梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

紫陽花七変化、

2012-06-25 18:06:34 | ぶらり
琴姫七変化と言うテレビドラマが有ったな、紫陽花は七回色が変ると言うが実際に大きく変るのは土壌の酸性度の為らしい、
推理小説や漫画で凶器の発見に使われたりしていた、
西洋紫陽花はそれ程影響を受けずかっちりとした色を持っていて日本の原種よりあでやかだ、シーボルトが帰国する時に持ち帰り広めたと言う話を聴いた、日本に残してきた妻の「たき」の名前で呼んでいたので向こうでは「オタキサン→オタクサ」と言うというような話も聞いた気がする









日本の紫陽花はもう少し控えめだがそれなりに趣が有る、どちらかと言えば此方の風情が好きだ





線香花火の様な花だねと孫に言ったら「線香花火ってどんなの?」と言われてしまったがそう言えば都内では余り花火はやらないな、公園でも規制があるのかな


資産課税は出来ないに反論

2012-06-24 13:03:56 | 雑記
ヤフー知恵袋の「金融資産税は可能でしょうか?」と言う質問に次のような回答がベストアンサーとして出ていたが納得の出来る話ではないな、既にUpしているので意見がかけないのが残念なのでここに書いてみる。
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できません。2重課税になります。
金融資産はその資産の取得過程において所得税や法人税、贈与税などの税金が徴収されています。
これにさらに金融資産を持っているだけで課税されては庶民や企業はたまらないですね。お金もちほど海外に逃げ出してしまい、日本に残るのは金融資産を持っていない人や内部留保が乏しい中小・零細企業だけでしょう。
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この回答者はどう言う方かわからないが私は税金の素人だが素人なりに疑問がある、
先ず、「2重課税」と言う事だが二重課税は「税金に税金が掛かる状態」を言う筈で例えば「酒、煙草、ガソリン、灯油」当に購入価格全体に消費税が掛かるとその中の税金部分にまた税率を計算するので「税金に税金を掛ける」と言う事になるので「二重に課税」と言う事だ
課税後の資産に別の税が掛かるのは「新たな税」でしかない、
「金融資産はその資産の取得過程において所得税や法人税、贈与税などの税金が徴収されています。」と言うが不動産に掛かる固定資産税はどう説明すと言うのだろうか?
不動産取得税、相続税が掛けられているが残った不動産には固定資産税が毎年掛かる、
購入する為の資産は元々所得税が掛かっていて納税後の資産である、有価証券等にしている間は流動資産だから税は掛からないが土地不動産にすると固定資産税は掛かる、
基本的には「固定資産税」を財産全体の「資産税」に拡大すると言うだけの話でそれほどおかしな話ではない,
お金もちほど海外に逃げ出してしまい、日本に残るのは金融資産を持っていない人や内部留保が乏しい中小・零細企業だけでしょう。と言う意見はとりもなおさず日本の税制が資産家と企業を優遇している証に他ならない、
また他の意見で「資本主義の根幹を理解していない愚か者の意見」と言う書き込みもあったが現在その「自由資本主義」の根幹に幾つもの歪が問題化しているのだ、
そもそも「自由」には幾つかの条件が付く、何をやっても構わない自由と言うのは独裁と言う意味だ
レースは努力の成果だがそれは公平に行われた場合にのみ得られる成果で無ければならない、
産まれた条件で充分にトレーニングを積んで最新の道具を持ってレースに挑むのと飯を食うのにやっとで栄養不良で裸足、トレーニング所かぶっつけ本番のランナーがスタート位置も違うレースが公平のわけは無い、しかし賞金の為に参加料は同じ様に取られるのではたまらない
資本経済ではある一定の割合を越えて偏在すると雪崩減少を起こす、此れは世論などでも顕著に現われるが経済では一定の期間大量の資金を投入できる立場になれば市場をコントロールできる事は良く知られている、であるからこそ「独占禁止法」が存在するのだ
「自由経済の原則」で資金をどの様に使用しても其れは果実の量の問題だから仕方ないのだと言うなら独禁法は要らない、自由経済世界の彼方此方で富の偏在が進行する今の自由経済主義を金科玉条として論ずる時期は過ぎただろう。

音楽:マンボの頃

2012-06-22 14:54:00 | 雑記
何年位前か、「闘牛士のマンボ」と言う曲が流行った事がある、スペイン民謡の「マカレーナの乙女」をペレスブラードがマンボにアレンジした物だったと思うがこの曲がきっかけで幾つかのマンボが立て続けに流行した、
「マンボNo5」「セレサローサ」「ある恋の物語」などが有るが一寸調べたらセレサローサの方が先だったみたいだな、
彼の独特の掛け声が曲を盛り上げて彼方此方のスナック(当時はそう言わなかった筈だがなんと言う店のスタイルだったか)のジュークボックスでは何度も々掛かったし自分でもSP版のレコードを買って家でも聴いた、
ツイストと言うダンスが流行る少し前だったが恐らく昭和39年から41年くらいだったのではないだろうか、友人に誘われて会社のダンス部に所属して居たのだがレッスンのの合間の休憩時間に遊びとしてマンボを流す、先輩達がそのほかの同じ様な流行ダンスを教えてくれた、「スクスク」「パチャンガ」「ドドンパ」と色んな物が有った、
白いワイシャツにタックの入ったズボンはダブルで黒い革靴でこんなダンスを踊る、
無論ダンス部正規のレッスンはボックスルンバ、キューバンルンバ、ブルース、ワルツ、スローフォックスとロット、上級になるとタンゴと言う物だが一番盛り上がるのは休憩時間のこんなダンスだった、
女子寮と男子寮合同でダンスパーティを企画した事もある、ダンス部のダンスパーティーは基本的に技術競技だがこの手のダンスパーティーはその頃から縮めて「ダンパ」と称していわば今で言う合コンみたいな物である、
その頃ツイストが流行りだして此れは技術より感覚的なダンスなのでダンパとなれば殆ど此れになる、アルコールを入れて激しく動くので酔いは早い、そしてお決まりの「チークタイム」である、
3~4時間の間に何度か此れを入れて明かりを極端に落す、何処でチークが入るかは主催の勝手である、その時のパートナーと体を密着させてだた揺れている時間である、
「はーい、チークタイム終わり」と元の明かりに戻るのだが妙に照れくさかった思い出であるがつわものはその間に消えてしまう奴も居る、
曲はなんでも「ツイストバージョン」があってクリスマスパーティー用だったが妙に合う曲が「聖者の行進」(聖者が街にやってくる、と言う曲名だった)で此れで随分盛り上がった
ダンス部でも使っていた曲はキューバンルンバには「ワシントンスクエア」だったが此れも妙に踊りやすかった、
ワルツには「さよならはダンスの後で」だったり結構流行っていた曲で練習をしていはずたが40代のなってジルバを踊ってみたら全くステップが合わなかった、あまり自分には向いていなかったようだ

原子力基本法と宇宙平和利用を知られずに変更したらしい

2012-06-21 15:16:13 | 雑記
東京新聞の朝刊に「原子力の憲法」こっそり変更と言う記事が載っていた、原子力基本法の基本方針が変更されたと言う、付則で「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法二条に一項を追加、原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保全並びに我が国の安全保障に資する事を目的として」行うとした、と言う
塩崎恭久衆議院議員は「各の技術を持っているという安全保障上の意味はある」と発言して「日本を守る為、原子力の技術を安産保障の面からも理解しなければいけない」と話したと言う、
ネットで「原発をどうしても続けたいのはアメリカの意向もある、原発はそのまま核兵器に転用できる技術であり防衛省を主に核武装を目指す政府の方針に従って要る」と言う記事を見つけたが、(一寸穿ち過ぎた意見)かなとそのときは思っていたがこうして法を修正しているところを見るとその通りかも知れない、
確かに「非核三原則」では持たず、使わず、持ち込ませずだったと思うが原発が存在する限り燃料であるウランは国際的に堂々と保有できる訳だ、原子炉の構造は臨界状態になったウラン燃料の核分裂反応を熱として使用しているわけだが核爆弾の構造も全く同じで巨大なエネルギーを一気に開放すれば核兵器、ゆっくり開放すれば原子炉と言う事である、基本的には原子炉の方がずっと難しい技術であり、核爆弾の構造はいたって簡単である、は数十年前にアメリカの高校生がモデルを作ったが「プルトニュームを入れたらそのまま核爆弾だ」と言う出来栄えで彼は「教科書通りに作って見ただけ」らしい、
原発の数だけ核兵器の原材料がある訳で日本のロケット技術と組み合わせれば簡単に核兵器を乗せたICBMとIRBMが出来るわけである、同じ紙面に「宇宙開発は平和利用に限定する」と言う法も同時に改訂されていたと載っているのをみるとかなり現実味の帯びた話になる、
しかし、今日本が核武装する理由が良く解らない「保有するだけで使用しない究極の兵器」である核兵器を「持っていません」と国際的に公言して居ながら保有する理由は何なのだろうか?
おそらく他の国の「防衛機関」は既にこの事を既成事実として認識してるのではないだろうか、知らぬは国民ばかりと言うわけだ、「憲法9条・戦争の恒久的な放棄」は既に飾り物になっているのかもしれない、
しかし政府と官僚はなぜ国民を欺いてまで戦力の保有をしなければならないと考えているのだろうか?
大戦前の国威発揚とは日本の置かれる状況は大きく違う、ひとつ考えられるのはアメリカ属国としての東南アジア戦略基地としてアメリカの意向に従って行動する事で自らの地位を保全する為か、もう1つは日本の隠れた兵器産業の国際的な営業戦略の一環ではないのか、産官が強く結び付いて日本の経済を牛耳っている事は隠然たる事実である、
野田政権が国内の大反対を押し切って点発再開を推し進めるのはこの為かと思う記事だった。

金の卵を産む鵞鳥を殺す愚か者達

2012-06-20 17:33:52 | 雑記
昨日の東京新聞発言蘭に「エコカー補助金は不公平だ」と言う発言が出ていた、全く同感だ、
此れに類する物は去年のテレビやクーラーに付いた補助金、住宅所得に関する補助金と結構あるが全て有る程度の生活に余裕がある人間しか恩恵に預かれない、
その補助金は全て税金から出ているのだ、投書した方の様に「新車などとても買えない、10万kmを越えた車を大事に乗って維持するのが精一杯だ」と言う人も多く居るが税金は同じ様に取られる、
政府の言い方は「此れは経済の活性化に効果がある」と言う物だがエコ減税で潤うのはメーカーだけだろう、恒久的な経済策ではないのだから仕方ないが此れで生産が上がったと言っても雇用は全く増えていない、このような言わば瞬間風速を計るような景気浮揚策では補助金が無くなると同時に落ち込む事が解っている訳だから当然臨時雇用のみが増加し結局雇い止めや短期雇用になる。その分増えた利益はそのまま企業のストックに廻るだけで決して景気の浮揚にはならない、
消費税率を上げれば消費は下がる、上げた率ほど税収は増えない事は3%から5%になった時のデータでも解るだろう、税金は金の動きに掛けるなら経済の動きを活発化しなければ幾ら率を上げても其れは効果が出ない、しかし今大半の民は国の内外を問わず活発な消費生活を営むだけの体力は無い、昔田中角栄氏が「日本列島改造論」と言う政策を打上げて公共投資で経済の活発化を目論んだ、この効果だけではないだろうがその前後から日本は未曾有の好景気に沸いた、
しかしこの箱物行政と言われる投融資は結局政治と企業の癒着を生み、この関係は更に企業の優遇税制に過重が傾いた結果個人の資産はどんどん企業に流れてしまった、
現在の資産バランスは10%の企業と個人が90%の資産を保有していると言っても良い位になっている、国民の消費は経済の果実であり一般国民社会は言わばその田畑である、
しかし今の国の政策はこの田畑に肥料を与える事も手を入れることもしない、収穫した果実だけを見ていて育成する田畑や耕作する者達が食べるだけの手当てすらしていない、
やがて畑は荒れ収穫は覚束なくなる、その兆候は此処10年来顕著になっている、生活が厳しく金の為に高校を断念する若者、30代、40代でホームレスになる、生活保護しか生きられない、結婚をしたくとも生計を維持出来ない、此れでは少子化になるのも当然である、
一方でその10%程度の資産を持った連中は政治を操作し90%の人間から更に搾取する事に腐心する、しかしやがてはこの菜園は維持する人間が居なくなり荒れ果ててしまうだろう
「金の卵を産む鵞鳥」の餌代まで金に変えて積み上げ高笑いをしている、イソップ童話では殺しておなかの中を見るのだが餌を与える事もしなければ同じ事になる、先人に学べと言っても聞く耳を持たないだろうな、
彼らは「我々が優秀で国家公務員以外は愚か者」で「庶民は感情論で話すが政治家は全てを見て政策を組む」と思っている連中だからな