなかったけど、思った以上に気持ち悪かった。俺、カラオケに連れていかれても、人の歌聴いてると、けっこう気持ち悪くなる。うまい、へた関係なく。歌唱ってさ、なんか、そいつの中味、出るよな。(p157)
__________

→素人が歌うのを聞いて、たしかに、その人自身が出るなあとは僕も思っていましたけど、「中味がでる」という言い方の言い得ている感じがとても気に入りました。それに、そういった他者の「中味」に食あたりするかのように、「けっこう気持ち悪くなる」というところに、この主人公の「浮ついて無さ(≒ノリの悪さ)」が感じ取れます。主人公はラジオにネタを投稿するハガキ職人として名うてだった過去がありますが、感性で感じ取ったものを他者に先駆けて言語化する人ならではの情動だと思いました。



__________

「金曜のことですけど」
 俺は休憩に入る前、店内に客がいないのを見計らって、鹿沢に話しかけた。
「大事な仕事のときは休んでください。俺、入りますから」
(中略)
「そんな優しいこと言ってると、君の人生は簡単に侵略されちゃうよ」
 鹿沢は言った。
なんだよ。人がせっかく思いきって親切に申し出たのに、感謝もしないで。(p159)
__________

→けっこう僕は、同じ職場の人たちに気を遣ってしまうタイプですし、職場に限らず他者に対してもどうも優しすぎるところがあり、負担を引き受けてしまったり犠牲になったりしてしまうことは珍しくありません。だから、「君の人生は簡単に侵略されちゃうよ」が骨身に響く思いがしました。もっと断ることができることと、自分を優先できるようになることと。それが喫緊の課題です。



__________

 わかんねえな。特別におせっかいでも、面倒見がいいわけでも、救世主タイプでも、兄貴タイプでも、何かしてやることで自分の存在価値を見出すタイプでもなさそうなのに。
 何か抱えてる、精神に傷があるようなヤツのことが気になるんだ、あいつ。面白がってるのと手を差し伸べるのと、あんまり違わないのかもしれない。だとしたら、すげーやばいヤツだ。悪気がないぶん、もっと始末が悪いや。女にいろいろされるの、当たり前だよ。偽善者のほうがまだマシ。(p199-200)
__________

→メンタルがまいっている人が大好物で、しれっと近づいている人って、いるかもしれません。この引用箇所は、主人公が脇役の鹿沢の性向を勘ぐっているところで、実際はそんなことはなさそうなのですが、世の中にはこの勘繰りの通りの人がいないわけでもないので、思い違いや疑い過ぎであったとしても、構えることは必要だよなあ、と僕は考えていたりしますねえ。



__________

自分が正しいなんて意味がねえんだなって、つくづく思ったよ。通用しない相手がいる。だけど、自分の心を守る最後の砦は、やっぱり、そこだ。俺は俺が正しいと思ったことをやる。その信念。その意地。(p292)
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→年上の後輩で、でもコンビニバイト経験は主人公よりもある男がサボり魔であることに困っているところ。掃除してください、といっても、簡単に「やだよ」で返される。主人公は店長や店長の兄にチクることも考えるが、それはやりたくない、と耐える。こういう人って、そんなに珍しいわけでもないですよね、現実に。僕も、それなりの人数で働く場所に何か所か居たことがありますが、必ず一人はいましたね。そういう人はそういう人なりに、自分を守っているのだと思いますけれども、たぶん余裕がないからあまりに不格好な守り方だし迷惑になっている。


といったところです。優れていると思ったのは、20歳や17歳の登場人物を等身大に描けているなあと思えるところです。精神年齢がぴたっとはまっている感じがあります。キャラクター作りが成功しているし、ふだんからいろいろな人を観察しているのかもしれないし、洞察力もあるんだろうなあ、と思えました。






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『ヘビ学 毒・鱗・脱皮・動きの秘密』

2025-02-04 18:19:29 | 読書。
読書。
『ヘビ学 毒・鱗・脱皮・動きの秘密』 ジャパン・スネークセンター
を読んだ。

全世界で約4100種を数えるヘビの生態のあれこれを解説し、さらに全体の2割程度を占める毒ヘビのその毒の種類などについて深掘りし、それからヘビにまつわる事件(違法飼育事件、脱走事件、咬傷事件など)を紹介し、最後に神話や伝承などから人類がヘビに何を見てきたかを辿っていく構成です。

著者名義の「ジャパン・スネークセンター」は群馬県にある蛇専門の動物園で、一般財団法人「日本蛇族学術研究所(蛇研)」が運営しているそうです。執筆には、研究者四名があたっていました。

本書で得られる知識の一端を箇条書き的に少しだけご紹介します。

ヘビには聴覚がない。道にヘビがいてどいてくれないときに、大声で「どいてー!!」などと怒鳴ったり叫んだりしても、ヘビには聞こえないので無意味。

アオダイショウは50mほどもある鉄塔にもするするのぼっていき、高圧電線と接触してたびたび停電を起こしもするそう。どうして高いところにのぼっていくのかははっきりとはわかっていないとか。僕は北海道の田舎に住んでいますけれども、一年に数回は短い停電があります。これってもしかするとアオダイショウによるものもあるのかもしれないなあと思いました。

昨今はペットとして買われるヘビですが「なつく」ことはなく「なれる」だけ。蛇にとって生物に対する思考の選択肢は三つしかなく、「餌かどうか(食えるかどうか)」「敵かどうか」「繁殖の対象かどうか」だそう。そしてどれにも当てはまらないと判断したものには無関心になります。ただ、実際は、人間に接したときは敵かどうかの判断になるでしょうから、そこには恐れや怯えが生まれます。でも、攻撃されない、敵視されていないとわかると、ヘビの感覚はどんどん鈍麻していき、人間になれていく。そうする触ることができますが、犬のようになつくことはないのだそう。

ヘビ毒は大きく三つのグループに分けられる。「出血毒」「神経毒」「カルディオトキシン(心臓毒・循環障害毒)」がそれです。ハブやマムシは「出血毒」系で、この毒が回ると消化器官で出血が起きたり、筋肉や皮下で出血が起きたりする。コブラ科の毒ヘビは「神経毒」系で、毒が回ると呼吸ができなくなり、病院に搬送されて人工呼吸器につながれるケースがいろいろと紹介されていました。また、ブラックマンバというアフリカの毒蛇は、咬んだ相手の体内の神経伝達物質を大量に放出させる毒を送り込み、そのため、相手は神経伝達物質がすぐに枯渇し、麻痺状態になるんだそうです。ナショナルジオグラフィックのテレビ番組で、ブラックマンバに咬まれたライオンがけいれんを起こしているシーンがあったとありました。他、日本にいるヤマカガシは血液凝固作用を起こす毒をもっていて、メカニズムはよく飲み込めませんでしたが、出血が止まらなくなるそうです。

ヘビの抗毒素(血清)は、2000年ころではマムシが1万7000円で、ハブが3万8000円だったそうですが、近年値上がりしていて、現在ではそれぞれ9万円、24万円という高値だそう。医療保険適用になりますが、一般の3割負担だとしてもかなりの額面になります。しかも、ハブでは1~3本程度使っての治療となるので、そら恐ろしいですね。

ヘビの人的被害について。種々のヘビについて個別の節で解説してくれていますが、かの有名なキングコブラにはかなり人間がやられているのかと思いきや、人里離れた区域に生息しているため、主な被害者はヘビ使いだそう。繰り返しますが、主な被害者はヘビ使い。

最後の章では、神話などからヘビと人類の関係を考えていますが、インドの世界観ではヘビは世界を一番下から支えてるイメージがあるんですね。ヘビは宇宙に相当し、そのうえにでっかい亀がのっかり、その亀のうえに亀ほどではないですがでっかい象が何頭か乗って、その象が世界を乗っけている。この図は、検索するといくつもヒットするので、興味のある方は見てみてください。

アダムとイヴのイヴに青リンゴを食べさせたのもヘビでした。人間の先祖、アダムとイヴは楽園を追われましたけれども、人間は「神様のように善悪を知る者」となりました。ヘビは人間に知恵を授けちゃった存在です。この話に限ったことではなく、ヘビは多様な文化圏で「善悪両面の性質」を持っている役割を担わされています。守護者や知恵の象徴でありながら、危険や誘惑の象徴でもあります。また、日本の一部地域では、「家にヘビが入ると運がいい」とされますし、昔からヘビの脱皮した皮は金運を上げるとも言われてきました。そのほか、再生や回復のイメージがあり、白ヘビとなると財運・知恵・芸術との結びつきを考える向きがあるみたいです。

といったところです。自治体などからいっさい助成金をもらわずにスネークセンターを経営しつつ研究もしている研究者たちが書いた本です。本書を読んでみると、ここに列記したあれこれをもっと詳しく知ることができますから、興味を持たれた方はぜひ。

著者たちの語り口がどことなく質実としているなかで、ところどころで素朴なユーモアを見せてくれもして、なごやかな気分で読み進めていくことができました。ときに日向ぼっこが必要な変温動物であるヘビたちは、研究のため、抗毒素のためなどで命をいただかれてしまうことは珍しくないようですが、そういった個体たちに対してはせめてもの温かさであり、展示されている個体たちには陽光のあたたかさにプラスした温かさであるような、研究者たちの熱意とともに個性ある気概のようなものがあたたかく宿る本だった、と最後に結んで終わりとします。






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