鎌倉街道 を探そう! 古代東海道痕跡to鎌倉城と    

古代東海道は、鎌倉城を作る為に頼朝に封印された! 地図、写真で紹介。

東富士演習場の立ち入り 11

2014年06月30日 | 古東海道 足柄、箱根、富士

常識的には、足柄路=延喜式駅路で、蒲原①→沼津(長倉駅)②→横走③より足柄のルートが語られます。
小山真人氏の説から、延喜式駅路では延暦噴火の火山灰で足柄路は影響を受けない!
そんな理屈が成り立つ。
文献には、十里木峠を古代東海道が越えた記述は無い。
このブログのコンセプトは痕跡を掘り返さずに探し出し、文献に欠けた部分を語らせよう!
と言う事です。


上の図(2001.3.10山梨日日新聞 日本洞窟学会)より、
781年天応元年 十里木峠より北の場所に溶岩の流出在り。
800年延暦19年 山頂近くの南側より、多量の溶岩流出在り。
801年富士山東山腹に噴火在り、文献に(10日にして小山が出現)とある.
その結果、図は十里木峠(足柄路)が溶岩流の影響を受けた事を示す図となります。
特に、800年延暦19年の溶岩流出は、蒲原と十里木峠の脇に溶岩が流れている。
よって、結論は
十里木峠越えの足柄路は、延暦以前に存在した古代東海道であり、現代的な火山の研究にも矛盾しないで「延暦噴火で足柄路不通」の原因を説明できる訳です。
 その噴火の影響は、1年で回復できた程度の影響です。
前回の写真の様な火山灰に埋め尽くされて平らな状態は、延暦噴火で十里木周囲に多く灰が降ったのか? 更に後年の噴火の為か、、、そこまでの言及は憶測となり、現状はご覧のとおりです。

次は、、3mの道幅とソイルマーク9mの具体的な解説です。
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東富士演習場の立ち入り 10

2014年06月25日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
この場所は「演習場の立ち入り8&9」に映っている平地です。 
この緑のソイルマークの幅は???
地下の土壌の違いで、上に生える植物が変化を起こす現象ですが、
上の図右下にスケールがあり、5mの幅が表示してあります。結果は、このソイルマークは9m程の幅と考えられます。
この様な人里離れた荒れ野でも、古代駅路の中路規格を維持して作られている!!
古代駅路と標榜しても文句の無い幅です。
その道幅は、平塚の道路遺構から鎌倉市内を通り、朝比奈切通しを作り、六浦に抜ける。
決して、鎌倉から披露山を抜け逗子に行く細い道では無い!
江戸東海道などは、町中は広いのですが外れると細い道になり、箱根石畳は1~2間(180Cm)程の道幅です。

話は変わり、
延暦噴火(800年 - 802年)の際に足柄路が通れず、箱根峠(箱根路)を開いた。
> 富士山延暦噴火の謎と『宮下文書』 小山真人
> 2.延暦噴火の火山学的調査結果
> 街道を廃する厚い火山灰であれば,その堆積物が現在も残っていることが期待される.
> 宝永噴火の場合は,富士山東麓で2m以上もの厚さの火山灰層を今も見ることがでる.
> 不思議なことに,延暦噴火については,その堆積物として確実に同定できる厚い
 > 火山灰層が,東麓のどこにも見当たらないのである.

常識的には、足柄路=延喜式駅路で、蒲原→沼津(長倉駅)→横走より足柄のルートが語られます。(大化の東海道 蒲原から足柄ルート 1)参照
小山真人氏の説から、延喜式駅路では延暦噴火の火山灰で足柄路は影響を受けない!
そんな理論が成り立つ。
何処かに嘘や憶測が含まれているのでしょうか?
文献にの解釈に時系列の混乱が有るのでは?
大化の改新以降、延喜式施行まで300年間あり その期間の駅路に関しての文献は無いも同様です。
文献が無いなら、学者は話の結論を出さないのが科学的、、 学者の話と真実は別です。
300年の文献の空白は、痕跡に語ってもらう! それがこのブログの趣旨です。
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東富士演習場の立ち入り 9

2014年06月20日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
道幅の比較に人を立てたが、意味の無い構図になった!
穴のある幅は、概ね3mですが、、、
問題なのは、
運動場状態の平坦地に、直線的に穴が開いている訳でその幅約3mです。
更に
幅3mの両脇に沿って植生が違い、緑のラインが出来上がっている!
ソイルマークなんていう話が在りますが、、、
地表の土壌の違いから植物の生育や、植生に影響が出る現象です。
埋没遺構の形が植生に影響する訳です。
この緑のラインの下にこの形の埋没遺構が考えられる。
そして、、、
道路遺構の幅は どの様な大きさか?
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東富士演習場の立ち入り 8

2014年06月14日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
前回の写真の位置を変えるととても直線的です!
これが、道路遺構の真上に立たないと、痕跡を確認できない!!  理由です。
「東富士演習場の立ち入り6」の場所から関連して直線です。
google(地図)画像→googleで「富士サファリパーク」を検索し、地図を選択 航空写真を選択 その北2㎞の場所を再度ご覧ください。
この写真と比較して、何か感じませんか?
「古代の道が在りました!」だけでは済まさない!!
穴の幅は3m程ですが、、点線の様に穴があいています。では、、3m幅の道??
3m幅の道は、平安時代相当の道かも知れませんが、、、
では、古代東海道で無いのでしょうか???
火山灰で、土地は荒れて人も住めない場所で、、、
 古代東海道の道幅はどの様に変化するのでしょうか??
道幅は掘り返す事ができなければ、遺構確認ができない!  素人には無理な話。
   なんてね、、
道幅を確認する方法が在ります。
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東富士演習場の立ち入り 7

2014年06月13日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
立ち位置は前回と同じ場所で、向きを西の十里木峠であったのを、
今回は反対の東を写すと、、、
この様な写真です。
次回は、もっと判り易い写真を載せましょう。
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東富士演習場の立ち入り 6

2014年06月07日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
「東富士演習場の立ち入り5」の写真にマークを入れました。
如何ですか? 直線ラインを確認できますか??
判りにくいでしょ?
直線でも、道らしくないですね!側溝も無いし、道幅も狭すぎるし、、、

探す以前から、、火山灰で埋もれた道はドノ様に変化するか? そんな想像をするのです。
キット雪を被った状態になるであろう!
火山灰が2~30㎝なら、道の輪郭は判る。
デモね、1m程から怪しくなって、道路際に竹を立てないと、道から外れる事になる。
挙句は、陥凹部には雪が溜まりやすくて、穴が消える!
道路の側溝を想定した穴や切通しは、灰で平面となり消える。
そんな想像をするのです。
千年前に起きた事を 想像力でシュミレーションをしないと、前回の様に
見ても認識しない状態になる。
事前に想定していれば、想像外でもこんな状態で在ったのか!っと言うことです。
でも、、此処までの埋没状態とは思いませんでした。
通常、平地の道路遺構は、この様な埋没状態なのかもしれません。挙句に畑でも作られたら判らない!
宝永山は1707年に爆発し、江戸に大量の火山灰が降り、その噴火口の直下の御殿場ですから、、、802年(延暦21年)『廃相模国足柄路開筥荷途、以富士焼砕石塞道也』をはるかに越えた降灰量と、遺構から推察できる。

私の場合は、
平地の道路遺構は埋没し、掘り出さないと確認できないが、高い所から降りる急な崖は薬研掘り状に切通すので、切通しを探すので立体的な道しか知らなかったのかも、、、

上の写真が、、穴の正体!
本当に鎖線の様に穴が開いているのです。
道の概念には無いですね!
砂地の状況でもないし、火山灰に埋もれた時独特の状況なんでしょうね。
更にその東方向は、、、

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東富士演習場の立ち入り 5

2014年06月07日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
そして、、、、「東富士演習場の立ち入り4」地点より写真を撮った結果 上は西向きの写真になります!

更に、、、
写真を撮った足元には、、穴があります!下の写真の人物は、比較の為です。


更にその穴の状況を少し離して写すと、、、

3個の穴が写っています。
ご覧になって如何でしょうか?
  この場所は 絶対に衛星写真に写った古代道路の上の筈!

謎を解くにも、、現状はこの様な結果から始まる。
キット、自衛隊が敵を待ち伏せる為に作った塹壕! だったりして、、、
確信が無ければ、、、こんな状態を道とは思いません! 前回は、見ても無視した訳ですから。
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東富士演習場の立ち入り 4

2014年06月01日 | 古東海道 足柄、箱根、富士
観測地点の選定です。
古道ラインと現役の道の交点(赤丸印)矢印で強調した場所を選びました。
青色のAとBの場所は、前回通った時に、下草を刈り取り整備された広場である事を確認した場所で、青いラインは等間隔に棒が立っており、フェンスの様な感じで特定できる場所です。
古道を意識してこの場所を走ったのですが、それらしき痕跡は確認できなかった場所です。

画像は
googleで「富士サファリパーク」を検索し、地図を選択 航空写真を選択 その北2㎞の場所です。
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