みどりの野原

野原の便り

3月18日 三川合流 背割堤を1周 コガタルリハムシ 高師小僧

2018年03月18日 | Weblog
木津川・宇治川・桂川の三川合流地点、京都府八幡市へ。

 
    八幡市駅から御幸橋(ごこうばし)を渡る。下は木津川

背割堤 
木津川と宇治川の間の堤はサクラの名所になっている。

明治時代までは木津川は京都市伏見区の淀付近で宇治川に合流していたらしい。
水害が何回も発生したりして、合流部を現在の位置に付け替える河川改修が行われ、その時に「二つの川が安全に合流できるように」との目的で背割堤が建設されたという。
私はてっきり自然堤防に手を加えたものだと思っていたが、川も付けかわり、堤防も人為的に作られたものだった。
背割堤は約1.4㎞あり、1970年代まではマツが植えられていたが、虫害で枯れ、その後に約250本のソメイヨシノが植えられたという。

 
背割堤の桜は植えられて40数年? かなりの古木も見られる。
満開のサクラのトンネル、見てみたいけれど、すごい人出なんだろうな。


宇治川の左岸に降り、背割りザクラを左上に見ながら遊歩道を堤先端に向かって歩く。
ここからのお花見も良さそう。


 縁がぼろぼろのギシギシの葉っぱ

  
コガタルリハムシの卵がいっぱいついていた。  お腹の膨らんだ雌の成虫   雄の成虫
幼虫は気が付かなかったが探せばいたのだろう。


トゲミノキツネノボタン  右手には天王山が見えた。

 
背割り堤の先端部は石が貼ってあった。 その先は広い草地。ギシギシが目立つ。
他はトゲミノキツネノボタンなど地面に張りついたような植物しか見えないが「前にはオドリコソウがいっぱいだった」という人がいた。へえ~想像ができない。


      モグラの塚が続いている。

堤の先端を回ったところでお弁当を食べ、木津川の右岸をさかのぼり、背割り堤に登る。
こちら側からは天王山が見えた。


サクラのつぼみは今にも咲きそうに膨らんでいる。お花見の人でいっぱいになる日も近い。

 
この後、エレベーターで展望台に登ったが、集合時間を気にしながら景色をちょっと見ただけで降りた。

午後は木津川の河川敷

 
河川敷の枯れ草を超えて広い河原に出る。

 
河原を歩いている間に拾ったという土器の破片などを見せてもらった。
合流地点あたりには「木津川河床遺跡」(弥生から近世にいたる集落跡など)が発掘調査により確認されているという。河原の砂や小石に混じって土器のかけらなどが見つかるそうだ。

そして「この辺では「タカシコゾウが見つかります」」 何? どんな字を書くの? 初めて聞く。

高師小僧

鉄分を含む粘土質の場所などで、植物の根などに沿って鉄分が沈着(共生バクテリアも関係)??
ヨシなどの根の周りに付き成長するうち、中の根が腐ってなくなり空洞になるものが多い。

帰ってからネットで見てみたが記述が様々で分かりにくい。
鉱物であるという人、鉱物ではないという人・・
具体的な形成プロセスについてはまだ判明していないらしい。

たくさん産出した愛知県豊橋の高師浜からの可愛いネーミング。

見本を見せてもらい、早速探索開始。
どんくさい私は肝心な時に肝心なものはなかなか見つけられないのだが・・あった。次々と見つかる。


   高師小僧を探す。

 
      これもそうかな?       これもそうだ。すごいいい形!

 
いっぱい拾ってしまった。穴が空いたものも開いてないものもある。形もいろいろ。
     右)まだ根が付いているできかけの高師小僧。

この高師小僧、ここでは自由に拾えるが、北海道・名寄や滋賀県・別所では国の天然記念物であり、
高師小僧の名の由来である愛知県高師原では県の天然記念物になっているところもあるという。


河原ではチャートを拾った。
「チャート=硬い石 茶色」のイメージがあったが、色は酸素の含有の具合によってさまざまらしい。
「チャートはプランクトンの死骸です(海の中で堆積してできた岩石)}と言われたのにもびっくりした。
「五色浜はチャートの礫浜です」そうだったのか~。

高師小僧・チャート またコレクションが増える。 断捨離と反してると思うけれど・・・
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