東山道の前に、書き忘れです。
「朝比奈から六浦の港へ古代東海道は通っていた!」
これが、前記のブログに述べた根拠を総合した 私の考えた結論です。
横須賀の走水から 千葉に渡った大和武尊根拠は、
文献に偏り過ぎた机上論で現実を見て無いと思います。
古代東海道は六浦から上総の国衙が有ると思われる市原の近くの港へ海上を
直行すると考えます。
ですから、古代東海道は、市原から常陸に向けて存在はしても、
市原から安房方面に向けての古代東海道遺構は無いと推測します。
もし有るとすれば、上総国衙と安房国衙の間を6m若しくは3m程度の官路が有ったであろうと想像します。
何を言っても、、、所詮素人の憶測です。責任は取りません!!
各自、、、自分の目で確かめて考えを深めて欲しいと願っています。
「朝比奈から六浦の港へ古代東海道は通っていた!」
これが、前記のブログに述べた根拠を総合した 私の考えた結論です。
横須賀の走水から 千葉に渡った大和武尊根拠は、
文献に偏り過ぎた机上論で現実を見て無いと思います。
古代東海道は六浦から上総の国衙が有ると思われる市原の近くの港へ海上を
直行すると考えます。
ですから、古代東海道は、市原から常陸に向けて存在はしても、
市原から安房方面に向けての古代東海道遺構は無いと推測します。
もし有るとすれば、上総国衙と安房国衙の間を6m若しくは3m程度の官路が有ったであろうと想像します。
何を言っても、、、所詮素人の憶測です。責任は取りません!!
各自、、、自分の目で確かめて考えを深めて欲しいと願っています。